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3-炎の精霊
28.少女、お願いする。
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意識を取り戻した彼女はしばらくぼーっとしていたが、静かに揺らめく竜の姿を認めると力なく微笑んだ。衣服や髪はボロボロになってしまったが、それでもその笑みは美しいものだった。
「炎帝様。良かった、正気に戻りましたのね」
「由良、すまぬ。我が不甲斐ないばかりに……」
「いいえ、信じていましたもの」
身体を起こした姫は、ニチカから事の顛末を聞いて少しだけ驚いたような顔をする。
「そう、あなたが炎帝様を正気に」
「あっ、いや! 私も必死で何がなんだか。あははっ、何とかなって良かったです」
照れたように頭を掻いていた少女の後ろで、ため息をついた師匠が呆れたようにその頭を小突いた。
「計画性がなさ過ぎだ。見当外れなら骨すら残ってなかったぞ」
「う、上手くいったんだからいいでしょ」
そのやりとりを見てクスクス笑っていた姫だったが、地面に散らばる矢の破片を見て表情を固くする。どう考えても普通ではない状態の精霊ではあったが、まさかこんな物が刺さっていただなんて。姫は衣服の煤を払い落としながら静かに切り出した。
「夜明け前、わたくし妙な胸さわぎと呻き声を聞きこの祠まで様子を見に来たんですの。その時すでに炎帝様は……いったい誰がこんな事を」
おそらくその呻き声とはニチカも聞いた炎の精霊の物だろう。正体のわからぬ襲撃に誰しも黙り込む。だがオズワルドはサッと動いたかと思うと由良姫の胸ぐらを掴んだ。目を見開いたニチカが止めようとするが手で牽制される。
「一つお尋ねしたい。昨晩、我々は路地裏で何者かに襲撃を受けました。その場にこれが落ちていた」
例の弾丸を見せると、由良姫の目が見開かれた。男は冷えた声で続ける。
「あなたに独占で売ったはずの弾丸でウルフィが撃たれた。どういう事だか説明して頂けますか?」
口調こそ丁寧だが追いつめるような物言いに姫は少しだけ悲しそうな顔をした。ふっと笑みを浮かべ襟元を掴むオズワルドの手に上から包み込むように触れる。
「なるほど、魔女様はわたくしを疑っておいでですのね」
そのまま彼の空いている方の手も掴んだかと思うと自らの首へと導いた。
「いいでしょう、このまま絞め殺して下さいまし」
「認めるわけか」
「いいえ、ですがどんな言葉も言い訳にしか聞こえないと思いますわ」
「ゆっ、ゆらさまぁ」
情けない声を出すニチカに少しだけ微笑んで、由良姫は正面の男を見据える。その真紅のまなざしは覚悟を決めたかのように凛とした光を宿していた。
「ですがこれだけは。桜花の由良は決して裏切りは致しません。どうかそのことを心に留め、ご判断を」
「……」
沈黙が訪れ、火竜が微かに爆ぜる音以外は何も聞こえなくなる。男が判断を下す前に少女が動いた。切羽詰まったような顔でその手を掴み必死に訴える。
「やめようよ! こんなに言ってるんだから!」
「チッ、こんな見え透いた演技に騙されやがって」
「だって誰も死んでないんだよ、それで良いじゃない!」
「殺されそうになった張本人がそんなことを言うのか。すごいなお前、聖人か何かか」
侮蔑のまなざしを向けられた少女は少しだけ怯んだ。だがまっすぐに相手の目を見つめ、確信を持った響きで答える。
「だって由良さま、丸焦げにされそうだった私をかばってくれた。裏切ってたらそんな事絶対にできないもの」
男はその言葉に少しだけ鼻に皺を寄せた。正直この目が苦手だった。どうあがいても折れない、自分がとうに捨ててしまった純真無垢な心そのもので。
「性質の悪い……」
「?」
独り言のように呟いて顔を逸らす。……判断に迷う。一連の流れの裏に何者かが潜んでいるような気がするが、まだ確証が持てない。
