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3-炎の精霊

23.少女、耳を疑う。

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 ニヤニヤと笑う男たちにいきなり肩を掴まれたニチカは一気に恐怖心を煽られた。こわ張った身体を周囲の目から隠すように両脇を囲われる。

「いいぜぇー、ここじゃなんだし移動しようか」
「こんな可愛い子が逆ナンとか、すっげ燃えるんですけど」
「バカ、お前がっつきすぎ」

 表通りの灯かりが届かない路地裏に追いやられ少しだけ喧噪が遠ざかる。そのまま壁に押し付けられたニチカは息をのんだ。薄笑いを浮かべて何とか逃れようとする。

「あの、違うんです。表の通りあっちでいっかいキスしてくれるだけで良くて」
「は? 誘っといて何いってんの?」
「ガキじゃないんだから」
「そっち見張っといて」
「はいはい、後で交代だぞ」

 誘っておいてと言われ凍りつく。だが時すでに遅し、青ざめた表情をするニチカを見て男達はますます笑みをこぼした。

「おっ、いいねー今さら怖くなっちゃった?」
「もしかして初めてだったりする?」
「マジ? 初モノ?」
「そうじゃなくて、」

 言い逃れは難しい。そう判断し何とか隙を突いて表通りに逃げようとした時だった。両手首を掴まれ頭の上で壁に縫い留められてしまう。

「ひっ!」

 続けざまにスカートの裾から熱を帯びた手が差し込まれる。裏ももを撫でさすられビクッと身体が跳ねた少女は懇願するように目の前の男を涙目で見上げた。

「や、やだ、お願い……」
「煽るなよぉ、歯止めきかなくなっちゃうだろ?」

 ニヤニヤと笑う男がニチカの頬をつかむ。その目には「これからどう手酷く犯してやろうか」という欲望の色が透けて見えた。耳元をかすめる息に悪寒が走る。

「たっぷり可愛がってやるからさぁ」
「――っ!」

 正面から視線を合わされ、ゆっくりと顔が近づき唇が触れる――寸前だった。


「とんだビッチも居たもんだな」


 落ちて来た低い声に、その場に居た全員が視線を上げる。建物の上からこちらを見下ろす男は二つの月を背負うように腰掛けていた。目を見開いた少女がその名を呼ぶ。

「オズワルド!」

 呼ばれても無表情の彼は、無言で何かを投げ込んできた。落下する途中で爆発したそれは白いケムリを狭い路地裏に充満させる。どこかすぅっと清涼感のある匂いが鼻腔に抜けた。

「げほっ、なんだ、これっ、クソッ!」
「っにしやがる!」

 問われた男は醒めた表情で頬杖をついている。指を振りながらまるで講師のように解説を始めた。

「今投げ込んだのは、脳内の興奮を抑え男性機能を鎮める……早い話が勃たなくなるクスリだ」
「んなっ!?」

 男たちはバッと自分の股間を押さえた。それを確認したオズワルドはゲスい笑みを浮かべながら別の爆薬を取り出す。

「それは一時的なものだがこっちは永続的な効果があるタイプだ。試してみるか?」
「ひ、ひぃぃっっ!」

 ある意味暴力より数段怖い脅しに男たちは転げるように逃げて行った。タッと降りてきたオズワルドはそちらを見やりフンと鼻をならす。

「あのような連中、不能にした方が世のためだったか」
「……」

 座り込んで震えていたニチカは、男と目が合いビクリとすくんだ。乱れた着衣を掻き合わせるように身じろぐ。

「あ、あの、私」

 頭上にかかる月が黒い装束の男の陰影をくっきりと浮かび上がらせていた。どこまでも冷たい氷のような目が彼女を射抜く。

「それで、アイツらはお前を満足させてくれたのか?」
「!」

 その発言を理解した瞬間、カァッと熱が顔に集まってくる。その羞恥を怒りにすり替えることでニチカは自尊心を保とうとした。

「な、なによ! 私がどうしようと勝手でしょ!」
「ほう、ならばあのまま奴らの慰み者になった方が良かったと、とんだ好き者だな」
「誰がそんなこと言ったのよ!」

 立ち上がるため腰を浮かせると同時にオズワルドが動いた。迫る長身の影にビクッとすくみ背中に壁が当たる。

「ひっ……」

 頭のすぐ横にダンッと拳を打ち付けられ息がつまった。間髪入れずに地を這うような低い声が響く。

「なぜ俺の許可なくあんなマネをした」
「だっ、て」

 素直に不安だったと言えるほど、ニチカはこの男を信用しているわけではなかった。二の句が継げなくなり俯き加減で黙り込む。

「……」
「舐めろ」
「はっ?」
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