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6-フライアウェイ!
60.少女、現状報告する。
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『彼女』は、その日も軍事訓練のため、勇ましい出で立ちをしていた。タカのように鋭い目を向け、同じような装束を身につけた銃部隊に鋭い指示を飛ばす。
「よく狙いなさい! 脇をしめて、重心がブレないよう頬にピタリとつける!」
白い砂がまぶしい演習場に破裂音が鳴り響く。今年の新入りはなかなか優秀だ。西の魔女から買い取った風の魔弾の量産も進んでいるし、これならば容易に攻め込まれることはないだろう。
(凶暴化したマモノもそうだけど、最近北が静かなのが気になるわね。備えるに越したことはないわ)
『ある事件』でだいぶ短くなってしまった髪を結び直そうと、彼女が休憩に入ろうとした。その時だった
――由良さま!
名前を呼ばれた桜花国の姫は、不思議そうに辺りを見回す。聞き覚えのある声に形のいい眉をひそめる。
「ニチカさん?」
いつぞやの客人の名を呼ぶと、爽やかな風の中から明るい少女の声が返って来た。
――あぁ! すごい! ホントに通じてる!
「ど、どこに居るのですか!」
軍人の性か、相手の姿が見えないというのはどうにも落ち着かない。由良姫のうろたえる気配を察したのか、ニチカはすまなそうに風の向こうから笑った。
――私、いま風の里に居るんです。ワケあって声だけをそっちに届けてます。ちょっと聞きたいことがあって。
「風の?」
その地名をキーワードに由良姫は頭の中を検索する。そういえば風の里には、空気の振動距離を極端に伸ばし、遠く離れた地にも声を届ける技術があるとか。ウワサには聞いて居たが本当にそこに居るようだ。素直に関心しながら言葉を返す。
「驚いたわ、素晴らしい技術ね」
――ごめんなさい、ビックリさせるつもりはなかったんですけど。
「うちにもその技術、導入できないかしら、高く買うわよ」
――え? あ、はい……はい……うーんと
半ば本気で言うと、風の向こうに居る少女はしばらく誰かと話をしているようだった。しばらくしてこう返してくる。
――すみません、これ風の精霊様の力があって初めて使えるものみたいです。ここでしか使えないって。
「あら、残念」
軽く笑って由良姫は東屋に移動する。赤い手すりに体重を預けると髪を結い直しながら話し始めた。
「風の里と言うことは、風の精霊様にも会えたようね。旅は順調?」
――はいっ、おかげさまでなんとか!
「こちらにも少しずつ噂が流れてきて居るわよ、精霊の巫女が黒髪の魔女と旅をしているってね」
エルミナージュから発信された情報は、ロロ村を経由して桜花国へ。そうして旅人が持ってきた情報は瞬く間に国内に広がった。さらにここから航空旅客機ホウェールに乗りシーサイドブルーへ、そして西へと広がっていくだろう。由良姫は一国を治める者として恩義を感じていた。
「久々の明るい話に民も喜んでいるわ、凶暴化したマモノには手を焼いていたから」
――そんなに酷いんですか?
ニチカの声に心配そうな色が混ざる。由良姫は欄干から離れ街を一望できる位置まで移動した。街をぐるりと取り囲む櫓の上には、今日も警備隊の女性たちが油断なく銃を構えている。それらを見下ろしながら現状を伝えた。
「まだ中に入ってきた事はないけど、迂闊に街から出れないのが問題ね。子供たちが外で遊びたいとぐずっているわ」
――そう、ですか……
凶暴化したマモノたちは人を襲うようになった。本来夜に行動するはずの種でさえ堂々と日中現れる。もしこれがエスカレートしていくようなら、一般市民は隣の街に行くのも困難になるだろう。暗い雰囲気を変えようと、由良姫は声のトーンを上げた。
「魔女さまはお元気?」
――そりゃあもう! ああいうのを『憎まれっ子世にはばかる』っていうんですかね? 相変わらず性格悪いしヘンタイだしめんどくさがりだし。いだぁ!
ゴンッと小気味いい音が届きクスリと笑う。どうやらこの二人も相変わらずのようだ。風の向こうで始まった口論をひとしきり楽しんだあと、由良姫はタイミングを見計らって尋ねた。
「それはそうと、わたくしに聞きたいことがあったのではなくて?」
――え?
