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3-炎の精霊
27.少女、助ける。
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「オズワルド!? ――っ!」
そう遠くない場所からの声に反応するも、うっかり熱気を吸い込んでしまい盛大にむせる。その音で自分の位置が向こうに伝わったようだ。
「そこか。いいか、一回だけ雨を降らせる。長くは降らない、火の勢いが弱まったところを出て来い」
「ちょっと待って! ケホッ その雨、一箇所に集中できない?」
「なにっ?」
もう説明もできないほど息が苦しい。ニチカは搾り出すように叫んだ。
「そこからぁっ、四分の一左に回りこんだところぉーっ!」
「……。いくぞっ」
燃え盛る空の一部に黒い雨雲がどこからともなく集まりだす。しめった独特の匂いがふわりと鼻を掠め、バケツでもひっくり返したかのような水が降り注ぐ。ちょうど真下に居た竜の尻尾の炎が弱まった。
(今だ!)
最後の力を振り絞ってニチカは駆け出した。雨に打たれながら謎の矢めがけて飛びつくように尻尾を掴まえる。
(もうちょっとだから、我慢して!)
祈りながら矢に手をかける。振り落とされそうになるのを何とか耐えながら、握った手に力を込めた。ズシャッと言う手ごたえと共に竜が咆哮する。
「ギャアアアア!!」
ついに抜けた矢と共に吹き飛ばされる。湿った草の上に投げ出された少女の元に男が駆け寄ってきた。
「ニチカ!」
「竜は!?」
グググと身体を起こした少女はいまだくすぶる炎の中を振り返った。燃え盛る竜はしばらく痛みに悶えていたが、やがてズズンッと重たい音をたてて地に沈んだ。
「死っ……!?」
「精霊がそう簡単に死ぬかっ、それよりあっちだ」
操っていた精霊が気を失ったからなのか辺りの火が少しずつ収まっていく。二人は倒れたままの由良姫へと駆け寄った。
「しっかりしてください! 目をあけてっ」
「ひどいな……」
ぐったりする彼女を支えていたニチカは、とつぜん響いた重苦しい声に跳び上がった。
「桜花の由良ではないか。いったい誰がそのようなことを?」
驚いて振り返ると、メラメラと燃える竜が横たわったままじっとこちらを見ていた。その悪びれもしない様子にカッと頭に血が昇る。
「誰がじゃないでしょ!」
「む?」
「あなたがやったんじゃないっ!」
そう叫んでも竜はきょとんとしていた。いや、竜の表情は読み取りづらいので雰囲気からなのだが。本気でわけが分からないと言った風に彼はこう返してきた。
「我が、なんだと?」
「さっきまで散々暴れて、私たちを焼き殺そうと……覚えてないの?」
問いには答えず、炎の竜はじっと由良姫を見つめた。ややあってショックを受けたような声で申し出る。
「確かにそれは我の炎による物のようだ。少し離れてくれるか」
「わわっ」
オズワルドに引っ張られ少し退がる。襟はやめてほしい、猫じゃないんだから。
コォォォと、微かに吸引するような音が響き、竜がその場で口をパカッと開け何かを吸い込み始めた。途端に由良姫の身体から赤いモヤのようなものが飛び出し竜へと飛んで行く。ごくんっ、とそれを飲み込んだ精霊は低く穏やかな声で説明した。
「ひとまず熱と火傷を吸い取った。痛みはだいぶ軽くなったはずだ」
「由良さまっ」
駆け寄ると、確かに先ほどまで苦痛で歪んでいた表情がだいぶ和らいでいた。ゆるやかな呼吸をしながら深く眠っているようだ。
「あ、ありがとう? じゃなくて、えーと、どうして……」
治療するくらいならなぜ攻撃してきたのか。そんな少女の疑問が伝わったのか、竜はふーっとため息をついてから話し出した。
「信じてもらえぬとは思うが、お主らを襲った覚えがまるでない」
「ええっ」
「寝ていたはずなのに、気づけば今の状況というわけだ。我は何をした? 教えてくれぬか」
にわかには信じられなかったが、落ち着いて語る炎の精霊の目は静かなもので、さきほどの猛り狂うような激しさはどこにも無かった。
それからニチカはとりあえず今あったことを話したのだが、それでも警戒を解かずに距離を置いていた。疑わし気なジト目で確認するように何度も尋ねる。
「ほんとにホント? いきなりバクッとかない?」
「しないしない」
