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4-マキナ・ロジカル

42.少女、失恋する。

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「うわっ、なんだこりゃ」
「咲いた! 花が咲くよう!!」

 驚く村人の足元でたくさんの花が開いていく。虹色の蝶たちをそのまま写したように、虹色の花畑がその場に現れた。

「まさか大地だけでなく、他の属性まで味方につけるとはな」

 少し離れたところにいたオズワルドは、花畑の中で子供たちと歓声をあげながらくるくる回る少女を見やる。

 通常は二つの属性を同時に扱うだけでも相当な修行が必要だと言われているのに、彼女はその異様とも言える能力を無意識に使いこなしている。

「精霊の巫女か……」

 そんな神話上の存在など男は信じていなかったが、そう思わせるだけの光景がそこに広がっていた。

 これで花祭りは無事開催できるだろう。花を枯らした犯人を明かせる目星もついている。けれども、少女がここに残るかどうかは本人に委ねるつもりだった。自分にそれをとやかく言う権利は無い。

 ふと、オズワルドは自分がらしくない行動を取っている事に気づいた。あの厄介な拾い物である弟子を捨てる為だったら、何もわざわざこんな苦労をしないでも最初から事件解決を放棄して賭けとやらに負ければ良かったのではないだろうか?

 あの眼鏡小僧に挑発され、男としてプライドが刺激されたのも多少はあった。だがそれを差し引いても割りに合わない、どうしてわざわざ円満解決した上で少女に選択肢を与えてやろうと思ったのか。

(俺は――)

 深く考えてはいけないような気がした。考えたら認めてしまうことになる。まったく馬鹿らしい話だ、

(もしかしたら、自分を選んでくれるかもしれない、だなんて)


「ギャアアアアアアア!!!!」


 突然あがった叫び声に、男の思考は中断された。小躍りしていた村人たちも一斉にそちらを振り返る。

「バイオレット! どうした!?」
「アアア……アギガ……ガァッ!!」

 声の発生源を見れば、木の根元で休んでいたはずのバイオレットが身体が折れてしまいそうなほど仰け反っていた。頭を抱えのたうち回る異様な姿に子供たちは怯え後ずさる。

「しっかりするんだ!」

 駆け寄るマキナに血走る目を向け、絞り出すように彼女は言った。

「お、逃げください……私はもうっ!!」
「なんだ! いったい何が!」

 最後にひと筋、涙を流した彼女はガクリと頭を落とす。誰も動かなかった。不気味に生ぬるい風が吹きはじめ、色とりどりの花びらが流れていく。

 突然、糸が切れたように動かなかったバイオレットが、突然肩を震わせながら笑い始めた。これまでとはガラリと違う口調がその口から流れ出る。

『あぁもう、こんなイタズラをしたのは誰?』
「え?」

 一瞬だった。彼女の放った鋭い蹴りが、身体を支えてくれていたはずのマキナの腹部にまともに決まり、彼の身体が弧を描くように吹っ飛んでいく。宙を舞った青年は受け身も取れずにドサリと地に落ちた。

「マキナくん!!」
「寄るな!」

 駆け寄ろうとしたニチカをオズワルドは制した。そのまま緊張したように固い笑みを浮かべる。

「魔力過多にしてやれば黒幕が出てくるかと思ってたが、こうもあっさり出て来るとはな」
「魔力過多って、なに? どういうこと?」

 こちらに背中を向けたままのバイオレットから目が離せず、声だけで尋ねる。

「あのメイドはホムンクルスでもなんでもない、生身の人間なんだ。おそらく胸元に埋め込まれた魔女道具で操られている」
「え、えぇっ!?」
「花を枯らしていた犯人もアイツだ。ここに咲いていた花たちから定期的に魔力を吸収してその道具を動かしていたんだろう」
「じゃ、これだけ花が咲いたから魔力があふれちゃったってわけ?」

 思わず大きな声を出してしまう。それに気づいたのかメイドの姿をした誰かはこちらを振り返る。

「っ、」

 緊張して身構えるのだが、何かに気づいた様子の誰かは朗らかに話しかけてきた。

『あれェ、もしかしてオズワルド先輩じゃないっスか! お久しぶりィ!』
「!?」

 そのままバイオレットの髪を解きながらシュタッと片手を挙げる。実に朗らかで、親しみがあるとさえ言える笑みでこちらを見つめる様に隣の師匠へと問いかける。

「えっ、と、知り合い?」
「……」
『おれっス! ランバール!』
「お前のような軽薄な男は知らん」
『覚えてんじゃないっスかー、相変わらずだなぁ』

 カラカラと笑ったランバールというらしい人格は、呆れたように腰に手を当てた。

『っつーか、先輩こんなとこで何やってんスか。学長が血眼になって探してましたよ』
「うるさいな、こっちにも事情があるんだ」

 事情が呑み込めないニチカはかろうじて聞いて見た。

「友達?」

 ところが緊張を解かないオズワルドは、視線をランバールに向けたまま小さくいった。

「まさか。それより予想以上に厄介なヤツが出てきやがった」
「厄介って……」
「あいつはヤバい」

 髪の毛をいじりながら鼻歌を歌う彼は、足元で倒れていたマキナを足先でつついた。

『あーこれが教授の息子? あんまり似てないね。まぁどうでもいいんだけどさ』

 トンと胸に手をやったランバールは、おちゃらけたように言った。

『参ったよー、監視役で付けたはいいけど、このコまるっきし魔力ないし、しょうがないから花からエネルギー補給してたけど、でもそれも年月が経つと装置が劣化しちゃって燃費わるくなるしで、そろそろ壊しちゃおうかって教授と話してたんだよね。そしたら何? 急に魔力ぶち込まれてショートするつぅの! あははっ、それで様子見に来たらなんか先輩居るし』

 ニコッと笑った彼は残酷な言葉を吐いた。

『コアの修理も面倒くさいし、もういっかな。教授の指示通り崖から身投げするのが手っ取り早いか』

 ギョッとする村人たちの間を、ランバールは素早く駆け抜ける。

『そいじゃ、お騒がせしました~っ、マキナぼっちゃんのフォローはよろしくゥ!』
「待っ……」

 止める間もなく走り去ってしまう。一番最初に動いたのはオズワルドだった。

「追うぞ! ヤツは倫理観が欠落してる、本気であのメイドを身投げさせるつもりだ!」

***

 ロロ村の花畑は西に向かうにつれて傾斜がきつくなる。そしてある地点を境にぷっつりと地面が途切れる立地をしていた。

「居たぞ! あそこだっ」

 そしてそのはるか下にあるのは渓谷の川。落ちれば無事ではすまないような危険な場所に、紫の髪をなびかせたその人は佇んでいた。

『アララみなさんご苦労様。参ったね、見世物じゃないんだけど』

 西日に照らされて微笑むランバールは両手を広げて少しずつ下がり始める。崖のふちまで十歩、五歩、

『でもちょっと楽しいかも』
「やめろ! やめてくれ!!」

 半狂乱で手を伸ばすマキナを村人は必死に留める。どうしたらいいか迷っていたニチカを見て、オズワルドが言った。

「どうする」
「どうするって、何が!」

 信じられないほど冷静な師匠は一つ作戦を話した。

「――すればヤツを止められる」
「それホント?」
「たぶんな。だが本当にそれで良いのか?」
「えっ?」

 駆け出そうとしたニチカはどういうことかと振り返る。オズワルドは真顔でこう問いかけた。

「あのメイドが死ねばお前がマキナの恋人になれるだろう、絶好のチャンスだぞ」


 見殺しにしないのか?


 その言葉に頭をガンと殴られたような衝撃が走る。

「あ、そんな……そんなの……」

 駆け出したニチカは叫んだ。

「迷うまでもないっ!!」

 炎の魔導球をひとつ叩いてザッと足元を踏みしめる。引き絞った指の間に、輝く紅い矢が現れた。

「燃え盛る炎のマナたちよ力を貸して! 『ファイヤ・アロー!』」
『なにっ!?』

 一直線に放たれた矢は、ランバールの胸元――薄紫に輝くクリスタルコアへと突き刺さる。ビクッと一瞬動きを止めた彼は……にやりと笑った。

『ふーん、まさか君がねぇ』

 まっすぐにこちらを見つめるニチカの目が紅色に燃えている。その周りで紅い蝶たちが輝いていた。

『油断したなぁ、そっか君がウワサの精霊の巫女さんか』
「え」

 なぜそのことを知っているのかと問う間も無く、ランバールはニコッと笑って手を振った。

『ま、今回はオレの負けってことで手を引くよ。ニチカちゃんだっけ? ま……たね』

 ザザッとノイズが入るように声が途切れて行く。

『今度  生身……会ったら……すぐ』

 ぷつりと糸が切れるようにメイドがふらりと後ろ向きに倒れていく。

「スミレ!」

 間一髪、その身体を抱きとめたマキナは、その肩に顔をうずめながら震えた。

「おかえり……ずっと僕の側に居てくれていたんだ」

***

 その年のロロ村の花祭りは異様な盛り上がりを見せた。死んだと思っていたスミレが戻り、地主であるマキナと長い時を経てようやく結ばれたのだ。

 前夜祭の宴はいつまでも続いていた。咲き誇る花たちの香りを乗せ、歌と音楽と踊りがいつまでも鳴り響いている。誰もが笑っていた。それはとても幸せな光景だった。

「マキナくん!」

 明るい少女の声に振り返ったマキナは、たくさんの祝福の花を頭に乗せられていた。隣にいるスミレも同様だ。

「あははっ、二人とも花の精みたい」
「ニチカ……あの」

 言葉を探してつまるマキナの手をギュッとつかみ、後ろで控えていたスミレの手を握らせる。

「いいのいいの。私のことは気にしないで、二人が元の関係に戻れてホントに良かったね」
「ニチカさん」

 薄紫の瞳を潤ませたスミレはにっこりと笑った。涙を浮かべながら幸せそうに笑った。

「本当にありがとうございました、なんてお礼を言ったらいいのか」
「あーもう、そういうの良いですって。そうだなぁ、強いて言うならお二人が幸せになれればそれが私にとって一番のお礼です。なんちゃって」