本来の目的を忘れていたのか、一瞬呆けたらしいニチカは、あぁっ!と叫んだ。予想通りの反応に、桜花国の姫はこみ上げてくる笑いを抑えられなかった。相変わらずこの少女は人の心を和ませてくれる。だがこちらの様子には気づいていないのか、少女は声を固くして尋ねてきた。
――由良さま、炎の精霊様に刺さっていた矢の残骸ってまだ残ってますか?
「あぁ、あの忌まわしい矢ね? あなたが踏んで壊した」
桜花国の守護神でもある火竜が何者かに操られていた事件は記憶に新しい。あの後、慎重に破片を拾い集め分析したが、おぞ気がするほど激しい紫のオーラは跡形もなく消え去っていた。すっかりただのガラクタになった破片は一応保管してあるが……。
――そのどこかに、ヘンな文字が書いてありませんでしたか?
「文字? そういえば」
由良姫は、修復作業に当たらせた部下から報告があった事を思い出す。矢じりの部分に彫りこまれていた不可思議な文字を、自分も一応見てみたが解読することはできなかった。考え込むように顎に手をやった姫は正直に伝える。
「三文字、あったわ」
――それです! なんて書いてありました?
「いや、読めないのよ」
目下調査中であると言うと、なんと自分ならそれを読めるとニチカは言う。だが口頭だけで文字の形状を伝えるのはなかなか難しい物があった。どうしようか考えあぐねていた時、ふいに熱風が由良姫の頬を撫でる。落ち着いた低い声が彼女の耳に届いた。
「由良、我が伝えよう」
***
「え、なになに?」
通話の向こうの由良姫が誰かと話をしている。ニチカはしばらく耳をすませていたが、急に話しかけられて飛び上がるほど驚いた。
――しばらくだな、少女よ。
「炎の精霊さま!」
特徴のある声に反応すると、声を届ける役割をしていた風の精霊が乱入してきた。嬉しそうな声で会話に割り込んでくる。
「おぉ! 我が心の友、がァ君ではないか、久しいね!」
――……シルミアか。
どうやら二人は旧知の仲のようだ。四大精霊同士なのだから別にそこはおかしくはないのだが、妙な呼び名が気になった。ニチカはシルミアに振り返る。
「がァ君?」
「ガザンだからがァ君。ちょっと待って、僕らにも聞こえるようにしよう」
炎の精霊にも名前があったのか。そう思っていると、頭を突っ込んでいた緑の玉が風船のように膨らみ、その場に居た一行を包み込んだ。
「これで良し、と」
――ニチカよ、魔導球を見ろ。
「え?」
ガザンに言われて、少女は腰のベルトに着けていた魔導球を手に取る。キラキラとした光が渦巻く中に、炎の文字が踊っていた。
――それが我に刺さった矢に書かれていた文字だ。
なるほど、これなら視覚的な情報を送れる。感心しながらニチカは自分にしか読めない文字列を読み上げた。
「『ふ・ん・怒』……憤怒ね。やっぱり、あの矢もペタコロンを眠らせた水晶の花と同じ。ファントムの仕業だったんだ」
「それも七つの大罪の一つか」
共に魔導球を覗き込んでいたオズワルドか眉を寄せた。やはり読めないようで難しい顔をしている。その横顔を見ながらニチカは解説した。
「うん、そのまんま怒るっていう意味なんだけど、確かに炎の精霊さまは理由もなく怒って暴れてた。間違いないと思う」
――ファントム?
