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おまけ前編 麗しの兄妹愛
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兄のネイドは、妹のカテアから見てもケチのつけようのない優良物件だ。
まずは、一目で女性を虜にする容姿。繊細にして精悍なそれは、さながら日の光に煌めく氷のようだ。
しかも、初代巫女姫の血筋を引く名門べステス家の嫡男。
その上、腕っぷしが強く統率能力に長けており、神殿騎士として将来は団長にと嘱望されているような男だ。
容姿、家柄、将来性と三拍子そろった、未婚女性の憧れの的。実際、彼に言い寄ろうとする女性は引きも切らない。宴席にでも出れば、挨拶だけでもしようと、彼の前に乙女の行列ができるくらいだ。
しかし、そうであってもなお、カテアは常々、兄の結婚には懐疑的であった。
貴族の集まりに参加する時は、よく兄がエスコートしてくれていたのだが、そのどこでも、兄が女性と積極的に言葉を交わしているのを見たことがない。ほとんど適当な相槌ですまし、あとは目線一つでカテアに押し付けるのだ。
それどころか、挨拶、社交辞令以上に、しつこくまとわりつこうとすれば、柔和に微笑みながらも、吹雪のごときまなざしで拒絶する。
彼女はそれを見ていて、いつも思うのだ。お兄様は、本当に本気で女性に興味がないのね、と。
カテアも兄に似た美貌を両親から受け継いでおり、そこそこ社交界ではもてはやされている。多くの男性から誘われ、交際を申し込まれもする。
だからこそわかる。男性が品定めをする時の目つき、意中の女性を見る時のまなざし、対象外の女性に接している時の熱の無さ、が。
兄の瞳に熱が宿ったことは一度もなく、おそらく品定めする気すらない。いっそ、名馬だの名剣だの知り合いの男性だのを見かけた時の方が、よっぽど目が輝くのだ。
もしかして、お兄様は男性の方がお好きなのかしら、と疑ったことも一度や二度ではない。だが、将来を心配した叔父にそれを尋ねられた時に、心底嫌そうにしていた様子から、どうやら興味を抱く対象は男性ですらないのかもしれない、という心配が頭をもたげてきていた。
愛の女神フェスティアが守護するここイステア王国では、愛が至上のものとされ、男女はもちろん、男男、女女、老若、それだけでなく、変わったところでは、犬だの猫だの馬だのカエルだのというものから、果ては剣だの宝石だの岩だの家屋だのという最早生物ですら無い物とまで婚姻が認められることがある。
すべては愛のため。愛さえあれば、破天荒な女神は何でも許すのだ。
カテアは、兄が名剣を持ってきて、「これと結婚する」と言いだしてもおかしくないと思っていたし、むしろ馬や犬よりは生物でない方が、まだマシだとも思っていた。
少なくとも、カエルを義姉と呼ぶのが回避できれば、他は何でも受け入れようと決心していた。カテアはムカデよりもカエルの方が嫌いなのだ。
……だから、かなりびっくりしたのだ。新巫女姫選定式の日に兄が見せたまなざしに。
「お兄様、あの方は誰なのかしら。ずいぶん黒い髪に、その、……お胸もお尻も豊かでいらっしゃるけれど」
見たこともない、醜いと形容されてもしかたのない特徴を持った娘が、新巫女姫に選ばれた。下級女神官の姿をしているのを見て取り、カテアは驚きから、隣にいる兄に尋ねたのだった。
「おまえにも、美女に見えるのか?」
兄が振り向いて、酷く真剣な顔でおかしなことを言った。
言うまでもないことだった。女神が宿った新巫女姫は美しかった。神威故か、醜いはずのものが、目を離したくないほどに魅力的に見えた。
「ええ。とても美しい方ね、……不思議だけれど」
「そうか、おまえにも見えるのか。……よかった」
兄は一人で頷いて、新巫女姫に視線を戻した。そうして、食い入るように彼女を見つめ続けていた。……カテアに愛を乞うた男性たちと同じまなざしで。
あれから半年。運よく護衛騎士に就任した兄は、神殿に詰めっきりだ。昼夜の別なく巫女姫を守っており、ずっと巫女姫と一緒のはずなのだ。
少しは仲良くなれたのだろうか。それとも、もう恋仲になっているのだろうか。
気になってしかたない、いや、見た目に反して案外脳筋なところのある兄を心配しているというのに、筆不精な彼は手紙の一つもよこさない。
そこでカテアは業を煮やして、小耳にはさんだ、巫女姫と二人きりでドレクサス軍を退けたという話にかこつけて手紙を出したのだ。『お元気ですか。お怪我はありませんでしたか。巫女姫様もご無事でしたか』と。
カテアは自室の窓際のティーテーブルで、べステス家の紋章の透かし模様が入った兄からの返信を読み終わり、握り拳でうんうんと頷いた。
「巫女姫様のお話相手ですって? まかせて、お兄様! お義姉様になってもらえるよう、お兄様をしっかり売り込んでさしあげるわ!」
それで、べステス家の家系図に、伴侶─剣、だとか、─カエル、だとか書き込まれないようするのだ!
