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7-偽りの聖女
75.少女、フラグを回収する。
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青い月にかかる雲が流れ、とぎれとぎれに地上に光を落とす。ザザザと生ぬるい風が吹き服の裾をはためかせる中、師弟は行動を開始した。隠れ玉は存在を極端に覆い隠してくれるが、透明人間になるというわけではない。動けばそれだけ見つかるリスクが高まるし、声なんか出したら一発でバレる。
そこで二人は簡単なハンドサインを決めていた。建物の角から向こうを伺ったオズワルドが「来い」と合図を出す。ニチカは小走りに行こうとしたが、途中で小石に躓きカクッとこけてしまった。なんとか踏ん張って転ぶことだけは回避する。ホーッとため息をつき顔を上げると、呆れた顔の師匠がこめかみの辺りで人差し指をクルクルと回していた。……そんな合図は決めていないが、なんとなく意味がわかってカチンとくる。負けずにべーっと舌を出してやったら小突かれた。
こんなことをしている場合ではない。人が居ないことを確かめた二人は、屋敷の正面玄関をそっと開けて中に侵入した。がらんとして薄暗い回廊が左右に続く。正面にあった幅広の階段を上り西の一番奥へと向かう。幸い誰ともすれ違わず、二階の客間と思われる部屋にたどり着くことができた。中が無人なことを確認した二人はサッと入り息を吐く。
「案外あっさり潜入できたね、もっと使用人さんとか居ると思ってた」
「あまり掃除も行き届いてる感じはしなかったな……雇う余裕がないんじゃないか?」
そんなことを話しながら部屋を物色していく。不法侵入どころの騒ぎでは無かったがこの際構っていられなかった。こんな家探しをするなど、以前の少女なら断固拒否しただろうが、今は何の疑問も抱かずに動いている。ウルフィが捕らわれている(かもしれない)こともあるのだろうが、本人も気づかない内に少しずつこの男に感化されてきている……のかもしれない。
改めて室内を見渡す。部屋は豪華絢爛な天蓋つきベッドにソファと机、調度品などが置かれた一般的なものだ。隣へと続く扉は洗面所だろうか。赤いエキゾチックな模様の敷物を調べていたニチカは、何かをつまんで師匠に見せた。
「オズワルド! これ」
堅くてゴワゴワの茶色い毛だ。見覚えのある色と質感に男が眉を寄せる。ニチカはほぼ確信を持って問いかけた。
「もしかしてウルフィの毛じゃない?」
「……確かに、この剛毛はアイツの物だ」
と、なるとやはりウルフィはあの偽の聖少女に捕まっているのだ。しかしなぜ逃げないのか。逃げ出せないのか? そしてなぜこの場に居ないのか。
様々な疑問が浮かんだその時、廊下から靴の音が聞こえてきた。リズムからして恐らく二人分。どうやらこちらに近づいてくるようだ。
「まっ、まずいよ」
「隠れろ!」
小声でオズワルドに促されるまま、ベッドの下に潜り込む。むぎゅと頭を押さえ込まれて文句を言おうとしたとき、部屋のドアがガチャリと開いた。
「まったく、しつこいですわよ! 湯上がりの優雅な気分が台無しですわ」
まず最初に見えたのは細く華奢な脚がついた白いミュールだった。それがイラだったように目の前を通過していき、頭の上でドスっと音がする。パラパラとホコリが降って来た。
「ですがお嬢様どうするんですか、さっきの女の子がもし本物だったら!」
続いて情けない声を上げる男の足が入ってくる。その隣に並ぶ茶色い四つ足を見た少女は思わず叫びそうになり、隣の師匠にべちょりと沈められた。頭上の偽聖女が怪訝そうな声を出す。
「? なんの音ですの?」
「お嬢様、話をそらさないでくださいよ!」
「だから問題ありませんわ、もしあのコが仮に本物だとしても牢の中で何ができて? それに杖だってこちらの手にあるのよ」
シュンッと魔導球を杖に戻す音がして、うっとりしたような声が響く。
「ふふ、犬に続きお誂え向きの物が手に入ったわ。しかしなんて強い力なの……こうなったら成りすましでチマチマ稼ぐのではなく、本物になってしまうのも手かもしれないわね」
「アンジェリカ様!」
(アンジェリカ?)