(やはりここは一つけじめを――)
そう考え握る手に力を込めた時だった、背後の茂みが音をたて、黒い影がいきなり飛び出してくる。
「なにっ!?」
不意をつかれた男は背中に飛びつかれ押し倒されてしまった。反撃をしようと即座に振り向いたところでその正体に気づき唖然とする。
「ごしゅじぃいいいん!! ご主人ご主人ごーしゅーじーんーっ!!」
「ウルフィ!?」
茶色いけむくじゃらのケモノは重傷で街に置いてきたはずの使い魔だった。半泣きで顔をぐしゃぐしゃにしたオオカミはこちらの顔を興奮のあまり舐めまわす。
「やっと見つけたあああ!! ここらへんコゲコゲなニオイがひどくて大変だったんだよおおお!!」
「やめろっ、この……っ、重いんだよデカブツ!!」
首周りを掴んで投げ飛ばそうとするが体勢が悪い。ぎゃーぎゃーと転げまわる主従を見てニチカが驚いたように駆け寄って来た。
「ウルフィ! 安静にしてなくていいのっ?」
「そうだお前! 傷はっ」
執刀医が慌てて傷跡を確認するが、縫合したはずの縫い目が消えている。目を剥くオズワルドに向かって、けろっとした様子のオオカミはこう言った。
「なんかね、舐めてたら治ったよ」
「……抜糸は」
「ぷつッて切れちゃったから、そのまま抜いちゃった」
その頭をオズワルドはグーで殴った。割と容赦なく。
「っざけんなてめぇ!! 俺の努力を返せ!!」
「いたぁぁーい! ご主人がなぐったぁーっ」
びぃーっと泣き出したウルフィはニチカに泣きついた。苦笑しながらその頭を撫でてやる。
「よしよし、無事で良かった」
「フン、ほっといても治ったんじゃないのか野生動物め」
「そんなことないって、あなたの治療のおかげじゃない」
恐るべきスピードで復活を遂げたウルフィは、少し離れた位置にいる女性を見つけてパタパタとしっぽを振った。
「あれ? 由良さまも居る。どうして真っ黒なの?」
まだ納得していなさそうなオズワルドだったが、一つ鼻を鳴らすと釘を刺した。
「近寄るなよ。お前を撃った犯人かもしれない」
ところがウルフィは朗らかに笑うとその説を真っ向から否定した。それはもう一ミリの疑いもなく。
「えぇ? それはないよ、由良さまを疑うなんてご主人ヒドイや」
「は?」
「撃たれたあの時、匂いが全然しなかったもの。由良さまの匂いは独特だからね、これは間違いないよ!」
「……」
自信満々に答えるオオカミに男は黙り込む。代わりにニチカが茶色の毛玉に向けて訊ねた。
「独特の匂いって?」
「あまーい香水でも付けてるのかな? 一キロ先に居たって僕には由良さまがどこに居るか分かるよ」
「確かに薔薇の香り付けをしていますが……」
苦い顔をしていた男はややあって由良姫に素直に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。コイツがそう言うのならそうなんでしょう」
あまりにもあっさりと信じてくれた事に、今度はニチカの方が驚いて声をあげる。
「ウルフィのこと、信じてくれるの?」
「コイツの鼻のよさは認めてる。その人物が接触した人まで追えるレベルだからな」
バツが悪そうなオズワルドだったが、由良姫はニッコリと微笑んでこう返した。
「頭を上げて下さいまし、弾を無くしたこちらにも責任はありますもの」
「無くした?」
「ええ、倉庫に運ぶ途中で一箱」
最初は紛失したのかと思ったが彼らの話を聞いて合点が行った。おそらく真犯人が盗み出したのだろう。おそらくは由良姫に濡れ衣を着せるために。
ニチカとオズワルドは襲撃してきた白いローブの人物の後ろ姿を思い出す。黙って話を聞いていた炎の精霊が口を挟んだ。
「我が操られていたことと関係があるのだろうか」
「確証はないが、否定はできないな」
「じゃあ、その犯人は私たちがここに来ることを知ってたってこと?」
そこまで言ったニチカはハッと思い出した。ポケットから手のひら大の珠を取り出し、火竜からよく見えるようにと捧げ持つ。
