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第八章 そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。(R18バージョン)
本当は不安で
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お詩さんと私が座布団に着くと、女神様は座卓に肘をついて身を乗り出した。小娘らも早くせい、と手招きする。訳が分からないなりに、私達も額を突き合わせるようにして乗り出したら(ちょっと眩しい)、女神様の領巾がふよふよ漂って、二人と一柱の肩にかかりながら、ぐるりと円を描いた。
女神様が、ふふふふと悪い顔で笑う。
「これで、この円の中で話すことは、あれらに聞こえぬ。存分に話すがよい」
「わ! さすが女神様だあ! ありがとうございます!」
「よいか、円の中に体の全部を入れるでないぞ。気配が消えて、あれらが半狂乱になるからの」
「はい、気を付けます」
お詩さんと私は、かわるがわる答えた。
そうして沈黙が落ちる。……話の取っ掛かりがない。なんかもう、とても親しい気がしていたけれど、よく考えたらまだ二度ほど、それもどちらも数十分しか会ったことがないのだった。
あ、もしかして、何か急用があったのかな。
「あの、今回はどのようなご用件で?」
「足の一本でも喰われているのではないかと思うての。四肢がなくなる前に、あれが正気に返るよう、声をかけにきた」
「八島は私を食べたりしません!」
「うむ。幸いだった。ところでその手足は自前のものか? 新しく生やしたりしたものではないな?」
「違います!」
まったくもうっ、女神様ったら、どうしてそんなに疑うんだろう、失礼な。
「まあ、まあ、千世さん、女神様が心配されてたのは本当だ。それでわざわざ同道なさったんだからな。
なあ、おらたちでよければ、なんでも相談にのるぞ。千世さんところは出会って間もないみたいだし、とにかく人間の男とは違うだろ? 戸惑うことも多いと思うんだ。おらもそうだったし」
うむ、と真面目なお顔で女神様もうなずく。そういえばさっきから、ずっとこんなまなざしを向けられていた。……そう、気遣うような。
あ、本当に、心配されてたんだ。それが、すとんと胸に落ちてきて、とたんに親身な気遣いが身に染み、涙腺にじわっときた。
それと一緒に、胸の片隅にあった漠然とした何かが、急にわっと大きくなって、せりあがってきて。
「ち、千世さん、そんなにひどい扱い受けとるんか!? あれもえらい執着見せてると思うとったが……」
お詩さんが手を伸ばして背中をさすってくれる。ううう。よけいに涙が滲んでくるよ。
「ち、違います、八島さんは大事にしてくれます。……その、おっしゃるとおり、ちょっと大変ですけど、それより、大事にされすぎて不安っていうか……」
うまく言えない。
お詩さんたちに心配してもらって、初めて、心配されるような状態だったんだって自覚した。それで、私もなんとなく今のこの状態を、どこか不安に感じていたんだって、気付いた。
気付いたばかりで、自分の気持ちなのに自分でもあやふやにしかわからないもどかしさに、涙に震えそうになる唇を噛む。
お詩さんが遠い目になって、うーん、と唸った。
「不安かあ。そういえば、そうだったなあ。おらも初めは不安だった覚えがある。
おらぁ、百姓の生まれでな、朝はお天道様が上がる前から畑出て、夜は囲炉裏の端で夜なべしてから寝るのが普通だったんだ。
それが、萌黄に取っ捕まってから、だいじーにだいじーにされて、なんもせんでいいって言われてなあ。することなくて、なんか自分がからっぽになってしまった気がして。……あ、ごめんな! おらのことばっかり」
恥ずかしそうに慌てるお詩さんに、横に強く首を振って伝える。
「ううん、そうです、それです、たぶん、同じです。何にもしないで、甘やかされて、そのうち何にもできない駄目な人間になってしまいそうで、……そ、そしたら、あ、飽きられてしまうんじゃないかって」
ぶわっと涙が出てきて、思わず目を押さえた。うえええん、やだ、止まらない。
「それはない」
「うん、ないな」
ぽんぽんと返された言葉に、驚いて指の下から目を上げた。
「あれらは命が繋がっている限り、主の生気に惑溺するからの。器としての本能が、力に満たされんと欲するのだろうの。
だが、本来は神のための器故、人間の生気ではけっしてあれらを満たせはせんのじゃ。人間を主と定めたあれらは、いつまでも満たされぬが定め。あれは、永遠に小娘を求め続けようぞ」
「それになぁ、好きな生気の状態があるらしくてな、やたらそれを欲しがって、あの手この手で得ようとするから」
そこまで話したところで、お詩さんは口を開けたまま突然黙って真っ赤になった。うろ~と視線を座卓に落とし、そして一転、もたもたとした口調になる。
「その、なんだ、欲しい生気を得るためには、おらの体も心も健康でなけりゃ駄目だと理解してからは、あんまり無茶しなくなった。……から、えーと、その、千世さんとこのにも、話すよう言っといた」
「ありがとうございます」
そうか。好きな生気の状態を保とうとすれば、変わってしまうまで無茶したりしないはずだよね。八島さんが萌黄さんからアドバイスを聞いたというなら、いくらか普通の生活を取り戻せるかもしれないし。少しほっとする。
けれど、なぜか。
『これを、もっと、もっとください、千世様』
唐突に、八島さんに耳元で囁かれたみたいに声が甦って、体の中心がきゅってなった。与えられてもない快感に、秘かに震える。
わーっ! 私、こんな時に何を思い出してるの!
……あっ。お詩さんの言ってた、好きな生気の状態って、もしかして!?