通話の向こうから怪訝そうな声が飛んでくる。そこで改めて白い少年の事と、彼が企んでいる妨害のことを話すことができた。桜花国を旅立ってから判明した色々な事も合わせて情報共有する。そして話を聞き終えた姫と炎帝は非常に好戦的な態度を見せた。冷えた中にも怒りを感じさせる声が飛んでくる。
――次に発見次第、潰してしまいなさい。
――同感だ。そなたに仇なす敵は即座に蹴散らせ、我が炎ならいつでも力になるぞ。
「ちょ、ちょっとちょっと、落ち着いて」
すぐにでもブチ殺せと言う気概を感じて、ニチカは冷や汗を感じながらなだめた。やはり炎だけあってこの二人は気性が荒いのだろうか。直接的な被害に遭っているし気持ちは分からないでもないが。
その後、くれぐれも気をつけるようにとの忠告を受けて桜花国との通信を終える。緑の玉から出た一行は揃って難しい顔をした。ランバールが鼻の下をこすりながらまとめる。
「桜花国で『憤怒』。ペタコロンの谷で『怠惰』は壊したから、ニチカちゃんが言う七つの大罪ってやつで言うならあと五つっスか。でもあれ、何の匂いもしないんだよなぁ。魔女道具に近くて発動しない限り察せないっていうか」
「ふむ、まぁ僕がこの街にいる限りそのような物は持ち込ませないがな!」
自信満々にシルミアがポーズを決める。その横でオズワルドは疲れたようにため息をついた。
「どうでもいいが用が済んだならさっさと行かないか。人が集まってきたぞ」
風のささやきポータルの周りには、また人だかりが出来始めていた。だがニチカは名残惜しそうに緑の玉に手を添えた。
「えー、他にも連絡取りたい人居るんだけど。ミームと、マキナ君と、メリッサと、それからそれから……」
「さっさと行くぞ」
「あぁぁっ、師匠のいじわるぅぅー!」
襟元を掴まれズルズルと引きずられる少女は最後まで名残惜しそうに手を伸ばしていた。
***
「んなっ、それじゃあ力を貸してもらえないってことですか!?」
シルミアの宮殿。とは名ばかりの住宅街にある普通の一軒家。なかなかに居心地のよい居間でニチカの声が響いた。大きめの声にもシルミアはニコニコしたまま紅茶のカップを傾ける。
「まぁ、落ち着きたまえ、僕は協力しないとは言ってないさ。ただ、このまますんなりチカラを分け与えるのも面白くないと思ってね」
「面白いとかそういう問題ですか?」
精霊の女神の復活がかかっていると言うのに、ずいぶんとのん気な。ニチカがジト目でにらみ付けると、それこそ心外と言ったようにシルミアは口を尖らせた。
「だってがァくんの時は、彼を救ったことで認めてもらったんだろう? 僕だけ無条件にほいほいと渡すのも癪じゃないか」
「子供じゃないんですから、そんなダダこねないで下さい……」
相手が威厳ある精霊の長ということも忘れニチカは素でツッコミを入れてしまう。どう説得しようか考えていると、ニコと笑ったシルミアは壁に立てかけてあったホウキを彼女に手渡した。
「ってことで、ハイこれ」
「?」
掃除でもしろというのだろうか? それくらいの雑用ならまぁ。承諾しかけたニチカは、次の発言に飛び上がるほど驚いた。
「これで明日のレースに優勝したら、認めてあげるよ」
「いぃぃ!?」
シルミアはキラキラとした瞳のまま、まるで見えない観客に語り掛けるようあさっての方向に両手を広げた。
「空を優雅に舞う精霊の巫女! あぁ実に可憐で麗しいことだろう!」
「ストップ! ちょっと待ってください!」
「優雅に可憐で麗しく、ねぇ」
ボソリと呟いたオズワルドを横目でにらみつけ、ニチカは懇願する。
「無理ですよシルミア様、私その……いちおう飛ぶことは出来るけどかなり個性的っていうか、平たく言うと暴走しちゃうっていうか」
暴れ馬に乗っているような自分の飛び方を思い出し青ざめる。レースということは大勢の観客が居るのだろう。そんな人たちの前で無様に地面へ墜落してしまったら……いや、地面に落ちるならまだいい、仮に人込みの中に落下したら!
「うわぁぁぁやっぱりダメ! 危険すぎる!」
「よく狙いなさい! 脇をしめて、重心がブレないよう頬にピタリとつける!」
白い砂がまぶしい演習場に破裂音が鳴り響く。今年の新入りはなかなか優秀だ。西の魔女から買い取った風の魔弾の量産も進んでいるし、これならば容易に攻め込まれることはないだろう。
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――由良さま!
