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2-港町シーサイドブルー
13.少女、餌付けする。
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「うそぉ……」
一枚の写真から即座に特定できるとは思ってなかったニチカは目を見開いた。あの自信はハッタリではなかったのか。ふぁぁとアクビをしたオズワルドはメガネを外して目をこすった。
「つまらん、大方仕事がイヤになった旅客機がストライキでも起こしているんだろう。明日にでも行って薬を打ち込み仕事完了だ。今日はもう宿に返って眠るか」
「薬って、どんな?」
イヤな予感がして聞いてみると、さらりと極悪な回答が返ってきた。
「洗脳薬に決まってんだろ。二度とストなんか起こさないよう、従順な考えしか持てなくなる、脳をいい感じにマヒさせる薬がちょうど先日完成して」
「力でねじ伏せるにもほどがあるでしょ!」
「ちなみにこれを人間に使用するともれなく廃人に――」
「ぜっっったい私に使うの禁止だからね!」
この男から受け取る飲食物には一切手をつけないことを心に固く誓い、ニチカは必死に訴えた。
「だって逃げ出したってことはそれなりの理由があるはずじゃない? それも聞かないでそんなことしちゃうなんて酷い!」
「うるさい奴め、三文小説のヒロインみたいなこと言いやがって」
「それを言うならあなたは悪の魔王よ!」
いがみ合いを始めた二人に周囲がなんだなんだと視線を向ける、それに気づいたニチカは焦りながら人差し指をピッと立てた。
「一日! 一日だけ私に時間をちょうだい! きっとホウェールにも社長さんにもプラスになるような解決法を見つけ出してみせるから!」
「ほう?」
面白そうにせせら笑ったオズワルドは見下した視線をよこしてきた。
「待ってやることもできなくはないが、そこまで大口叩いて解決しなかったらどうする?」
「うっ」
だがここまで来て引き下がるのは彼女の性に合わなかった。グッと拳を握りしめ、挑みかかるように言い放った。
「その時はなんでも言うことを一つ聞くわ!」
***
「あー、私のバカバカ、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう」
一人で調査をするため師匠と別れたニチカは、海側の港を歩きながら自分の頭をポカポカと叩いていた。その顔には焦りの表情が色濃く浮かんでいる。
「あのドS魔女のことだから何されるかわかんないのに、こうなったら絶対解決してみせなきゃ!」
キッと視線を上げた彼女は、まず協力者を探すことにした。顔をあげてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「おいしそうな匂い。ってことは、こっちに」
取れたての海産物を焼く屋台を発見して近寄ってみる。流れ出る煙をすすんで浴びる位置に行儀良く「おすわり」をし、あまつさえヨダレさえ垂らしている少年を見つけ半分あきれながらも声をかけた。
「ウルフィ……」
「えっ、あれっ、ニチカ!? わぁーぐうぜんだねぇ!」
「う、うん、そうね。偶然、かなぁ?」
「嬢ちゃん、その頭のおかしいボウズを早い所つれてってくれ、さっきから居座るもんだから客が気味わるがって近寄ってこないんだよ」
「あはは、すみませーん」
屋台のおっちゃんにそう言われ、慌ててウルフィを引っ張ってその場を離れる。離れっ……離れようと……っっ
「あああーっ、小クラーケン焼きぃ! シェルの壺焼きがぁ!」
「うーるーふぃー!!」
力づくで何とかその場を離れると、ニチカは恐い顔をして叱りつけた。
「もう、心配したのよ! 勝手にいなくなっちゃダメじゃない」
「ごめんねぇ、美味しそうな匂いにつられてついふらふらーっと」
「これあげるからガマン!」
「わーい」
ポケットから取り出したイチゴキャンデーを与える。機嫌を直したウルフィは無邪気に包み紙を破った。口の中でコロコロと転がすと輝くような表情を浮かべる。
「甘い! すっごい美味しいよこれ!」
「ウルフィに協力してもらいたいことがあるの。いい?」
「うーん? ご主人がいいって言ったらね」
一応主従ということで契約があるのか意外にもガードが固い。ニチカはダメ元でポケットからもう一つ飴を取り出してみた。