 おどけたようにペロリと舌を出す少女に、マキナは心から礼を言った。

「ありがとう、君はスミレだけでなく僕の心も救ってくれたんだ」
「もう、大げさだなぁ。それじゃ、私そろそろ出発しなくちゃ」

 片手を上げてその場を去ろうとするニチカに二人は目を見開く。

「もう行ってしまうのかい? せめて明日の花祭り本番を見てからにしても」
「そうですよ、まだわたしから何の恩返しもできてないです」
「あー、ごめんね。さっきのランバール? っていうのに見つかっちゃったし、早めにこの村を出た方が良いって師匠が」

 大きく手を振って少女は駆け出した。最後に笑った表情が目に焼き付いた。

「それじゃ、二人ともお幸せにっ!」
「あ……」

 風のように去って行く少女を二人は見送った。花祭りの喧騒が遠く聞こえる。

「不思議な人だったわね」
「あぁ、誰をも惹きつけたという女神ユーナのような子だったよ」

 名残惜しそうな顔をしたマキナに寄り添うスミレが優しく手を重ねた。

「大丈夫、きっとまたいつか会えるわ。そんな気がするの」
「そうだな」

 少女の姿が見えなくなるまで、二人はいつまでもそこに居た。ゆるやかな風が、彼女の後を追うように吹き抜けて行った。

***

「っはぁ、はぁ」

 村の門まで走り抜けた少女は、柵に手をつき荒い息を整えた。祭りの明かりから遠ざかれば、道はどこまでも続いているように暗く長く見えた。

「別れの挨拶は済んだのか」

 そんな闇の中から滑るように出てきた男に、ニッコリ笑いかける。

「うんバッチリ、それじゃあ行こっか。ウルフィは?」
「先に行かせてある」

 自分の荷物を受け取り、足取りも軽く踏み出した少女の後を男は追う。ニチカは弾むような声で語りだした。

「スミレさん綺麗だったなー、花嫁みたいな衣装着せられてね、みんなにおめでとう、おめでとうって言われてたの」
「そうか」
「マキナくんも本当に幸せそうで、あの調子なら私に言った告白なんてすぐに忘れられると思う。うん、きっとそう」
「そうか」
「そうだよ、一時の気の迷いだったって、きっと……」

 震える声を必死に抑えようとする少女は、少し先で立ち止まった。ゆるやかな風が二人の間を吹き抜ける。

「好きだったのか、あの男が」

 ビクッと跳ねた顔の向こうで、光がひとしずくこぼれ落ちた。

「わ、わかんない」
「……」
「好きになりかけてたのかな……あははっ、変だよね。きっと初めて告白されたもんだから私もすっかり舞い上がっちゃってて」

 振り返った少女は微笑んで居た。泣きながら微笑んでいた。それはどこか痛々しいものだった。

「あ、れ、変だな。なんで私泣いてるんだろう。ハッピーエンドのはずなのに。お、おかしいなぁ、疲れが溜まってるのかな、あはは」

 クシャクシャと笑顔で涙を拭う少女を見ていた男は歩き出した。ニチカの横を通り過ぎ様、頭にポンと手を置く。

「馬鹿だな、お前は」

 けなされているはずなのに、それはどこか優しい響きだった。

「馬鹿だ。大馬鹿だ。泣きたい時に泣いて何が悪い? ここには気をつかう相手も居ないだろうが」
「っ――」
「強がるな、お前のやせ我慢なんてお見通しなんだよ」
「っく、うわぁぁあああ!!」

 その背中にしがみ付いて、ニチカは泣いた。声の限りに泣いた。

「わたっ、わたし、いつも誰かの一番になれないのっ」
「……」
「不安だよ、私は誰にも必要とされていない、居なくなってもだれも困らないんじゃないかって」
「……」
「そう……思うの」

 黙って話を聞いていたオズワルドは動かなかった。慰めの言葉を吐くでもなく、ただそこに居た。


 グスグスと泣き続けるニチカがようやく落ち着いてきた頃、彼女は小さくつぶやいた。

「居るのかな、こんな私でも、一番大切だって思ってくれる人が、この世界のどこかに」
「……一人くらいは居るかもな」

 それだけで十分だった。空は澄み切っていて、冴え冴えと星が輝いている。


 二つの影は、それからしばらく動かなかった。
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