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「ニチカさん?」
いつぞやの客人の名を呼ぶと、爽やかな風の中から明るい少女の声が返って来た。
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「ど、どこに居るのですか!」
軍人の性か、相手の姿が見えないというのはどうにも落ち着かない。由良姫のうろたえる気配を察したのか、ニチカはすまなそうに風の向こうから笑った。
――私、いま風の里に居るんです。ワケあって声だけをそっちに届けてます。ちょっと聞きたいことがあって。
「風の?」
その地名をキーワードに由良姫は頭の中を検索する。そういえば風の里には、空気の振動距離を極端に伸ばし、遠く離れた地にも声を届ける技術があるとか。ウワサには聞いて居たが本当にそこに居るようだ。素直に関心しながら言葉を返す。
「驚いたわ、素晴らしい技術ね」
――ごめんなさい、ビックリさせるつもりはなかったんですけど。
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――え? あ、はい……はい……うーんと
半ば本気で言うと、風の向こうに居る少女はしばらく誰かと話をしているようだった。しばらくしてこう返してくる。
――すみません、これ風の精霊様の力があって初めて使えるものみたいです。ここでしか使えないって。
「あら、残念」
軽く笑って由良姫は東屋に移動する。赤い手すりに体重を預けると髪を結い直しながら話し始めた。
「風の里と言うことは、風の精霊様にも会えたようね。旅は順調?」
――はいっ、おかげさまでなんとか!
「こちらにも少しずつ噂が流れてきて居るわよ、精霊の巫女が黒髪の魔女と旅をしているってね」
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「久々の明るい話に民も喜んでいるわ、凶暴化したマモノには手を焼いていたから」
――そんなに酷いんですか?
ニチカの声に心配そうな色が混ざる。由良姫は欄干から離れ街を一望できる位置まで移動した。街をぐるりと取り囲む櫓の上には、今日も警備隊の女性たちが油断なく銃を構えている。それらを見下ろしながら現状を伝えた。
「まだ中に入ってきた事はないけど、迂闊に街から出れないのが問題ね。子供たちが外で遊びたいとぐずっているわ」
――そう、ですか……
凶暴化したマモノたちは人を襲うようになった。本来夜に行動するはずの種でさえ堂々と日中現れる。もしこれがエスカレートしていくようなら、一般市民は隣の街に行くのも困難になるだろう。暗い雰囲気を変えようと、由良姫は声のトーンを上げた。
「魔女さまはお元気?」
――そりゃあもう! ああいうのを『憎まれっ子世にはばかる』っていうんですかね? 相変わらず性格悪いしヘンタイだしめんどくさがりだし。いだぁ!
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「それはそうと、わたくしに聞きたいことがあったのではなくて?」
――え?
本来の目的を忘れていたのか、一瞬呆けたらしいニチカは、あぁっ!と叫んだ。予想通りの反応に、桜花国の姫はこみ上げてくる笑いを抑えられなかった。相変わらずこの少女は人の心を和ませてくれる。だがこちらの様子には気づいていないのか、少女は声を固くして尋ねてきた。
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「文字? そういえば」
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「三文字、あったわ」
――それです! なんて書いてありました?
「いや、読めないのよ」
目下調査中であると言うと、なんと自分ならそれを読めるとニチカは言う。だが口頭だけで文字の形状を伝えるのはなかなか難しい物があった。どうしようか考えあぐねていた時、ふいに熱風が由良姫の頬を撫でる。落ち着いた低い声が彼女の耳に届いた。
「由良、我が伝えよう」
***
「え、なになに?」
通話の向こうの由良姫が誰かと話をしている。ニチカはしばらく耳をすませていたが、急に話しかけられて飛び上がるほど驚いた。
――しばらくだな、少女よ。
「炎の精霊さま!」
特徴のある声に反応すると、声を届ける役割をしていた風の精霊が乱入してきた。嬉しそうな声で会話に割り込んでくる。
「おぉ! 我が心の友、がァ君ではないか、久しいね!」
――……シルミアか。
どうやら二人は旧知の仲のようだ。四大精霊同士なのだから別にそこはおかしくはないのだが、妙な呼び名が気になった。ニチカはシルミアに振り返る。
「がァ君?」
「ガザンだからがァ君。ちょっと待って、僕らにも聞こえるようにしよう」
炎の精霊にも名前があったのか。そう思っていると、頭を突っ込んでいた緑の玉が風船のように膨らみ、その場に居た一行を包み込んだ。
「これで良し、と」
――ニチカよ、魔導球を見ろ。
「え?」
ガザンに言われて、少女は腰のベルトに着けていた魔導球を手に取る。キラキラとした光が渦巻く中に、炎の文字が踊っていた。
――それが我に刺さった矢に書かれていた文字だ。
なるほど、これなら視覚的な情報を送れる。感心しながらニチカは自分にしか読めない文字列を読み上げた。
「『ふ・ん・怒』……憤怒ね。やっぱり、あの矢もペタコロンを眠らせた水晶の花と同じ。ファントムの仕業だったんだ」
「それも七つの大罪の一つか」
共に魔導球を覗き込んでいたオズワルドか眉を寄せた。やはり読めないようで難しい顔をしている。その横顔を見ながらニチカは解説した。
「うん、そのまんま怒るっていう意味なんだけど、確かに炎の精霊さまは理由もなく怒って暴れてた。間違いないと思う」
――ファントム?