「そうだ精霊さま! お願いがあったんです!」
「む?」
「私、使命があって精霊様のチカラを集めてるの。協力してくれませんか?」
「炎帝様。良かった、正気に戻りましたのね」
「由良、すまぬ。我が不甲斐ないばかりに……」
「いいえ、信じていましたもの」
身体を起こした姫は、ニチカから事の顛末を聞いて少しだけ驚いたような顔をする。
「そう、あなたが炎帝様を正気に」
「あっ、いや! 私も必死で何がなんだか。あははっ、何とかなって良かったです」
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「計画性がなさ過ぎだ。見当外れなら骨すら残ってなかったぞ」
「う、上手くいったんだからいいでしょ」
そのやりとりを見てクスクス笑っていた姫だったが、地面に散らばる矢の破片を見て表情を固くする。どう考えても普通ではない状態の精霊ではあったが、まさかこんな物が刺さっていただなんて。姫は衣服の煤を払い落としながら静かに切り出した。
「夜明け前、わたくし妙な胸さわぎと呻き声を聞きこの祠まで様子を見に来たんですの。その時すでに炎帝様は……いったい誰がこんな事を」
おそらくその呻き声とはニチカも聞いた炎の精霊の物だろう。正体のわからぬ襲撃に誰しも黙り込む。だがオズワルドはサッと動いたかと思うと由良姫の胸ぐらを掴んだ。目を見開いたニチカが止めようとするが手で牽制される。
「一つお尋ねしたい。昨晩、我々は路地裏で何者かに襲撃を受けました。その場にこれが落ちていた」
例の弾丸を見せると、由良姫の目が見開かれた。男は冷えた声で続ける。
「あなたに独占で売ったはずの弾丸でウルフィが撃たれた。どういう事だか説明して頂けますか?」
口調こそ丁寧だが追いつめるような物言いに姫は少しだけ悲しそうな顔をした。ふっと笑みを浮かべ襟元を掴むオズワルドの手に上から包み込むように触れる。
「なるほど、魔女様はわたくしを疑っておいでですのね」
そのまま彼の空いている方の手も掴んだかと思うと自らの首へと導いた。
「いいでしょう、このまま絞め殺して下さいまし」
「認めるわけか」
「いいえ、ですがどんな言葉も言い訳にしか聞こえないと思いますわ」
「ゆっ、ゆらさまぁ」
情けない声を出すニチカに少しだけ微笑んで、由良姫は正面の男を見据える。その真紅のまなざしは覚悟を決めたかのように凛とした光を宿していた。
「ですがこれだけは。桜花の由良は決して裏切りは致しません。どうかそのことを心に留め、ご判断を」
「……」
沈黙が訪れ、火竜が微かに爆ぜる音以外は何も聞こえなくなる。男が判断を下す前に少女が動いた。切羽詰まったような顔でその手を掴み必死に訴える。
「やめようよ! こんなに言ってるんだから!」
「チッ、こんな見え透いた演技に騙されやがって」
「だって誰も死んでないんだよ、それで良いじゃない!」
「殺されそうになった張本人がそんなことを言うのか。すごいなお前、聖人か何かか」
侮蔑のまなざしを向けられた少女は少しだけ怯んだ。だがまっすぐに相手の目を見つめ、確信を持った響きで答える。
「だって由良さま、丸焦げにされそうだった私をかばってくれた。裏切ってたらそんな事絶対にできないもの」
男はその言葉に少しだけ鼻に皺を寄せた。正直この目が苦手だった。どうあがいても折れない、自分がとうに捨ててしまった純真無垢な心そのもので。
「性質の悪い……」
「?」
独り言のように呟いて顔を逸らす。……判断に迷う。一連の流れの裏に何者かが潜んでいるような気がするが、まだ確証が持てない。
(やはりここは一つけじめを――)
そう考え握る手に力を込めた時だった、背後の茂みが音をたて、黒い影がいきなり飛び出してくる。
「なにっ!?」
不意をつかれた男は背中に飛びつかれ押し倒されてしまった。反撃をしようと即座に振り向いたところでその正体に気づき唖然とする。