いやに聞き覚えのある名前にニチカは目を見開く。いや、まさか、そんな、ありえないとは思うが
「あぁ、こんなことなら力ずくでもエルミナージュに放り込むんだった……旦那様に見つかったらどうなることやら」
執事の途方にくれたような嘆きに、ベッドの下の二人は頭を抱えた。まさか魔法学校に潜入するため成りすました人物に、ここで逆に成りすまされているとは。なんという偶然か。お嬢様は、憤慨して床に足を叩きつけた。
「おだまりなさい! 誰があんなつまらなそうな所へ入学するもんですか!」
さてどうしたものかと考えていたその時、それまで黙って居たウルフィがクーンと鳴いた。
「あれぇ、もしかしてこのニオイって」
ギクッとして身体を強ばらせる。場の空気を読まないことに定評のあるオオカミのことである。このままベッドの下に尻尾をふりながら飛び込んでこないとも限らない。祈るように息を潜めていると、アンジェリカが鋭い声を出してウルフィを制した。
「勝手にしゃべるなと命令したはずよ! そんなに食事抜きにされたいの!?」
「あああ、ごめんなさいごめんなさい! お願い許してぇ、もうご飯抜きは耐えらんないよぉぉ」
本気で泣きそうな声に少しだけ同情する。なるほど、脅されて逃げられなかったのか。隣で額を抱えたオズワルドから「あの馬鹿、後で殴る」という嘆きが伝わってくるような気がした。ウルフィはふてくされた様に尻尾を丸めブツクサと言い始める。
「いいよいいよ、アンジェリカお嬢様と、羊のウィルさんと、僕はペットのジョンなんでしょー、わかったよぅ」
だが、そのすぐ傍でドアが勢いよく開き、オオカミは慌てて飛びのいた。その場にいた誰よりも大音量の声が飛び込んでくる。
「おぉ聖女様! 公演すばらしゅうございましたぞ、ほんに、美しく優雅な舞いで、この世のものとは思えぬ天上に昇るような歌声で!」
大げさに褒めたたえながら入ってきたのは丸々と太った男性の足だった。執事のウィルが慌てて止めようと立ちはだかる。
「村長! 困ります、ノックの一つもせずに淑女の部屋に入るなど――」
「まぁ! わたくしのステージを見てくださったの? 嬉しいですわっ」
声を数トーン上げて出迎えたお嬢様は、村長の近くに駆け寄り彼をソファに座らせた。そして猫なで声で訂正を入れる。
「それと、聖女でなく精霊の巫女ですのよ」
「はっはっは、大して変わらんですよ。それに聖女様の方が聞こえが良いと思いますが」
「うふふっ」
こちらに数歩戻ってきた『聖女様』は、小さくボソッと「違うっつってんだろうが、豚が」と、つぶやいた。
あ、この子腹黒い……そうニチカが悟っていると、村長が怪訝そうにアンジェリカ向かって声をかけた。
「聖女どの?」
「はいはい、なんですの?」
クルッと振り向いたアンジェリカは耳に良い声を出す。そしてまぁっ!と叫ぶと一歩引いた。
「いけませんわ村長! そのような大金……」
「いえいえ、素晴らしい物を見せて頂いたお礼ですよ。世界を救う聖女様の旅費にして頂ければこちらとしても光栄です」
「おほほほ、ではご厚意に甘えまして」
チラッと見えた札束にニチカは目を見開く。ふと視線を感じて横を見ると、目の色を変えたオズワルドがこちらを真顔で見ていた。ま、まさかこの男、自分にもアイドル活動をさせる気なのでは。
ベッドの下で微妙な心理戦が繰り広げられているとも知らず、村長はしたり笑顔のまま揉み手をした。
「それでその、なにとぞこの村にも風の里のようなご加護をですね」
「はいはい、お任せ下さいな。女神を復活させた暁にはこの地にドドーンとでっかい加護を付与しちゃいましょ」
何を勝手にと思った時、掃除の行き届いていない床からほわりと綿ぼこりが舞った。あ、まずい。そう思った時にはもう遅く、ニチカは盛大なくしゃみをしてしまった。