通話の向こうから怪訝そうな声が飛んでくる。そこで改めて白い少年の事と、彼が企んでいる妨害のことを話すことができた。桜花国を旅立ってから判明した色々な事も合わせて情報共有する。そして話を聞き終えた姫と炎帝は非常に好戦的な態度を見せた。冷えた中にも怒りを感じさせる声が飛んでくる。
――次に発見次第、潰してしまいなさい。
――同感だ。そなたに仇なす敵は即座に蹴散らせ、我が炎ならいつでも力になるぞ。
「ちょ、ちょっとちょっと、落ち着いて」
すぐにでもブチ殺せと言う気概を感じて、ニチカは冷や汗を感じながらなだめた。やはり炎だけあってこの二人は気性が荒いのだろうか。直接的な被害に遭っているし気持ちは分からないでもないが。
その後、くれぐれも気をつけるようにとの忠告を受けて桜花国との通信を終える。緑の玉から出た一行は揃って難しい顔をした。ランバールが鼻の下をこすりながらまとめる。
「桜花国で『憤怒』。ペタコロンの谷で『怠惰』は壊したから、ニチカちゃんが言う七つの大罪ってやつで言うならあと五つっスか。でもあれ、何の匂いもしないんだよなぁ。魔女道具に近くて発動しない限り察せないっていうか」
「ふむ、まぁ僕がこの街にいる限りそのような物は持ち込ませないがな!」
自信満々にシルミアがポーズを決める。その横でオズワルドは疲れたようにため息をついた。
「どうでもいいが用が済んだならさっさと行かないか。人が集まってきたぞ」
風のささやきポータルの周りには、また人だかりが出来始めていた。だがニチカは名残惜しそうに緑の玉に手を添えた。
「えー、他にも連絡取りたい人居るんだけど。ミームと、マキナ君と、メリッサと、それからそれから……」
「さっさと行くぞ」
「あぁぁっ、師匠のいじわるぅぅー!」
襟元を掴まれズルズルと引きずられる少女は最後まで名残惜しそうに手を伸ばしていた。
***
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「まぁ、落ち着きたまえ、僕は協力しないとは言ってないさ。ただ、このまますんなりチカラを分け与えるのも面白くないと思ってね」
「面白いとかそういう問題ですか?」
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「子供じゃないんですから、そんなダダこねないで下さい……」
相手が威厳ある精霊の長ということも忘れニチカは素でツッコミを入れてしまう。どう説得しようか考えていると、ニコと笑ったシルミアは壁に立てかけてあったホウキを彼女に手渡した。
「ってことで、ハイこれ」
「?」
掃除でもしろというのだろうか? それくらいの雑用ならまぁ。承諾しかけたニチカは、次の発言に飛び上がるほど驚いた。
「これで明日のレースに優勝したら、認めてあげるよ」
「いぃぃ!?」
シルミアはキラキラとした瞳のまま、まるで見えない観客に語り掛けるようあさっての方向に両手を広げた。
「空を優雅に舞う精霊の巫女! あぁ実に可憐で麗しいことだろう!」
「ストップ! ちょっと待ってください!」
「優雅に可憐で麗しく、ねぇ」
ボソリと呟いたオズワルドを横目でにらみつけ、ニチカは懇願する。
「無理ですよシルミア様、私その……いちおう飛ぶことは出来るけどかなり個性的っていうか、平たく言うと暴走しちゃうっていうか」
暴れ馬に乗っているような自分の飛び方を思い出し青ざめる。レースということは大勢の観客が居るのだろう。そんな人たちの前で無様に地面へ墜落してしまったら……いや、地面に落ちるならまだいい、仮に人込みの中に落下したら!
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