20 / 26
19 はじめての笑顔
しおりを挟む
……そうして、現在に至る。
ネイドは悩んでいた。巫女姫は、女神が降りている間の記憶を持たない。今がどういう状況であるか説明するべきだったが、その前に、下着を見てしまったことを謝った方がよいのか、それとも、なかったことにするべきなのか、判断がつかなかったのだ。
それでどうでもいい問答をしているうちに、巫女姫は自分の格好に気付いたらしく、ネイドから離れていって、隅の方で小さくなってしまった。
あの格好にしたのは、ネイドである。けっして下心があったわけではない。実際、体が冷えきった彼女に、欲情している暇はなかった。心配で心配で、彼女を抱きしめながら、譫言みたいに女神に祈りを捧げて、意識を取り戻してくれるのを願うしかなかった。
けれど、巫女姫はそんな事情は知らない。ネイドには、今、自分が巫女姫にどう思われているか、想像するのも恐ろしかった。
頭をマントで覆って攫うし、変な飲み物を押し付けるし、……意識のない間に服を脱がせて、湯に突っ込むし。しかも、どこともしれない山中の温泉だ。
いったい、どこから説明したらよいのやら、いや、そもそも自分の説明を聞いてくれるのか。今にも罵倒されるんじゃないか。それより泣きだすのかも。
嫌な汗が額と背筋をいくつも伝った。
「あ、あのうっ」
巫女姫の裏返った声が聞こえて、ネイドは見るともなく見ていた遠くから、彼女に視線を戻した。
だが、彼女の姿が目に入った瞬間、わずかに、すうっと目線をずらした。とっさのことで、深く考えないで巫女姫に目を向けてしまったため、湯からのぞいている二つの大きなふくらみを直視してしまったのだ。
巫女姫の腕によって肝心な場所は隠れているが、むしろそのせいで押し寄せられ、しかもお湯の浮力も加わり、谷間が深くなっている。
しかもどうやら、その谷間に首飾りの石が挟まれているらしく、奥深くからピンク色の光が伸び、ネイドの胸元と繋がっているのだ。
これは巫女姫を確実に護衛するために女神が下賜した、ただの道具の反応とわかっていても、その特別さに胸の奥がざわめく。
それに、絶対に巫女姫には秘密だが、実は、ネイドはあのふくらみの柔らかさを知っていた。運んでいる時にあまりにも揺れて、半ば掌で押さえつけるようにしてきたのだ。
これも、断じて下心はなかった。本気で、もげるんじゃないかと心配だったのだ。それくらい、ゆっさゆっさと揺れていた。
しかし、今頃になって、掌にえもいわれぬ弾力の感触が蘇り、人には言えない場所が、ざわざわと騒ぎだしてしまっていた。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせつつ、努めて平静な声を出す。
「はい。なんでしょうか」
……はい、なんでしょうかじゃ、ないだろう。説明義務果たせよ。
動揺の欠片もなく、むしろスカした印象さえ受ける自分の応答に、ネイドは自己嫌悪に陥りながら、自分で突っ込んだ。
「ここは、どこなんでしょう……」
当然の質問である。よく聞いてくれた! と、すかさずそれに飛びついた。
「ドレクサスとの国境近くにある、アルス山です。ドレクサスの守護神ラズウェル率いるドレクサス軍の来襲を受け、女神がおでましになりました。さきほど巫女姫が目覚められたルフスタンの河原で、女神は見事、敵を退けられました。それで、えー、……」
ネイドは言葉につまった。それで、彼女のパンツを見てしまったわけである。
それは巫女姫もわかったらしく、そっと斜めに視線を落とし、きゅっと肩が竦められた。その恥じらうさまが、またひどく扇情的で、彼は心臓に一撃をくらった心地だった。
彼は頭が真っ白、いや、真っ赤、いや、黒い薔薇模様な状態で、とにかく何か言わなければと言葉を吐いた。
「えー、その、申し訳ありませんでした」
あ。言ってしまった。
ネイドは焦ったが、巫女姫の反応は、彼が想像していたものとは大きく違った。
「いえ! こちらこそ見苦しいものをお見せして、申し訳ありませんでした!」
ばしゃんっ、とお湯がはねた。巫女姫が勢いよく頭を下げすぎて、お湯に頭をつっこんでしまったのだ。ざばあ、と顔を上げ、ごほっごほっと咳をする。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です……」
情けなさそうに、鼻の根元をつまんでいる。たぶん、湯が入ってしまって痛いのだろう。
ネイドは、ふっと吹きだしてしまった。悪いと思ったが、どうにもおかしくてしかたない。
巫女姫が目を上げる。くすくす笑いが止まらないネイドを見て、彼女の表情もゆるむ。そして、鼻のあたりに手の甲をつけながら、彼女もくすくすと笑いはじめたのだった。