「はっ、っくしょん!!」
そこで二人は簡単なハンドサインを決めていた。建物の角から向こうを伺ったオズワルドが「来い」と合図を出す。ニチカは小走りに行こうとしたが、途中で小石に躓きカクッとこけてしまった。なんとか踏ん張って転ぶことだけは回避する。ホーッとため息をつき顔を上げると、呆れた顔の師匠がこめかみの辺りで人差し指をクルクルと回していた。……そんな合図は決めていないが、なんとなく意味がわかってカチンとくる。負けずにべーっと舌を出してやったら小突かれた。
こんなことをしている場合ではない。人が居ないことを確かめた二人は、屋敷の正面玄関をそっと開けて中に侵入した。がらんとして薄暗い回廊が左右に続く。正面にあった幅広の階段を上り西の一番奥へと向かう。幸い誰ともすれ違わず、二階の客間と思われる部屋にたどり着くことができた。中が無人なことを確認した二人はサッと入り息を吐く。
「案外あっさり潜入できたね、もっと使用人さんとか居ると思ってた」
「あまり掃除も行き届いてる感じはしなかったな……雇う余裕がないんじゃないか?」
そんなことを話しながら部屋を物色していく。不法侵入どころの騒ぎでは無かったがこの際構っていられなかった。こんな家探しをするなど、以前の少女なら断固拒否しただろうが、今は何の疑問も抱かずに動いている。ウルフィが捕らわれている(かもしれない)こともあるのだろうが、本人も気づかない内に少しずつこの男に感化されてきている……のかもしれない。
改めて室内を見渡す。部屋は豪華絢爛な天蓋つきベッドにソファと机、調度品などが置かれた一般的なものだ。隣へと続く扉は洗面所だろうか。赤いエキゾチックな模様の敷物を調べていたニチカは、何かをつまんで師匠に見せた。
「オズワルド! これ」
堅くてゴワゴワの茶色い毛だ。見覚えのある色と質感に男が眉を寄せる。ニチカはほぼ確信を持って問いかけた。
「もしかしてウルフィの毛じゃない?」
「……確かに、この剛毛はアイツの物だ」
と、なるとやはりウルフィはあの偽の聖少女に捕まっているのだ。しかしなぜ逃げないのか。逃げ出せないのか? そしてなぜこの場に居ないのか。
様々な疑問が浮かんだその時、廊下から靴の音が聞こえてきた。リズムからして恐らく二人分。どうやらこちらに近づいてくるようだ。
「まっ、まずいよ」
「隠れろ!」
小声でオズワルドに促されるまま、ベッドの下に潜り込む。むぎゅと頭を押さえ込まれて文句を言おうとしたとき、部屋のドアがガチャリと開いた。
「まったく、しつこいですわよ! 湯上がりの優雅な気分が台無しですわ」
まず最初に見えたのは細く華奢な脚がついた白いミュールだった。それがイラだったように目の前を通過していき、頭の上でドスっと音がする。パラパラとホコリが降って来た。
「ですがお嬢様どうするんですか、さっきの女の子がもし本物だったら!」
続いて情けない声を上げる男の足が入ってくる。その隣に並ぶ茶色い四つ足を見た少女は思わず叫びそうになり、隣の師匠にべちょりと沈められた。頭上の偽聖女が怪訝そうな声を出す。
「? なんの音ですの?」
「お嬢様、話をそらさないでくださいよ!」
「だから問題ありませんわ、もしあのコが仮に本物だとしても牢の中で何ができて? それに杖だってこちらの手にあるのよ」
シュンッと魔導球を杖に戻す音がして、うっとりしたような声が響く。
「ふふ、犬に続きお誂え向きの物が手に入ったわ。しかしなんて強い力なの……こうなったら成りすましでチマチマ稼ぐのではなく、本物になってしまうのも手かもしれないわね」
「アンジェリカ様!」
(アンジェリカ?)
いやに聞き覚えのある名前にニチカは目を見開く。いや、まさか、そんな、ありえないとは思うが
「あぁ、こんなことなら力ずくでもエルミナージュに放り込むんだった……旦那様に見つかったらどうなることやら」
執事の途方にくれたような嘆きに、ベッドの下の二人は頭を抱えた。まさか魔法学校に潜入するため成りすました人物に、ここで逆に成りすまされているとは。なんという偶然か。お嬢様は、憤慨して床に足を叩きつけた。
「おだまりなさい! 誰があんなつまらなそうな所へ入学するもんですか!」
さてどうしたものかと考えていたその時、それまで黙って居たウルフィがクーンと鳴いた。
「あれぇ、もしかしてこのニオイって」
ギクッとして身体を強ばらせる。場の空気を読まないことに定評のあるオオカミのことである。このままベッドの下に尻尾をふりながら飛び込んでこないとも限らない。祈るように息を潜めていると、アンジェリカが鋭い声を出してウルフィを制した。
「勝手にしゃべるなと命令したはずよ! そんなに食事抜きにされたいの!?」
「あああ、ごめんなさいごめんなさい! お願い許してぇ、もうご飯抜きは耐えらんないよぉぉ」
本気で泣きそうな声に少しだけ同情する。なるほど、脅されて逃げられなかったのか。隣で額を抱えたオズワルドから「あの馬鹿、後で殴る」という嘆きが伝わってくるような気がした。ウルフィはふてくされた様に尻尾を丸めブツクサと言い始める。
「いいよいいよ、アンジェリカお嬢様と、羊のウィルさんと、僕はペットのジョンなんでしょー、わかったよぅ」
だが、そのすぐ傍でドアが勢いよく開き、オオカミは慌てて飛びのいた。その場にいた誰よりも大音量の声が飛び込んでくる。
「おぉ聖女様! 公演すばらしゅうございましたぞ、ほんに、美しく優雅な舞いで、この世のものとは思えぬ天上に昇るような歌声で!」
大げさに褒めたたえながら入ってきたのは丸々と太った男性の足だった。執事のウィルが慌てて止めようと立ちはだかる。
「村長! 困ります、ノックの一つもせずに淑女の部屋に入るなど――」
「まぁ! わたくしのステージを見てくださったの? 嬉しいですわっ」
声を数トーン上げて出迎えたお嬢様は、村長の近くに駆け寄り彼をソファに座らせた。そして猫なで声で訂正を入れる。
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「聖女どの?」
「はいはい、なんですの?」
クルッと振り向いたアンジェリカは耳に良い声を出す。そしてまぁっ!と叫ぶと一歩引いた。
「いけませんわ村長! そのような大金……」
「いえいえ、素晴らしい物を見せて頂いたお礼ですよ。世界を救う聖女様の旅費にして頂ければこちらとしても光栄です」
「おほほほ、ではご厚意に甘えまして」
チラッと見えた札束にニチカは目を見開く。ふと視線を感じて横を見ると、目の色を変えたオズワルドがこちらを真顔で見ていた。ま、まさかこの男、自分にもアイドル活動をさせる気なのでは。
ベッドの下で微妙な心理戦が繰り広げられているとも知らず、村長はしたり笑顔のまま揉み手をした。
「それでその、なにとぞこの村にも風の里のようなご加護をですね」
「はいはい、お任せ下さいな。女神を復活させた暁にはこの地にドドーンとでっかい加護を付与しちゃいましょ」
何を勝手にと思った時、掃除の行き届いていない床からほわりと綿ぼこりが舞った。あ、まずい。そう思った時にはもう遅く、ニチカは盛大なくしゃみをしてしまった。
「はっ、っくしょん!!」
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