そんなやりとりの横で、折れた矢を調べていたオズワルドが冷静にこう告げた。
「何者かに操られたな、炎の精霊。コイツにはマナの流れを撹乱する術が組み込まれているようだ」
「なんだと!」
「えっと、どういうこと?」
説明を求める弟子に対して、師匠はかわいそうな物でも見るかのような目を向けてきた。それはもう、ひどい憐れみの視線で。
「察しの悪いやつだな、俺の弟子ならもっと考えた上で発言したらどうなんだ」
「なっ、なによぉ、あなたがちっとも魔女らしいこと教えてくれないからでしょ!」
しどろもどろになりながら反撃する。すると師匠は懐からガラス玉を取り出した。中で青い煙が渦巻いているそれは微かな明暗を繰り返していた。
「たとえば、これはさっき雨を降らせる時に使った魔女道具だ。割ると中から煙が立ちのぼり、上空にいる水のマナに集まるよう命令を出す」
「へぇ、だからこんなに晴れてるのに急に雨雲が出来たんだ。魔法使いみたい」
感心して言ったのに、オズワルドはとたんに機嫌が悪くなってしまった。
「だアホ。俺は魔女だって言ってんだろ。魔導師は直接マナに命令を出す能力を持ったヤツらのこと」
「んん? でもやってることは同じなんだよね?」
ニチカなりにまとめて首をひねる。
「この世界では『マナ』っていうのに号令をかけて魔法を使う。違うのは魔法使いはそれを直接やっていて、魔女は道具にその機能を持たせている。合ってる?」
なぜか渋い顔をしていた師匠だったが否定はしなかった。ガラス玉をしまい、代わりに未だ不吉な紫のオーラを出し続けている矢を胸の前に掲げる。
「……話を戻すぞ。本来はマナに決まった命令を出す魔女道具だが、精霊親分に刺さってたこっちはその命令自体が支離滅裂だった。本来ならただのゴミ道具だ」
「それって何か問題あるの?」
命令文がぐちゃぐちゃなら、そもそも機能しなさそうな物だが。そう考えて出した発言に返ってきたのは強烈なデコピンだった。
「あたっ」
「落第。いいか? こちらにおわす精霊サマってのはマナの元締め、ドでかいマナの塊みたいなもんなんだよ。そこに滅茶苦茶な命令文をブッ込んでみろ」
「あっ!」
黙って話を聞いていた炎竜はフーッとため息をつき、ゆらりと尻尾を動かした。
「我はその命令文に耐えきれず暴走していたのか」
「そういうことだ」
ここでギラリと目を光らせたオズワルドは喜々として矢をいじくり出した。悪い方面での好奇心が顔を覗かせる。
「しかし、実態のないはずの精霊に刺せる矢ってのはどうなってんだ。この技術を応用すりゃ国を落とせるようなシロモノが――」
「……没収」
「あっ、あーっ!!?」
パッと矢を取り上げたニチカは、地面に落としてグシャッと踏みつける。すぐに禍々しい紫のオーラが消え去り単なるゴミとなってしまった。
「てめェ! 何しやがるっ」
「そんな危険技術広めてどうするのよっ、案外これ作ったのもあなたなんじゃない?」
激昂したオズワルドが噛みつくように食って掛かって来るが負けていられない。睨むニチカの鼻先に指を突き付けながら彼は厭味ったらしく口を開いた。
「あぁーあ、お前今すさまじくもったいないことしたぞ。なんて弟子だ」
「いい加減ひとの恨みを買うような発明はやめなさいっての、いつかしっぺ返しくらうわよっ」
「ハッ、今さらだな! 綺麗事だけで食ってけるかよ、三文ヒロイン」
「なによっ、かませ犬っ」
ガルルルといがみ合いを続ける二人だったが、足元のうめき声にハッと我に返った。しゃがんだ少女が心配そうに呼びかける。
「由良さま! 気分はどうですか?」
そう遠くない場所からの声に反応するも、うっかり熱気を吸い込んでしまい盛大にむせる。その音で自分の位置が向こうに伝わったようだ。
「そこか。いいか、一回だけ雨を降らせる。長くは降らない、火の勢いが弱まったところを出て来い」
「ちょっと待って! ケホッ その雨、一箇所に集中できない?」
「なにっ?」
もう説明もできないほど息が苦しい。ニチカは搾り出すように叫んだ。
「そこからぁっ、四分の一左に回りこんだところぉーっ!」
「……。いくぞっ」
燃え盛る空の一部に黒い雨雲がどこからともなく集まりだす。しめった独特の匂いがふわりと鼻を掠め、バケツでもひっくり返したかのような水が降り注ぐ。ちょうど真下に居た竜の尻尾の炎が弱まった。
(今だ!)
