(自称)愛の女神と巫女姫と護衛騎士

伊簑木サイ

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19 はじめての笑顔

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 ……そうして、現在に至る。
 ネイドは悩んでいた。巫女姫は、女神が降りている間の記憶を持たない。今がどういう状況であるか説明するべきだったが、その前に、下着を見てしまったことを謝った方がよいのか、それとも、なかったことにするべきなのか、判断がつかなかったのだ。
 それでどうでもいい問答をしているうちに、巫女姫は自分の格好に気付いたらしく、ネイドから離れていって、隅の方で小さくなってしまった。
 あの格好にしたのは、ネイドである。けっして下心があったわけではない。実際、体が冷えきった彼女に、欲情している暇はなかった。心配で心配で、彼女を抱きしめながら、譫言うわごとみたいに女神に祈りを捧げて、意識を取り戻してくれるのを願うしかなかった。
 けれど、巫女姫はそんな事情は知らない。ネイドには、今、自分が巫女姫にどう思われているか、想像するのも恐ろしかった。
 頭をマントで覆って攫うし、変な飲み物を押し付けるし、……意識のない間に服を脱がせて、湯に突っ込むし。しかも、どこともしれない山中の温泉だ。
 いったい、どこから説明したらよいのやら、いや、そもそも自分の説明を聞いてくれるのか。今にも罵倒されるんじゃないか。それより泣きだすのかも。
 嫌な汗が額と背筋をいくつも伝った。
「あ、あのうっ」
 巫女姫の裏返った声が聞こえて、ネイドは見るともなく見ていた遠くから、彼女に視線を戻した。
 だが、彼女の姿が目に入った瞬間、わずかに、すうっと目線をずらした。とっさのことで、深く考えないで巫女姫に目を向けてしまったため、湯からのぞいている二つの大きなふくらみを直視してしまったのだ。
 巫女姫の腕によって肝心な場所は隠れているが、むしろそのせいで押し寄せられ、しかもお湯の浮力も加わり、谷間が深くなっている。
 しかもどうやら、その谷間に首飾りの石が挟まれているらしく、奥深くからピンク色の光が伸び、ネイドの胸元と繋がっているのだ。
 これは巫女姫を確実に護衛するために女神が下賜した、ただの道具の反応とわかっていても、その特別さに胸の奥がざわめく。
 それに、絶対に巫女姫には秘密だが、実は、ネイドはあのふくらみの柔らかさを知っていた。運んでいる時にあまりにも揺れて、半ば掌で押さえつけるようにしてきたのだ。
 これも、断じて下心はなかった。本気で、もげるんじゃないかと心配だったのだ。それくらい、ゆっさゆっさと揺れていた。
 しかし、今頃になって、掌にえもいわれぬ弾力の感触が蘇り、人には言えない場所が、ざわざわと騒ぎだしてしまっていた。
 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせつつ、努めて平静な声を出す。
「はい。なんでしょうか」
 ……はい、なんでしょうかじゃ、ないだろう。説明義務果たせよ。
 動揺の欠片もなく、むしろスカした印象さえ受ける自分の応答に、ネイドは自己嫌悪に陥りながら、自分で突っ込んだ。
「ここは、どこなんでしょう……」
 当然の質問である。よく聞いてくれた! と、すかさずそれに飛びついた。
「ドレクサスとの国境近くにある、アルス山です。ドレクサスの守護神ラズウェル率いるドレクサス軍の来襲を受け、女神がおでましになりました。さきほど巫女姫が目覚められたルフスタンの河原で、女神は見事、敵を退けられました。それで、えー、……」
 ネイドは言葉につまった。それで、彼女のパンツを見てしまったわけである。
 それは巫女姫もわかったらしく、そっと斜めに視線を落とし、きゅっと肩が竦められた。その恥じらうさまが、またひどく扇情的で、彼は心臓に一撃をくらった心地だった。
 彼は頭が真っ白、いや、真っ赤、いや、黒い薔薇模様な状態で、とにかく何か言わなければと言葉を吐いた。
「えー、その、申し訳ありませんでした」
 あ。言ってしまった。
 ネイドは焦ったが、巫女姫の反応は、彼が想像していたものとは大きく違った。
「いえ! こちらこそ見苦しいものをお見せして、申し訳ありませんでした!」
 ばしゃんっ、とお湯がはねた。巫女姫が勢いよく頭を下げすぎて、お湯に頭をつっこんでしまったのだ。ざばあ、と顔を上げ、ごほっごほっと咳をする。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です……」
 情けなさそうに、鼻の根元をつまんでいる。たぶん、湯が入ってしまって痛いのだろう。
 ネイドは、ふっと吹きだしてしまった。悪いと思ったが、どうにもおかしくてしかたない。
 巫女姫が目を上げる。くすくす笑いが止まらないネイドを見て、彼女の表情もゆるむ。そして、鼻のあたりに手の甲をつけながら、彼女もくすくすと笑いはじめたのだった。
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