「……手伝ってくれたらもう一個あげてもいいんけどなー」
「やるっ!!」
なんと分かりやすいのか。食い意地の張ったオオカミで助かった。そんな事を思いつつ移動しようとしたところで、港の漁師たちのぼやきが耳に入って立ち止まる。
「ダメだ、南の漁港にもクラーケンが出たらしい」
「本当にどうしてこんな急に増えたんだろうなぁ、こんなんじゃおまんま食い上げだぞ」
「ウワサじゃ精霊王がお隠れになったことで世界のバランスが……」
精霊王なんて物がこの世界には居るのかと思ったところで、先を行くウルフィが急かすように声をかけてきた。
「ニチカーっ! どーしたの?」
「あっ、うん。今いく!」
***
「――というわけで、私はそのホウェールの事情を調べようと思ってるの」
「僕が居ないあいだに、そんなことになってたんだねー」
再び崖の港まで戻ってきたニチカは、まずは聞き込み調査を開始した。休憩中の小型二人乗り旅客機『トムンパ』に近づいて声をかけてみる。
「こ、こんにちわー」
「ブヒッ?」
驚いたようにピッと振り向かれ豚のような生物をマジマジと観察してみる。柔らかなベビーピンクの皮膚に特徴的なツンと上を向いた鼻、今は折りたたまれている翼は他の機体たちと同じく純白だ。
「やっぱり生き物、なのよね? このコたちは生まれた時からこんな羽根が生えてるの?」
「ブヒヒッ」
「私は生まれも育ちもトムンパですお嬢さん。だって」
「ウルフィ言葉がわかるの?」
そう聞くと彼は鼻の下をこすりながら自慢げに胸を張る。
「そりゃー僕は長耳族(ハーゼ)だからね。大抵の言葉はわかるよ! えっへん」
「ハーゼ?」
「ニンゲンっぽい見た目に変身できる動物ベースの種族のこと」
オズワルドの魔女道具で変身していたわけでは無かったのか。というか、その姿で村に行けば怖がられなかったのでは?
そう言おうとしたところでトムンパがブヒッと鼻を鳴らす。いけない、ウルフィの件は後でいい。ともかく通訳がいるのは助かる。ニチカは待たせていた彼に向かって尋ねてみた。
「ホウェールが居なくなって三日って聞いてるけど、失踪する前に何か言ってなかった?」
「ブヒヒッ、ぶう、ウアー」
「『何もありません。もともと彼女は無口な方で必要以上のことは何も喋らない性質(たち)でしたから』だって」
「それじゃあ何か変わった事とかなかった? なんでもいいの、様子がおかしかったとか」
「ブウぅぅ……ブッ! キィキーブぅあ」
「えっ」
「なに? どうしたの?」
ウルフィが驚いたように声をあげ、素直にトムンパの言葉を訳してくれる。
「ライダー。つまりホウェールのパートナー操舵手が、居なくなる前の晩ホウェールに縋り付いて泣いてたんだって。『このままじゃ三人ともダメになっちゃう』って」
「三人? ホウェールと、そのライダーさんと、それから誰のこと?」
「わかんない」
その後も聞き取り調査を続けた二人は夕刻まで港を歩き回った。どの機体も皆、ホウェールの異変を少なからず感じ取っていたようだ。
「やっぱり何かあったみたいね、どう考えてもワケありだわ」
「食事に不満があったとかー?」
「ウルフィじゃないんだから」
呆れながらも宿屋に着く。その扉を開ける前にニチカは明日の計画を話してみせた。
「とにかく、明日はオズワルドよりも先に例の洞窟まで行ってみる事にするわ。悩みをかかえている事は間違いなさそうだもの」
「街から出るんでしょ? 危険だから僕もついてってあげるよ」
「ありがとう」
そこでようやく宿の中に入りギクリとする。一階の食堂になっている隅で当のオズワルドが食事の真っ最中だったのだ。
「よぉ探偵。調査の方は順調か?」
こちらに気づくと彼はサラダ菜を刺したフォークを振りながらニヤニヤ笑ってみせた。どう考えてもニチカに解決はムリだと決めつけているのだろう。
それに気づいた少女は不機嫌そうな顔で彼の向かいの席に荒々しく着席する。
「とーっても順調です! 私はあなたと違って平和的解決を目指してるんだから、時間がかかるのはしょうがないの」
「フン、お手並み拝見と行こう」
まずい。まだなんの手がかりも見つけてないとは口が裂けても言えない。ニチカはなるべく正面の顔を見ないように目の前のパンを鷲掴みにした。先に食べ終えた師匠が立ち上がり口を開く。
「さて、俺はもう部屋に行くが……ニチカ、寝る前に俺の部屋に来いよ」
平然と言われた言葉にバターナイフをポロリと取り落とす。
