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2-港町シーサイドブルー

20.少女、定まる。

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 元々鋭い目つきをさらにつり上げる師匠をなだめようとするが、ハッと気づいた少女は飛び去った男へ追いすがるように手を伸ばした。

「ちょっと待って! まだ聞きたいことあったのに!!」

 がっくりとヒザをつき、不安と共に疑問点をぶちまける。

「精霊の居場所とか具体的なチカラの集め方とか、どうやれっていうのよーっ」

 あとせめて元の世界と連絡を取らせてと嘆くが、男が引き返してくる気配は残念ながらなかった。いつでも見守ってるとかいったくせに。
 だがそこは立ち直りの早いニチカのことである。パッと立ち上がるとオズワルドの手を握った。

「師匠! 教えて頂きたいことがあるのですが!」
「こんな時だけ師匠よばわりか……」

 そこでようやく亜空間でのやりとりを話すことができた。聞き終えたオズワルドは胡散臭そうな顔で眉をひそめる。

「お前が精霊の巫女? 何だそりゃ」
「私だってそう思うけど、でも溺れる者は縄でも掴みたくなるっていうでしょ」
「藁、な」
「う、ぐっ。と、とにかく! もし全部上手く行ったら元の世界にも帰して貰えるっていうの」
「勝手に呼び出しておいて都合のいい話だと思わんのか」
「やっ、それはそうなんだけど……でもほら、フェイクラヴァーズも取ってもらえるらしいし」

 そこは私の自業自得でしょと続ける。見て貰った方が早いかと考え、ポケットに入れていた魔導球を取り出し手渡した。

「これに、ええっと精霊様?のチカラを集めればいいらしいの」

 手のひら大のそれを受け取ったオズワルドは陽に透かしたり転がしたりと色々眺めた。ところがおもむろにカパッと二つに割ってしまう。

「あぁっ!? 壊した!」
「アホ、開けずにどうやって調べる気だ」

 しばらくそれを見つめていたオズワルドは軽く目を見開いた。珍しい表情に驚きながらも邪魔をしないよう黙って見守る。

「なんだこれは……単純な蓄積装置かと思ったが、どうなって――」

 目つきを変えた師匠は、それからしばらく検分していたがパクンと閉じた。待ち構えていた少女は急くように尋ねる。

「どう、何か分かった?」
「あの男がタダ者じゃないか、あるいは偶然これを手に入れたペテン師だってことぐらいは」

 なんだかよくわからないが、とにかくすごいらしい。まぁ自分をこの世界に呼び込んだ人物なのだから只者ではないのだろう。
 そう考えたニチカは、返して貰った魔導球をしまい、師匠の目をまっすぐに見つめ言った。

「私やってみようと思う」
「……」
「さっきこの世界の惨状を見せられたの。なんで私なんかが選ばれたのかわかんないけど、でも助けを求められたら応えなきゃいけない気がする。だから――」

 ――ここでお別れしましょ。

 少女の言葉を聞いていたオズワルドの耳に、どこか彼方からの声が届く。

 これはいつかの遠い記憶だ。どこか曖昧で、埋めた思いが土の下から叫んでいるような……

「これからも色々迷惑かけるかもしれないけど、その、……オズワルド?」

 すでにニチカの声は男に届いていなかった。『彼女』の声だけが頭の中にうるさく鳴り響く。

 ――あなたはもう要らないから。

 待って、と、必死に伸ばした手は届かず

 ――最初から居なければ良かったのに

 去りゆく彼女の白銀の髪が、雪の中にふわりと舞い、そして

 ――さよなら

「っ……!」

 気づけばニチカの腕を握りしめていた。驚く彼女の顔が、記憶の中の誰かとダブる。
 どれだけそうして居ただろう、うつむいたままの男は、ほとんど消え入りそうな声で言った。

「行くのか、ひとりで」

 なんとか聞き取り、その意味を噛み砕いたニチカはいきなりすっとんきょうな声をあげた。

「なんで!?」

 今の会話から、どうしてそういう流れになるのか。少女にはサッパリわからなかった。眉根を寄せ、男の服の裾を掴んで揺さぶる。

「あなたについて行っていいんでしょ? 話が違うじゃない!」

 ハッとしたオズワルドはようやく意識がこちらに戻って来た。目の前で怒る少女に現実に引き戻される。自分は今なにを考えて居たのだろうか。

「……話が違う?」
「今さら放り出そうったって、そうはいかないわよ! 意地でもついていくんだから!」

 一瞬感じた幻影は、すでにどこかへと消え去っていた。少しだけ混乱しながらも適当に相づちを打つ。

「あ、あぁ、そうだな」
「……いきなり置いてったりしないよね?」

 チラリとこちらを見上げた少女の不安そうな顔に、少し意地悪したくなる。ニヤと笑った魔女は尊大に腕を組んだ。

「知らないのか、そういうのを世間ではストーカーと呼ぶんだ」
「なっ、誰がストーカーよ! あなたを追っかけるくらいなら沼のカエルでも追っかけてた方がまだマシだわっ」
「カエルも不憫だな、こんな女に口づけを求められるなんて」
「どういう意味だー!」

 怒り出す弟子をからかい、少しだけ気分が晴れる。
 そうだ、いやな記憶などなかったことにしてしまえばいい、人は忘れられる生き物なのだから。

「まったくもう」
「……」

 オズワルドは風に吹かれながら、めずらしく穏やかな笑みを浮かべた。笑ったり泣いたり怒ったり、ほんとうに表情がクルクルと変わる娘だ。

「見ていて飽きないな」
「……どういう意味、それ」
「珍獣観察でもしてる気分だ」
「だと思った!」

 再びピィピィ喚き出される前に、話の矛先を別の場所へと向ける。もう肉眼で捉えられるほど目的地は近くなっていた。

「そんなことより……幸先が良いな、これから行く桜花国には聖なる火の祠がある」
「火の祠?」
「精霊に関する手がかりが掴めるかもしれんぞ」

 ニチカはパァッと顔を明るくしたかと思うと手放しで喜んだ。

「じゃあ、じゃあ、協力してくれるの? ありがとう師匠!」
「もちろんだ、かわいい弟子が一日でも早くオサラバしてくれるなら、俺も協力は惜しまないつもりだぞ」
「……なんかひっかかる言い方なんだけど」

 とにかく航路は順調だ。旅の目的もできたことだし、ニチカは晴れやかな気分で拳を天に突き上げた。

「がんばるぞーっ!」

 その後ろ姿を見ていたオズワルドは、何かを考え込むような仕草をした後、口を開いた。

「ニチカ」
「ん?」
「手伝ってやっても良いが、一つ条件がある」
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