最後の力を振り絞ってニチカは駆け出した。雨に打たれながら謎の矢めがけて飛びつくように尻尾を掴まえる。
(もうちょっとだから、我慢して!)
祈りながら矢に手をかける。振り落とされそうになるのを何とか耐えながら、握った手に力を込めた。ズシャッと言う手ごたえと共に竜が咆哮する。
「ギャアアアア!!」
ついに抜けた矢と共に吹き飛ばされる。湿った草の上に投げ出された少女の元に男が駆け寄ってきた。
「ニチカ!」
「竜は!?」
グググと身体を起こした少女はいまだくすぶる炎の中を振り返った。燃え盛る竜はしばらく痛みに悶えていたが、やがてズズンッと重たい音をたてて地に沈んだ。
「死っ……!?」
「精霊がそう簡単に死ぬかっ、それよりあっちだ」
操っていた精霊が気を失ったからなのか辺りの火が少しずつ収まっていく。二人は倒れたままの由良姫へと駆け寄った。
「しっかりしてください! 目をあけてっ」
「ひどいな……」
ぐったりする彼女を支えていたニチカは、とつぜん響いた重苦しい声に跳び上がった。
「桜花の由良ではないか。いったい誰がそのようなことを?」
驚いて振り返ると、メラメラと燃える竜が横たわったままじっとこちらを見ていた。その悪びれもしない様子にカッと頭に血が昇る。
「誰がじゃないでしょ!」
「む?」
「あなたがやったんじゃないっ!」
そう叫んでも竜はきょとんとしていた。いや、竜の表情は読み取りづらいので雰囲気からなのだが。本気でわけが分からないと言った風に彼はこう返してきた。
「我が、なんだと?」
「さっきまで散々暴れて、私たちを焼き殺そうと……覚えてないの?」
問いには答えず、炎の竜はじっと由良姫を見つめた。ややあってショックを受けたような声で申し出る。
「確かにそれは我の炎による物のようだ。少し離れてくれるか」
「わわっ」
オズワルドに引っ張られ少し退がる。襟はやめてほしい、猫じゃないんだから。
コォォォと、微かに吸引するような音が響き、竜がその場で口をパカッと開け何かを吸い込み始めた。途端に由良姫の身体から赤いモヤのようなものが飛び出し竜へと飛んで行く。ごくんっ、とそれを飲み込んだ精霊は低く穏やかな声で説明した。
「ひとまず熱と火傷を吸い取った。痛みはだいぶ軽くなったはずだ」
「由良さまっ」
駆け寄ると、確かに先ほどまで苦痛で歪んでいた表情がだいぶ和らいでいた。ゆるやかな呼吸をしながら深く眠っているようだ。
「あ、ありがとう? じゃなくて、えーと、どうして……」
治療するくらいならなぜ攻撃してきたのか。そんな少女の疑問が伝わったのか、竜はふーっとため息をついてから話し出した。
「信じてもらえぬとは思うが、お主らを襲った覚えがまるでない」
「ええっ」
「寝ていたはずなのに、気づけば今の状況というわけだ。我は何をした? 教えてくれぬか」
にわかには信じられなかったが、落ち着いて語る炎の精霊の目は静かなもので、さきほどの猛り狂うような激しさはどこにも無かった。
それからニチカはとりあえず今あったことを話したのだが、それでも警戒を解かずに距離を置いていた。疑わし気なジト目で確認するように何度も尋ねる。
「ほんとにホント? いきなりバクッとかない?」
「しないしない」
そんなやりとりの横で、折れた矢を調べていたオズワルドが冷静にこう告げた。
「何者かに操られたな、炎の精霊。コイツにはマナの流れを撹乱する術が組み込まれているようだ」
「なんだと!」