「薬の時間だ」
忘れていた……忘れていたかった。
一枚の写真から即座に特定できるとは思ってなかったニチカは目を見開いた。あの自信はハッタリではなかったのか。ふぁぁとアクビをしたオズワルドはメガネを外して目をこすった。
「つまらん、大方仕事がイヤになった旅客機がストライキでも起こしているんだろう。明日にでも行って薬を打ち込み仕事完了だ。今日はもう宿に返って眠るか」
「薬って、どんな?」
イヤな予感がして聞いてみると、さらりと極悪な回答が返ってきた。
「洗脳薬に決まってんだろ。二度とストなんか起こさないよう、従順な考えしか持てなくなる、脳をいい感じにマヒさせる薬がちょうど先日完成して」
「力でねじ伏せるにもほどがあるでしょ!」
「ちなみにこれを人間に使用するともれなく廃人に――」
「ぜっっったい私に使うの禁止だからね!」
この男から受け取る飲食物には一切手をつけないことを心に固く誓い、ニチカは必死に訴えた。
「だって逃げ出したってことはそれなりの理由があるはずじゃない? それも聞かないでそんなことしちゃうなんて酷い!」
「うるさい奴め、三文小説のヒロインみたいなこと言いやがって」
「それを言うならあなたは悪の魔王よ!」
いがみ合いを始めた二人に周囲がなんだなんだと視線を向ける、それに気づいたニチカは焦りながら人差し指をピッと立てた。
「一日! 一日だけ私に時間をちょうだい! きっとホウェールにも社長さんにもプラスになるような解決法を見つけ出してみせるから!」
「ほう?」
面白そうにせせら笑ったオズワルドは見下した視線をよこしてきた。
「待ってやることもできなくはないが、そこまで大口叩いて解決しなかったらどうする?」
「うっ」
だがここまで来て引き下がるのは彼女の性に合わなかった。グッと拳を握りしめ、挑みかかるように言い放った。
「その時はなんでも言うことを一つ聞くわ!」
***
「あー、私のバカバカ、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう」
一人で調査をするため師匠と別れたニチカは、海側の港を歩きながら自分の頭をポカポカと叩いていた。その顔には焦りの表情が色濃く浮かんでいる。
「あのドS魔女のことだから何されるかわかんないのに、こうなったら絶対解決してみせなきゃ!」
キッと視線を上げた彼女は、まず協力者を探すことにした。顔をあげてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「おいしそうな匂い。ってことは、こっちに」
取れたての海産物を焼く屋台を発見して近寄ってみる。流れ出る煙をすすんで浴びる位置に行儀良く「おすわり」をし、あまつさえヨダレさえ垂らしている少年を見つけ半分あきれながらも声をかけた。
「ウルフィ……」
「えっ、あれっ、ニチカ!? わぁーぐうぜんだねぇ!」
「う、うん、そうね。偶然、かなぁ?」
「嬢ちゃん、その頭のおかしいボウズを早い所つれてってくれ、さっきから居座るもんだから客が気味わるがって近寄ってこないんだよ」
「あはは、すみませーん」
屋台のおっちゃんにそう言われ、慌ててウルフィを引っ張ってその場を離れる。離れっ……離れようと……っっ
「あああーっ、小クラーケン焼きぃ! シェルの壺焼きがぁ!」
「うーるーふぃー!!」
力づくで何とかその場を離れると、ニチカは恐い顔をして叱りつけた。
「もう、心配したのよ! 勝手にいなくなっちゃダメじゃない」
「ごめんねぇ、美味しそうな匂いにつられてついふらふらーっと」
「これあげるからガマン!」
「わーい」
ポケットから取り出したイチゴキャンデーを与える。機嫌を直したウルフィは無邪気に包み紙を破った。口の中でコロコロと転がすと輝くような表情を浮かべる。
「甘い! すっごい美味しいよこれ!」
「ウルフィに協力してもらいたいことがあるの。いい?」
「うーん? ご主人がいいって言ったらね」
一応主従ということで契約があるのか意外にもガードが固い。ニチカはダメ元でポケットからもう一つ飴を取り出してみた。
「……手伝ってくれたらもう一個あげてもいいんけどなー」
「やるっ!!」
なんと分かりやすいのか。食い意地の張ったオオカミで助かった。そんな事を思いつつ移動しようとしたところで、港の漁師たちのぼやきが耳に入って立ち止まる。