賢く鋭いカテアは、ただ、巫女姫のご機嫌伺いに来ないか、と書かれているだけのそっけない手紙から、兄の隠した真意を正しく読み取っていた。
「さあ、お兄様のどんなお話をすれば、巫女姫様は興味を抱いてくださるかしら」
彼女はやる気に満ちた独り言を呟いて、うふふふと笑ったのだった。
まずは、一目で女性を虜にする容姿。繊細にして精悍なそれは、さながら日の光に煌めく氷のようだ。
しかも、初代巫女姫の血筋を引く名門べステス家の嫡男。
その上、腕っぷしが強く統率能力に長けており、神殿騎士として将来は団長にと嘱望されているような男だ。
容姿、家柄、将来性と三拍子そろった、未婚女性の憧れの的。実際、彼に言い寄ろうとする女性は引きも切らない。宴席にでも出れば、挨拶だけでもしようと、彼の前に乙女の行列ができるくらいだ。
しかし、そうであってもなお、カテアは常々、兄の結婚には懐疑的であった。
貴族の集まりに参加する時は、よく兄がエスコートしてくれていたのだが、そのどこでも、兄が女性と積極的に言葉を交わしているのを見たことがない。ほとんど適当な相槌ですまし、あとは目線一つでカテアに押し付けるのだ。
それどころか、挨拶、社交辞令以上に、しつこくまとわりつこうとすれば、柔和に微笑みながらも、吹雪のごときまなざしで拒絶する。
彼女はそれを見ていて、いつも思うのだ。お兄様は、本当に本気で女性に興味がないのね、と。
カテアも兄に似た美貌を両親から受け継いでおり、そこそこ社交界ではもてはやされている。多くの男性から誘われ、交際を申し込まれもする。
だからこそわかる。男性が品定めをする時の目つき、意中の女性を見る時のまなざし、対象外の女性に接している時の熱の無さ、が。
兄の瞳に熱が宿ったことは一度もなく、おそらく品定めする気すらない。いっそ、名馬だの名剣だの知り合いの男性だのを見かけた時の方が、よっぽど目が輝くのだ。
もしかして、お兄様は男性の方がお好きなのかしら、と疑ったことも一度や二度ではない。だが、将来を心配した叔父にそれを尋ねられた時に、心底嫌そうにしていた様子から、どうやら興味を抱く対象は男性ですらないのかもしれない、という心配が頭をもたげてきていた。
愛の女神フェスティアが守護するここイステア王国では、愛が至上のものとされ、男女はもちろん、男男、女女、老若、それだけでなく、変わったところでは、犬だの猫だの馬だのカエルだのというものから、果ては剣だの宝石だの岩だの家屋だのという最早生物ですら無い物とまで婚姻が認められることがある。
すべては愛のため。愛さえあれば、破天荒な女神は何でも許すのだ。
カテアは、兄が名剣を持ってきて、「これと結婚する」と言いだしてもおかしくないと思っていたし、むしろ馬や犬よりは生物でない方が、まだマシだとも思っていた。
少なくとも、カエルを義姉と呼ぶのが回避できれば、他は何でも受け入れようと決心していた。カテアはムカデよりもカエルの方が嫌いなのだ。
……だから、かなりびっくりしたのだ。新巫女姫選定式の日に兄が見せたまなざしに。
「お兄様、あの方は誰なのかしら。ずいぶん黒い髪に、その、……お胸もお尻も豊かでいらっしゃるけれど」
見たこともない、醜いと形容されてもしかたのない特徴を持った娘が、新巫女姫に選ばれた。下級女神官の姿をしているのを見て取り、カテアは驚きから、隣にいる兄に尋ねたのだった。
「おまえにも、美女に見えるのか?」
兄が振り向いて、酷く真剣な顔でおかしなことを言った。
言うまでもないことだった。女神が宿った新巫女姫は美しかった。神威故か、醜いはずのものが、目を離したくないほどに魅力的に見えた。
「ええ。とても美しい方ね、……不思議だけれど」
「そうか、おまえにも見えるのか。……よかった」
兄は一人で頷いて、新巫女姫に視線を戻した。そうして、食い入るように彼女を見つめ続けていた。……カテアに愛を乞うた男性たちと同じまなざしで。
あれから半年。運よく護衛騎士に就任した兄は、神殿に詰めっきりだ。昼夜の別なく巫女姫を守っており、ずっと巫女姫と一緒のはずなのだ。
少しは仲良くなれたのだろうか。それとも、もう恋仲になっているのだろうか。
気になってしかたない、いや、見た目に反して案外脳筋なところのある兄を心配しているというのに、筆不精な彼は手紙の一つもよこさない。
そこでカテアは業を煮やして、小耳にはさんだ、巫女姫と二人きりでドレクサス軍を退けたという話にかこつけて手紙を出したのだ。『お元気ですか。お怪我はありませんでしたか。巫女姫様もご無事でしたか』と。
カテアは自室の窓際のティーテーブルで、べステス家の紋章の透かし模様が入った兄からの返信を読み終わり、握り拳でうんうんと頷いた。
「巫女姫様のお話相手ですって? まかせて、お兄様! お義姉様になってもらえるよう、お兄様をしっかり売り込んでさしあげるわ!」
それで、べステス家の家系図に、伴侶─剣、だとか、─カエル、だとか書き込まれないようするのだ!
賢く鋭いカテアは、ただ、巫女姫のご機嫌伺いに来ないか、と書かれているだけのそっけない手紙から、兄の隠した真意を正しく読み取っていた。
「さあ、お兄様のどんなお話をすれば、巫女姫様は興味を抱いてくださるかしら」
彼女はやる気に満ちた独り言を呟いて、うふふふと笑ったのだった。
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