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小話 遠い未来に
息子はざまを見ろと親父に言いたい。
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祖父母のところに行って、大学に行きたい。両親にそう伝えた。
母は笑って、あなたのしたいようにしなさい、と言いつつ、今にも泣きだしそうだったので、あとは父親に任せて、さっさと退散してきた。
今頃、寝室に連れ込んで、慰めるフリして、母の生気を貪っていることだろう。……あの、人どころか生き物ですらない、親父は。
薄々おかしいとは思っていたのだ。こちらに居ると、誰もが若く美しいまま容貌が変わらないが、テレビや漫画では、老若男女が出てくる。此岸に行けば、伯父も伯母も祖父母も年老いていく。
……たぶん、俺も。
俺はただの人間だ。親父がそう言った。「千世様がそう望まれた」と。母の能力も教えてもらった。言霊使いなのだと。
今ですら、此岸では母の弟に間違えられるのに、あと何年かすれば、俺が兄に、そしていずれは親に見えるようになってしまうのだろう。
俺だけが歳をとっていく。それに、あの母が堪えられるだろうか。
答えは否だ。母は「うっかり」願ってしまうに違いない。俺も永遠を共にすることを。
だけど、俺は永遠を望みたくない。あの人たちの檻に囚われたくない。
だって、あの人たちは、結局お互いしか見ていない。お互いを中心にぐるぐるまわっている。俺はどうしたって、いいところ衛星だ。
永遠を共にしたい相手も居ないのに、永遠に閉じ込められるのは恐ろしい。
この歳になれば、わかる。
母はどこか少しおかしい。母は永遠を恐ろしいものとは思っていない。ただ、親父と過ごせる幸せな年月だとしか思っていない。どこがどうとは言えないのだけれど、感覚が「人間」とずれてしまっている。
母に育ててもらったはずなのに、俺はもう、あの人とは相容れない。
今が巣立つべき時期なのだろう。こっちじゃなくても、あっちでも、十九歳と言えば、大学に行って一人暮らししたりして、家を出る。従兄弟たちもそうしている。盆と正月しか帰らないと言っていた。何も、俺だけが特別じゃない。
……これで、親父の意識から俺は締め出されるのかもしれない。もともと母にしか興味が無いのだ。いくら母が望んだとはいえ、俺を意識の端に引っ掛けていただけでも奇蹟みたいなものなのだ。
眠いときも、怪我したときも、迷子になったときも、腹が空いたときも、力あるものに襲われたときも、突然現れて俺を抱き上げたのは親父だった。
俺に欠片も興味なんか無いくせに。俺が何をしたいのかも、俺が何を食べたいのかも、わかっているのも親父だった。
頼りになると、必ず助けてくれると、刷り込まれて育った。俺は母と同じくらい親父が好きなのだ。
あの、何もかも兼ね備えているのに、虚ろなモノが。人の真似をして母の歓心を買おうとしている、まぬけな怪物が。
いつか、奴も心を持てばいいと思う。あれが本当に欲しがっているのは、母が奴に向けている愛情を共感できる心だ。それがないから、欲しがるばかりで飢えている。
まあ、大丈夫だろうとは思う。母や俺たち――まだ見ぬ兄弟――が、永遠をかけて心を親父に刻みつけていく。
それが俺の仕返しだ。だって、親父は何一つ忘れられないんだから。意味のなかったことが、意味を持ったとき、親父がいったいどんな顔をするのか。
涙の一つでもこぼしてくれれば、ざまを見ろだ。
死ぬまで、会う度、あんたが好きだと伝えてやる。
それが先に死んでいく俺の、最大限の親孝行だ。
母は笑って、あなたのしたいようにしなさい、と言いつつ、今にも泣きだしそうだったので、あとは父親に任せて、さっさと退散してきた。
今頃、寝室に連れ込んで、慰めるフリして、母の生気を貪っていることだろう。……あの、人どころか生き物ですらない、親父は。
薄々おかしいとは思っていたのだ。こちらに居ると、誰もが若く美しいまま容貌が変わらないが、テレビや漫画では、老若男女が出てくる。此岸に行けば、伯父も伯母も祖父母も年老いていく。
……たぶん、俺も。
俺はただの人間だ。親父がそう言った。「千世様がそう望まれた」と。母の能力も教えてもらった。言霊使いなのだと。
今ですら、此岸では母の弟に間違えられるのに、あと何年かすれば、俺が兄に、そしていずれは親に見えるようになってしまうのだろう。
俺だけが歳をとっていく。それに、あの母が堪えられるだろうか。
答えは否だ。母は「うっかり」願ってしまうに違いない。俺も永遠を共にすることを。
だけど、俺は永遠を望みたくない。あの人たちの檻に囚われたくない。
だって、あの人たちは、結局お互いしか見ていない。お互いを中心にぐるぐるまわっている。俺はどうしたって、いいところ衛星だ。
永遠を共にしたい相手も居ないのに、永遠に閉じ込められるのは恐ろしい。
この歳になれば、わかる。
母はどこか少しおかしい。母は永遠を恐ろしいものとは思っていない。ただ、親父と過ごせる幸せな年月だとしか思っていない。どこがどうとは言えないのだけれど、感覚が「人間」とずれてしまっている。
母に育ててもらったはずなのに、俺はもう、あの人とは相容れない。
今が巣立つべき時期なのだろう。こっちじゃなくても、あっちでも、十九歳と言えば、大学に行って一人暮らししたりして、家を出る。従兄弟たちもそうしている。盆と正月しか帰らないと言っていた。何も、俺だけが特別じゃない。
……これで、親父の意識から俺は締め出されるのかもしれない。もともと母にしか興味が無いのだ。いくら母が望んだとはいえ、俺を意識の端に引っ掛けていただけでも奇蹟みたいなものなのだ。
眠いときも、怪我したときも、迷子になったときも、腹が空いたときも、力あるものに襲われたときも、突然現れて俺を抱き上げたのは親父だった。
俺に欠片も興味なんか無いくせに。俺が何をしたいのかも、俺が何を食べたいのかも、わかっているのも親父だった。
頼りになると、必ず助けてくれると、刷り込まれて育った。俺は母と同じくらい親父が好きなのだ。
あの、何もかも兼ね備えているのに、虚ろなモノが。人の真似をして母の歓心を買おうとしている、まぬけな怪物が。
いつか、奴も心を持てばいいと思う。あれが本当に欲しがっているのは、母が奴に向けている愛情を共感できる心だ。それがないから、欲しがるばかりで飢えている。
まあ、大丈夫だろうとは思う。母や俺たち――まだ見ぬ兄弟――が、永遠をかけて心を親父に刻みつけていく。
それが俺の仕返しだ。だって、親父は何一つ忘れられないんだから。意味のなかったことが、意味を持ったとき、親父がいったいどんな顔をするのか。
涙の一つでもこぼしてくれれば、ざまを見ろだ。
死ぬまで、会う度、あんたが好きだと伝えてやる。
それが先に死んでいく俺の、最大限の親孝行だ。
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