そろ、とお詩さんを見れば、彼女も躊躇いがちに私を見るところで、視線が合って、ぴぴっと通じてしまった。
『千世さんもか』
『お詩さんもですね』
「小娘ども、なにを二人して赤くなっておる」
私たちは心の中でギャッと叫んで、二人揃って身を竦めた。
女神様が、ふふふふと悪い顔で笑う。
「これで、この円の中で話すことは、あれらに聞こえぬ。存分に話すがよい」
「わ! さすが女神様だあ! ありがとうございます!」
「よいか、円の中に体の全部を入れるでないぞ。気配が消えて、あれらが半狂乱になるからの」
「はい、気を付けます」
お詩さんと私は、かわるがわる答えた。
そうして沈黙が落ちる。……話の取っ掛かりがない。なんかもう、とても親しい気がしていたけれど、よく考えたらまだ二度ほど、それもどちらも数十分しか会ったことがないのだった。
あ、もしかして、何か急用があったのかな。
「あの、今回はどのようなご用件で?」
「足の一本でも喰われているのではないかと思うての。四肢がなくなる前に、あれが正気に返るよう、声をかけにきた」
「八島は私を食べたりしません!」
「うむ。幸いだった。ところでその手足は自前のものか? 新しく生やしたりしたものではないな?」
「違います!」
まったくもうっ、女神様ったら、どうしてそんなに疑うんだろう、失礼な。
「まあ、まあ、千世さん、女神様が心配されてたのは本当だ。それでわざわざ同道なさったんだからな。
なあ、おらたちでよければ、なんでも相談にのるぞ。千世さんところは出会って間もないみたいだし、とにかく人間の男とは違うだろ? 戸惑うことも多いと思うんだ。おらもそうだったし」
うむ、と真面目なお顔で女神様もうなずく。そういえばさっきから、ずっとこんなまなざしを向けられていた。……そう、気遣うような。
あ、本当に、心配されてたんだ。それが、すとんと胸に落ちてきて、とたんに親身な気遣いが身に染み、涙腺にじわっときた。
それと一緒に、胸の片隅にあった漠然とした何かが、急にわっと大きくなって、せりあがってきて。
「ち、千世さん、そんなにひどい扱い受けとるんか!? あれもえらい執着見せてると思うとったが……」
お詩さんが手を伸ばして背中をさすってくれる。ううう。よけいに涙が滲んでくるよ。
「ち、違います、八島さんは大事にしてくれます。……その、おっしゃるとおり、ちょっと大変ですけど、それより、大事にされすぎて不安っていうか……」
うまく言えない。
お詩さんたちに心配してもらって、初めて、心配されるような状態だったんだって自覚した。それで、私もなんとなく今のこの状態を、どこか不安に感じていたんだって、気付いた。
気付いたばかりで、自分の気持ちなのに自分でもあやふやにしかわからないもどかしさに、涙に震えそうになる唇を噛む。
お詩さんが遠い目になって、うーん、と唸った。
「不安かあ。そういえば、そうだったなあ。おらも初めは不安だった覚えがある。
おらぁ、百姓の生まれでな、朝はお天道様が上がる前から畑出て、夜は囲炉裏の端で夜なべしてから寝るのが普通だったんだ。
それが、萌黄に取っ捕まってから、だいじーにだいじーにされて、なんもせんでいいって言われてなあ。することなくて、なんか自分がからっぽになってしまった気がして。……あ、ごめんな! おらのことばっかり」
恥ずかしそうに慌てるお詩さんに、横に強く首を振って伝える。
「ううん、そうです、それです、たぶん、同じです。何にもしないで、甘やかされて、そのうち何にもできない駄目な人間になってしまいそうで、……そ、そしたら、あ、飽きられてしまうんじゃないかって」
ぶわっと涙が出てきて、思わず目を押さえた。うえええん、やだ、止まらない。
「それはない」
「うん、ないな」
ぽんぽんと返された言葉に、驚いて指の下から目を上げた。
「あれらは命が繋がっている限り、主の生気に惑溺するからの。器としての本能が、力に満たされんと欲するのだろうの。
だが、本来は神のための器故、人間の生気ではけっしてあれらを満たせはせんのじゃ。人間を主と定めたあれらは、いつまでも満たされぬが定め。あれは、永遠に小娘を求め続けようぞ」
「それになぁ、好きな生気の状態があるらしくてな、やたらそれを欲しがって、あの手この手で得ようとするから」
そこまで話したところで、お詩さんは口を開けたまま突然黙って真っ赤になった。うろ~と視線を座卓に落とし、そして一転、もたもたとした口調になる。
「その、なんだ、欲しい生気を得るためには、おらの体も心も健康でなけりゃ駄目だと理解してからは、あんまり無茶しなくなった。……から、えーと、その、千世さんとこのにも、話すよう言っといた」
「ありがとうございます」
そうか。好きな生気の状態を保とうとすれば、変わってしまうまで無茶したりしないはずだよね。八島さんが萌黄さんからアドバイスを聞いたというなら、いくらか普通の生活を取り戻せるかもしれないし。少しほっとする。
けれど、なぜか。
『これを、もっと、もっとください、千世様』
唐突に、八島さんに耳元で囁かれたみたいに声が甦って、体の中心がきゅってなった。与えられてもない快感に、秘かに震える。
わーっ! 私、こんな時に何を思い出してるの!
……あっ。お詩さんの言ってた、好きな生気の状態って、もしかして!?
そろ、とお詩さんを見れば、彼女も躊躇いがちに私を見るところで、視線が合って、ぴぴっと通じてしまった。
『千世さんもか』
『お詩さんもですね』
「小娘ども、なにを二人して赤くなっておる」
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