「ダメだ、南の漁港にもクラーケンが出たらしい」
「本当にどうしてこんな急に増えたんだろうなぁ、こんなんじゃおまんま食い上げだぞ」
「ウワサじゃ精霊王がお隠れになったことで世界のバランスが……」
精霊王なんて物がこの世界には居るのかと思ったところで、先を行くウルフィが急かすように声をかけてきた。
「ニチカーっ! どーしたの?」
「あっ、うん。今いく!」
***
「――というわけで、私はそのホウェールの事情を調べようと思ってるの」
「僕が居ないあいだに、そんなことになってたんだねー」
再び崖の港まで戻ってきたニチカは、まずは聞き込み調査を開始した。休憩中の小型二人乗り旅客機『トムンパ』に近づいて声をかけてみる。
「こ、こんにちわー」
「ブヒッ?」
驚いたようにピッと振り向かれ豚のような生物をマジマジと観察してみる。柔らかなベビーピンクの皮膚に特徴的なツンと上を向いた鼻、今は折りたたまれている翼は他の機体たちと同じく純白だ。
「やっぱり生き物、なのよね? このコたちは生まれた時からこんな羽根が生えてるの?」
「ブヒヒッ」
「私は生まれも育ちもトムンパですお嬢さん。だって」
「ウルフィ言葉がわかるの?」
そう聞くと彼は鼻の下をこすりながら自慢げに胸を張る。
「そりゃー僕は長耳族(ハーゼ)だからね。大抵の言葉はわかるよ! えっへん」
「ハーゼ?」
「ニンゲンっぽい見た目に変身できる動物ベースの種族のこと」
オズワルドの魔女道具で変身していたわけでは無かったのか。というか、その姿で村に行けば怖がられなかったのでは?
そう言おうとしたところでトムンパがブヒッと鼻を鳴らす。いけない、ウルフィの件は後でいい。ともかく通訳がいるのは助かる。ニチカは待たせていた彼に向かって尋ねてみた。
「ホウェールが居なくなって三日って聞いてるけど、失踪する前に何か言ってなかった?」
「ブヒヒッ、ぶう、ウアー」
「『何もありません。もともと彼女は無口な方で必要以上のことは何も喋らない性質(たち)でしたから』だって」
「それじゃあ何か変わった事とかなかった? なんでもいいの、様子がおかしかったとか」
「ブウぅぅ……ブッ! キィキーブぅあ」
「えっ」
「なに? どうしたの?」
ウルフィが驚いたように声をあげ、素直にトムンパの言葉を訳してくれる。
「ライダー。つまりホウェールのパートナー操舵手が、居なくなる前の晩ホウェールに縋り付いて泣いてたんだって。『このままじゃ三人ともダメになっちゃう』って」
「三人? ホウェールと、そのライダーさんと、それから誰のこと?」
「わかんない」
その後も聞き取り調査を続けた二人は夕刻まで港を歩き回った。どの機体も皆、ホウェールの異変を少なからず感じ取っていたようだ。
「やっぱり何かあったみたいね、どう考えてもワケありだわ」
「食事に不満があったとかー?」
「ウルフィじゃないんだから」
呆れながらも宿屋に着く。その扉を開ける前にニチカは明日の計画を話してみせた。
「とにかく、明日はオズワルドよりも先に例の洞窟まで行ってみる事にするわ。悩みをかかえている事は間違いなさそうだもの」
「街から出るんでしょ? 危険だから僕もついてってあげるよ」
「ありがとう」
そこでようやく宿の中に入りギクリとする。一階の食堂になっている隅で当のオズワルドが食事の真っ最中だったのだ。
「よぉ探偵。調査の方は順調か?」
こちらに気づくと彼はサラダ菜を刺したフォークを振りながらニヤニヤ笑ってみせた。どう考えてもニチカに解決はムリだと決めつけているのだろう。
それに気づいた少女は不機嫌そうな顔で彼の向かいの席に荒々しく着席する。
「とーっても順調です! 私はあなたと違って平和的解決を目指してるんだから、時間がかかるのはしょうがないの」
「フン、お手並み拝見と行こう」
まずい。まだなんの手がかりも見つけてないとは口が裂けても言えない。ニチカはなるべく正面の顔を見ないように目の前のパンを鷲掴みにした。先に食べ終えた師匠が立ち上がり口を開く。
「さて、俺はもう部屋に行くが……ニチカ、寝る前に俺の部屋に来いよ」
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忘れていた……忘れていたかった。
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