叶わぬ約束

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
6 / 14

6 神のご加護を

しおりを挟む
 お気に入りだった普段着を着せて、兄さんを棺に納めた。棺は館の祈祷室に安置され、司祭様と家の者で、順番に夜通し灯りと祈りを捧げた。
 朝になると村の人々が次々訪れて、棺の中に花を手向けてくれた。慕われていた兄さんの死に、村の誰もが沈鬱な面持ちで首を振り、言葉もないと悔やみの言葉をかけてくれた。
 兄さんを墓穴に下ろす時、それまでハンカチを顔に押し当てつつも毅然としていたフィアンが、突然駆け出し、棺にすがった。

「やめて! やめて! いやっ、いやよ、グレッグ!!」
「フィアン」
「彼を土の下に埋めるなんてできない! こんな暗くて冷たいところに彼を閉じ込めるなんて」

 私は彼女を後ろから抱きしめた。私にも彼女の気持ちが痛いほどわかった。埋めてしまったら、兄さんは二度と帰ってこれなくなってしまう。本当に兄さんを失ってしまう。だけど。

「フィアン、ここにいる兄さんは、もう抜け殻なの。魂は神に召されたのよ」
「いやよ! いや! いや!」
「兄さんは、神の国にいるの。神の御手に抱かれて、永遠の安らぎを得たのよ」

 フィアンは緩やかに横に首を振って喘ぐと、甲高い声をあげて泣き崩れた。私はたまらずに、彼女の頭を胸元に抱き寄せた。

「兄さんは、神と共に、あなたを見守っている。生まれてくる子供にも、神と共に愛を注いでくれている。永遠の存在となって、いつでもあなたの傍に居る。兄さんの愛は、あなたと共にあるから」

 フィアンの細い指が、私のドレスを強く握りしめた。そうして私たちは身を寄せ合って、兄さんを見送ったのだった。



 館に戻ると、あわただしく私は鎧を身に着けた。
 その姿でフィアンの部屋へ行く。

「アイリーン」

 彼女はハッとした顔で椅子から立ち上がった。

「どうか座って」

 彼女の手を取って、座らせた。彼女の足元に膝をつき、両手で彼女の手を包む。

「フィアン、本当は、あなたをご実家に帰してあげればいいのかもしれない。そうすれば、ご家族に守ってもらえるし、いずれ悲しみが癒えた時、新しい幸せを掴むことができる」

 フィアンはまさかという表情で、小刻みに横に首を振った。

「うん。今はとてもそうは思えるわけがないもの。そんな選択をしないってわかっていて、こんなことを言う私を、いつか恨んでくれてかまわない。
……でも、今だけは、あなたの手にすがることを許して。……私、私も一人じゃ、生きていけない。兄さんの上に、あなたまでいなくなるなんて、耐えられない。私、力の限りこの家を守ると誓う。だからお願い、傍にいて。私を助けて」
「ああ、アイリーン、もちろんよ、一人で生きていけないのは、私の方よ」

 彼女は椅子から滑り下りて、私の首に腕をまわして抱き着いた。

「私こそ、あなたを連れて、実家に帰ればいいってわかってるの。実家なら、あなたの身の振り方も考えてくれる。でも、この家を離れたくないの。……グレッグの傍を離れたくないのよ。あなたに犠牲を強いているのは、私の方なのよ」

 私たちは少し身を離して、お互いの顔を覗きこんだ。己の罪を告白し終えた顔を。
 彼女の表情を見て、ふっと心が軽くなった。彼女も安心した笑みを浮かべて、ふふっと笑った。

「アイリーン、気を付けて行ってきて。無理だけは絶対しないで。私もあなたまで失いたくないの。
お願い、覚えておいて。私はただ、あなたと子供と一緒に、グレッグの傍にいられれば、それでいいの」
「フィアンも、体に気を付けて。無理だけは絶対しないで。この子が私たちの希望なんだから」
「ええ。グレッグが残してくれた子供だもの」

 彼女は大事そうに自分の腹をそっと撫でた。

「では、行ってきます、お義姉様」
「どうかアイリーンに神のご加護を。……グレッグもついていてくれるわ」

 彼女は十字を切って祈りを捧げてくれたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...