「ごしゅじぃいいいん!! ご主人ご主人ごーしゅーじーんーっ!!」
「ウルフィ!?」
茶色いけむくじゃらのケモノは重傷で街に置いてきたはずの使い魔だった。半泣きで顔をぐしゃぐしゃにしたオオカミはこちらの顔を興奮のあまり舐めまわす。
「やっと見つけたあああ!! ここらへんコゲコゲなニオイがひどくて大変だったんだよおおお!!」
「やめろっ、この……っ、重いんだよデカブツ!!」
首周りを掴んで投げ飛ばそうとするが体勢が悪い。ぎゃーぎゃーと転げまわる主従を見てニチカが驚いたように駆け寄って来た。
「ウルフィ! 安静にしてなくていいのっ?」
「そうだお前! 傷はっ」
執刀医が慌てて傷跡を確認するが、縫合したはずの縫い目が消えている。目を剥くオズワルドに向かって、けろっとした様子のオオカミはこう言った。
「なんかね、舐めてたら治ったよ」
「……抜糸は」
「ぷつッて切れちゃったから、そのまま抜いちゃった」
その頭をオズワルドはグーで殴った。割と容赦なく。
「っざけんなてめぇ!! 俺の努力を返せ!!」
「いたぁぁーい! ご主人がなぐったぁーっ」
びぃーっと泣き出したウルフィはニチカに泣きついた。苦笑しながらその頭を撫でてやる。
「よしよし、無事で良かった」
「フン、ほっといても治ったんじゃないのか野生動物め」
「そんなことないって、あなたの治療のおかげじゃない」
恐るべきスピードで復活を遂げたウルフィは、少し離れた位置にいる女性を見つけてパタパタとしっぽを振った。
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まだ納得していなさそうなオズワルドだったが、一つ鼻を鳴らすと釘を刺した。
「近寄るなよ。お前を撃った犯人かもしれない」
ところがウルフィは朗らかに笑うとその説を真っ向から否定した。それはもう一ミリの疑いもなく。
「えぇ? それはないよ、由良さまを疑うなんてご主人ヒドイや」
「は?」
「撃たれたあの時、匂いが全然しなかったもの。由良さまの匂いは独特だからね、これは間違いないよ!」
「……」
自信満々に答えるオオカミに男は黙り込む。代わりにニチカが茶色の毛玉に向けて訊ねた。
「独特の匂いって?」
「あまーい香水でも付けてるのかな? 一キロ先に居たって僕には由良さまがどこに居るか分かるよ」
「確かに薔薇の香り付けをしていますが……」
苦い顔をしていた男はややあって由良姫に素直に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。コイツがそう言うのならそうなんでしょう」
あまりにもあっさりと信じてくれた事に、今度はニチカの方が驚いて声をあげる。
「ウルフィのこと、信じてくれるの?」
「コイツの鼻のよさは認めてる。その人物が接触した人まで追えるレベルだからな」
バツが悪そうなオズワルドだったが、由良姫はニッコリと微笑んでこう返した。
「頭を上げて下さいまし、弾を無くしたこちらにも責任はありますもの」
「無くした?」
「ええ、倉庫に運ぶ途中で一箱」
最初は紛失したのかと思ったが彼らの話を聞いて合点が行った。おそらく真犯人が盗み出したのだろう。おそらくは由良姫に濡れ衣を着せるために。
ニチカとオズワルドは襲撃してきた白いローブの人物の後ろ姿を思い出す。黙って話を聞いていた炎の精霊が口を挟んだ。
「我が操られていたことと関係があるのだろうか」
「確証はないが、否定はできないな」
「じゃあ、その犯人は私たちがここに来ることを知ってたってこと?」
そこまで言ったニチカはハッと思い出した。ポケットから手のひら大の珠を取り出し、火竜からよく見えるようにと捧げ持つ。
「そうだ精霊さま! お願いがあったんです!」
「む?」
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