「えっと、どういうこと?」
説明を求める弟子に対して、師匠はかわいそうな物でも見るかのような目を向けてきた。それはもう、ひどい憐れみの視線で。
「察しの悪いやつだな、俺の弟子ならもっと考えた上で発言したらどうなんだ」
「なっ、なによぉ、あなたがちっとも魔女らしいこと教えてくれないからでしょ!」
しどろもどろになりながら反撃する。すると師匠は懐からガラス玉を取り出した。中で青い煙が渦巻いているそれは微かな明暗を繰り返していた。
「たとえば、これはさっき雨を降らせる時に使った魔女道具だ。割ると中から煙が立ちのぼり、上空にいる水のマナに集まるよう命令を出す」
「へぇ、だからこんなに晴れてるのに急に雨雲が出来たんだ。魔法使いみたい」
感心して言ったのに、オズワルドはとたんに機嫌が悪くなってしまった。
「だアホ。俺は魔女だって言ってんだろ。魔導師は直接マナに命令を出す能力を持ったヤツらのこと」
「んん? でもやってることは同じなんだよね?」
ニチカなりにまとめて首をひねる。
「この世界では『マナ』っていうのに号令をかけて魔法を使う。違うのは魔法使いはそれを直接やっていて、魔女は道具にその機能を持たせている。合ってる?」
なぜか渋い顔をしていた師匠だったが否定はしなかった。ガラス玉をしまい、代わりに未だ不吉な紫のオーラを出し続けている矢を胸の前に掲げる。
「……話を戻すぞ。本来はマナに決まった命令を出す魔女道具だが、精霊親分に刺さってたこっちはその命令自体が支離滅裂だった。本来ならただのゴミ道具だ」
「それって何か問題あるの?」
命令文がぐちゃぐちゃなら、そもそも機能しなさそうな物だが。そう考えて出した発言に返ってきたのは強烈なデコピンだった。
「あたっ」
「落第。いいか? こちらにおわす精霊サマってのはマナの元締め、ドでかいマナの塊みたいなもんなんだよ。そこに滅茶苦茶な命令文をブッ込んでみろ」
「あっ!」
黙って話を聞いていた炎竜はフーッとため息をつき、ゆらりと尻尾を動かした。
「我はその命令文に耐えきれず暴走していたのか」
「そういうことだ」
ここでギラリと目を光らせたオズワルドは喜々として矢をいじくり出した。悪い方面での好奇心が顔を覗かせる。
「しかし、実態のないはずの精霊に刺せる矢ってのはどうなってんだ。この技術を応用すりゃ国を落とせるようなシロモノが――」
「……没収」
「あっ、あーっ!!?」
パッと矢を取り上げたニチカは、地面に落としてグシャッと踏みつける。すぐに禍々しい紫のオーラが消え去り単なるゴミとなってしまった。
「てめェ! 何しやがるっ」
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激昂したオズワルドが噛みつくように食って掛かって来るが負けていられない。睨むニチカの鼻先に指を突き付けながら彼は厭味ったらしく口を開いた。
「あぁーあ、お前今すさまじくもったいないことしたぞ。なんて弟子だ」
「いい加減ひとの恨みを買うような発明はやめなさいっての、いつかしっぺ返しくらうわよっ」
「ハッ、今さらだな! 綺麗事だけで食ってけるかよ、三文ヒロイン」
「なによっ、かませ犬っ」
ガルルルといがみ合いを続ける二人だったが、足元のうめき声にハッと我に返った。しゃがんだ少女が心配そうに呼びかける。
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