ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
29 / 156
3-炎の精霊

29.少女、教わる。

しおりを挟む
 それまで穏やかに微笑むだけだった由良姫が、少女の申し出に青ざめてすっ飛んできた。腕を掴んで小声で忠告をする。

「あなた、それがどれだけ畏れ多いことか分かっているの? よりによって四大精霊の一柱である炎帝様を使役しようだなんて!」
「使役? しえきって……えええっ?」

 自分がどれだけ身の程知らずな発言をしたのか、まったくの無自覚だったニチカはパパパと手を振って否定した。

「そんな使役だなんて滅相もない! ごめんなさいっ、私この世界の常識に疎くって」
「この世界?」
「え、えっと」

 しどろもどろになる少女を見ていた精霊は豪快に笑いだした。遠く響く遠雷のような笑いを収めると一度大きく頷く。

「良かろう。なにより我の面子を保ってくれた恩人の頼みだ。断るわけにもいくまい」
「本当ですか!?」

 快諾して貰えた事にパッと顔を明るくするのだが、すぐに後ろから冷やかすような笑い声が飛んで来た。

「フッ、世間知らずも場合によっちゃ武器になるな」
「誰のせいよっ」

 恨みがましい目で師匠を睨みつけるが、どこ吹く風で視線を逸らされてしまった。本当にもう、意図的に教えず楽しんでるとしか思えない。むくれてそちらを見ていると、炎の精霊は穏やかに尋ねて来た。

「その魔導球に?」
「あっ、はい! お願いします」

 慌てて駆け寄り魔導球をその鼻先まで持ち上げる、炎の精霊がフーッと息を吹き込むような動作をすると、たちまちの内に透明だった球の中に赤い光が渦巻いた。

「わぁ……」

 優しく暖かな光にうっとりとする。たえず変化する光は呼吸をしているかのように明暗を繰り返していた。

「それで我とつながる印となった。遠く離れた所でもチカラを貸せるだろう。時に少女よ――」

 そこで一旦言葉を溜めた精霊は、グッと鼻面を近づけて来たかと思うと見透かすように目を覗き込んできた。

「そなた、非常に強いチカラを秘めておるな。だが心の外殻が曇りきっておる」
「え?」
「そのままでは我のチカラも十分に引き出せまい。どれ」

 そう言うや否や、竜は鋭いかぎ爪のついた手をニチカの頭に乗せる。潰されやしないかと一歩引きかけた時、

「!」

 世界が開けた。

 例えるなら薄暗かった室内に明かりを灯したかのようだ。視界が急にクリアになり周囲がよく見えるようになる。いや、見ると言うよりは「感じる」と言った方が正しいだろうか。目の前にいる炎の精霊やたくさんの木々、足元に広がる大地……そして何より大気中に何かがきらめき出した。

「ちょうちょ?」

 ひらりひらりと舞う紅い光の蝶が、炎の精霊や自分の周りに集まっている。それは指先に止まったかと思うとふわりとほどけ、少し離れたところでまた形を作った。

「精霊様、あの、これは?」

 蝶はひらひらと身体の周りに、とりわけ先ほど力を分けてもらった球の周りに集まってくる。それを目を細めて見ていた竜は低く穏やかな声で話し出した。

「それはそなたらがマナと呼んでいる物。この世界に息づくすべての源であり、大いなる流れ」
「流れ?」
「何か命令してみよ」

 いきなり言われて戸惑うが、ニチカは両の手のひらに集まる蝶にそっと話しかけてみた。

「力を貸してくれる?」

 呼びかけに応じるように、蝶たちがボッと音を立てて火の玉に変化する。勢い良く燃えているがふしぎと熱くは無い。満足げに頷いた精霊は太鼓判を押してくれた。

「上出来だ、その力は今後そなたを守り、助けとなってくれるであろう」
「はいっ、ありがとうございます精霊様!」
「気をつけるのだぞ」

 それだけを言い残し、精霊は一度燃え上がり姿を消した。

***

 翌日、一行は桜花国随一の資料館へと来ていた。大きめの少し古びた建物を見上げながら男は口を開く。

「由良姫から許可は頂いている。桜花国は医療方面にも明るいからな、フェイクラヴァーの治療法も見つかるかもしれんぞ」
「本当!? よーっし、がんばるぞー!」
「ニチカすっごいやる気だねー」
「もちろん!」

 ところが元気な少女の横で、オズワルドは「ふああ」とやる気をそぐようなあくびをした。あろうことかそのまま踵を返して来た道を引き返そうとする。

「まぁ、ガンバレ」
「手伝ってよ!」

 まさかここまで非協力的だと思わなかったニチカは思わず男の服を掴んで止めていた。眠たげな顔で振り返った男を見上げながら前々から思っていたことをブチまける。

「この際だから言わせてもらうわ。あなた仮にも私の師匠でしょ? 私に色んなことを教える義務があると思うの!」
「……」

 あからさまに「面倒くさい」という表情をした男だったが、ふと思いついたように表情を変える。

「教えるのは構わんが、お前この世界の文字を知らないだろう。教える以前の段階だな」
「それは……そうだけど」

 確かにこの世界の文字がニチカは読めなかった。言葉が通じるのだから文字も読めるようにしてくれればいいのにと思ったが、誰に苦情を言えばいいのかわからないので黙りこむ。

「文字が読めなきゃこの資料室も無意味だったな。しばらくはウルフィにでも習うといい」
「えっ」


 そんなわけで、ニチカは館内の日当たりの良い長机にかけながら文字を教えてもらうことになった。となりに座ったウルフィがやけに張り切って机をテシテシと叩く。

「さてニチカくん、しっかり聞きたまえよ。僕のことはウルフィ先生と呼びたまえ」
「おねがいしますウルフィせんせ……」

 まさかオオカミに文字を教わる日が来ようとは。人生なにがあるか分からないものである。

「それでは書き取り開始ー!」
「ひぇぇ~」


 大きな文字一覧――日本でいうところの「あいうえお表」に当たるのだろうか――それを書き取りながら、ウルフィにその文字を口頭で説明してもらうという作業を繰り返すこと数時間。意外にも勉強は順調に進んでいた。

「すごいねニチカー! 僕の数万倍おぼえがいいよ!」
「そう?」

 一応謙遜しながらもニチカは奇妙な感覚にとらわれていた。元いた世界で英語を覚えるのはからっきしだったのに、この世界の言語は不思議とすんなり頭に入ってくる。

(なじみがあるような気がするのはなんでだろう)

 新しく学ぶというよりは、忘れていたものを思い出すような感覚だ。見たこともない文字のはずなのに。

「まぁいいか」

 なんにせよ作業が順調なのはいいことだ。しばらくすると簡単な文章なら組み立てられるまでに文字を覚えていた。

「ねぇウルフィ、ここの文なんだけど――」
「ぐかー、すぴー」
「って……」

 我らが偉大なけむくじゃら先生は集中力が切れたのか、いつのまにか爆睡モードに入っていた。呆れた少女だが、窓から差し込んでくる夕陽を見てそんなに時間が経っていたのかと驚く。

「んんんーっ、私もちょっと休憩しよっと」

 伸びをして立ち上がる。ふと思いついてその辺りの本棚へと向かった。背表紙をなぞりながら自分にも読めそうなものをさがす。

「あ、これなんかいいかも」

 手にとったのは絵本だった。これなら子供向けだし自分でも読めそうだ。

「せいれい、の、女神、ユーナ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。 【追記】完結保証タグ追加しました

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。

処理中です...