ネイドは悩んでいた。巫女姫は、女神が降りている間の記憶を持たない。今がどういう状況であるか説明するべきだったが、その前に、下着を見てしまったことを謝った方がよいのか、それとも、なかったことにするべきなのか、判断がつかなかったのだ。
それでどうでもいい問答をしているうちに、巫女姫は自分の格好に気付いたらしく、ネイドから離れていって、隅の方で小さくなってしまった。
あの格好にしたのは、ネイドである。けっして下心があったわけではない。実際、体が冷えきった彼女に、欲情している暇はなかった。心配で心配で、彼女を抱きしめながら、譫言みたいに女神に祈りを捧げて、意識を取り戻してくれるのを願うしかなかった。
けれど、巫女姫はそんな事情は知らない。ネイドには、今、自分が巫女姫にどう思われているか、想像するのも恐ろしかった。
頭をマントで覆って攫うし、変な飲み物を押し付けるし、……意識のない間に服を脱がせて、湯に突っ込むし。しかも、どこともしれない山中の温泉だ。
いったい、どこから説明したらよいのやら、いや、そもそも自分の説明を聞いてくれるのか。今にも罵倒されるんじゃないか。それより泣きだすのかも。
嫌な汗が額と背筋をいくつも伝った。
「あ、あのうっ」
巫女姫の裏返った声が聞こえて、ネイドは見るともなく見ていた遠くから、彼女に視線を戻した。
だが、彼女の姿が目に入った瞬間、わずかに、すうっと目線をずらした。とっさのことで、深く考えないで巫女姫に目を向けてしまったため、湯からのぞいている二つの大きなふくらみを直視してしまったのだ。
巫女姫の腕によって肝心な場所は隠れているが、むしろそのせいで押し寄せられ、しかもお湯の浮力も加わり、谷間が深くなっている。
しかもどうやら、その谷間に首飾りの石が挟まれているらしく、奥深くからピンク色の光が伸び、ネイドの胸元と繋がっているのだ。
これは巫女姫を確実に護衛するために女神が下賜した、ただの道具の反応とわかっていても、その特別さに胸の奥がざわめく。
それに、絶対に巫女姫には秘密だが、実は、ネイドはあのふくらみの柔らかさを知っていた。運んでいる時にあまりにも揺れて、半ば掌で押さえつけるようにしてきたのだ。
これも、断じて下心はなかった。本気で、もげるんじゃないかと心配だったのだ。それくらい、ゆっさゆっさと揺れていた。
しかし、今頃になって、掌にえもいわれぬ弾力の感触が蘇り、人には言えない場所が、ざわざわと騒ぎだしてしまっていた。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせつつ、努めて平静な声を出す。
「はい。なんでしょうか」
……はい、なんでしょうかじゃ、ないだろう。説明義務果たせよ。
動揺の欠片もなく、むしろスカした印象さえ受ける自分の応答に、ネイドは自己嫌悪に陥りながら、自分で突っ込んだ。
「ここは、どこなんでしょう……」
当然の質問である。よく聞いてくれた! と、すかさずそれに飛びついた。
「ドレクサスとの国境近くにある、アルス山です。ドレクサスの守護神ラズウェル率いるドレクサス軍の来襲を受け、女神がおでましになりました。さきほど巫女姫が目覚められたルフスタンの河原で、女神は見事、敵を退けられました。それで、えー、……」
ネイドは言葉につまった。それで、彼女のパンツを見てしまったわけである。
それは巫女姫もわかったらしく、そっと斜めに視線を落とし、きゅっと肩が竦められた。その恥じらうさまが、またひどく扇情的で、彼は心臓に一撃をくらった心地だった。
彼は頭が真っ白、いや、真っ赤、いや、黒い薔薇模様な状態で、とにかく何か言わなければと言葉を吐いた。
「えー、その、申し訳ありませんでした」
あ。言ってしまった。
ネイドは焦ったが、巫女姫の反応は、彼が想像していたものとは大きく違った。
「いえ! こちらこそ見苦しいものをお見せして、申し訳ありませんでした!」
ばしゃんっ、とお湯がはねた。巫女姫が勢いよく頭を下げすぎて、お湯に頭をつっこんでしまったのだ。ざばあ、と顔を上げ、ごほっごほっと咳をする。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です……」
情けなさそうに、鼻の根元をつまんでいる。たぶん、湯が入ってしまって痛いのだろう。
ネイドは、ふっと吹きだしてしまった。悪いと思ったが、どうにもおかしくてしかたない。
巫女姫が目を上げる。くすくす笑いが止まらないネイドを見て、彼女の表情もゆるむ。そして、鼻のあたりに手の甲をつけながら、彼女もくすくすと笑いはじめたのだった。
0
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる