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14 伝説の始まり

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「女神がおでましです」
 先触れに告げられ、一同が膝をついた。
 複数の足音と衣擦れの音が近づいてくる。ネイドが頭を下げている視線の先に黒いビロードの靴先が見え、止まった。
「護衛騎士、我が傍に」
「は」
 彼は立ちあがって、一歩目を踏み出そうとして目を見開いた。それほどに、巫女姫、いや、女神は、可憐で美しかった。
 淡く落ち着いた色合いの薄桃のシンプルなドレスは、胸元は谷間が見えるか見えないかの位置まで深く切れ込み、二つの大きな盛り上がった形のままに布が包んでいる。そのすぐ下には金色のサッシュベルトが締められ、真珠と薔薇色の石を連ねた飾りが華を添えていた。そして、スカート部分は体の形に忠実に添って、柔らかい曲線を描く腰のラインを余すところなく伝えている。
 上着は黄金てんの豪華なロングコート。髪は頭頂でくくられ、首の細さと白さが眩かった。
 女神は、ニッと笑って、右手をうなじに、左手を腰に当てて、妖艶に体をひねった。
「どうだ? 似合っておろう?」
「はい。たいへんお似合いです」
 色香の呪縛から解き放たれたネイドは、即座に誉めそやした。……助かった、と思いながら。
 この姿で恥ずかしげにされたら、ネイドも柄にもなくあがったかもしれない。……巫女姫本人がそうするように。
 だが、女神の言動は、絶対に口にはできないが、微妙に残念感が漂う。今すぐ密室に連れ去って思う存分可愛がりたい、という不埒な欲求が、一瞬で霧散するくらいには。
 おかげで、見惚れてしどろもどろの返答しか出てこないという醜態をさらすことは、避けられたのだった。
 しかし、ネイドの返答は女神のお気に召さなかったらしい。
「護衛騎士、もっと他に言うことは?」
 女神は自らネイドに近づいた。それで彼は気が付いた。スカートの両脇に、深いスリットが入っていることに。女神が足を踏み出すごとに、ちらちらと絹のストッキングに包まれた腿が見える。
 しかも、そのストッキングがなぜか黒で、薔薇を象ったレース編みになっており、その合間から白い肌がのぞくさまは……、直撃コースだった。
 ネイドが、う、と詰まっているところへやってきて、女神は繊手をひらめかせ、彼の頬に、つ、と触れた。
 呼ばれるようにして見下ろしたそこには、右の胸と左の胸の肉がくっついてできた谷間が魅惑を振りまいており、さらにネイドから言葉を奪う。
 女神は、ふふふ、と笑った。
「まあ、よい。言葉も出ぬのであろう? その賞賛のまなざしで、今回は許す。次回までに、褒め言葉のレパートリーを増やしておけ。女は褒め言葉が大好きだからな」
 そして、彼の肩へと手を移し、しゃがめ、と言った。彼はおとなしく求めに従って膝を折り、地についた。
 女神は高らかに言祝いだ。
「なにものも、この騎士を傷つけることあたわぬと、我は宣言する! 我が誓いは絶対! 護衛騎士よ、我が加護を与える。その身をもって盾となり、巫女姫を守れ」
 屈んで、ネイドの額に口づけを落とす。女神がまとう光と同じものが彼の体を覆い、消えることなくとどまった。
 彼の皮膚から冷気が遠のいた。鎧の重さも感じなくなる。彼は加護を実感して頭を下げた。
「仰せのままに。身命を賭して従います」
「うむ。もう立ってよいぞ。……ああ、そうだ。国王」
 女神は振り返って、国王に手をさしのべた。
「はい。なんでございましょう」
「有り金全部よこせ」
 掌を上に向け、よこせ、よこせ、というように指を動かす。
「……は。と言っても、手持ちは、身に着けているものぐらいしかございませんが……」
「そうだ。それを全部よこせ。旅費にする。ああ、国王の印章指輪はいらん。それはまだ、おまえが持っているといい」
 笑みの一つもない真面目そのものな言いように、女神の無造作な本気がうかがえた。
 国王は黙って、金銀宝石をふんだんにつかった首飾りとベルトと、いくつもはめられていた指輪とブレスレットを全部抜き、侍従の差し出したマントに包んで奉納した。馬丁によって、すみやかに荷物入れに収納される。
「さて。行こうか」
 貴婦人が案内を求める仕草で、ネイドの前に手をもたげた。彼は恭しくその手をとり、神馬へと導いた。
 彼は先に馬に登り、次いで地上で待つ女神へと腕を差し伸べた。気を利かせた馬丁の背を踏み台にした女神は、力強く引き上げられ、ネイドの前に横座りにおさまる。女神の腕が彼の胴にからみつき、大きな胸が押し付けられた。彼は女神の腰を支えようと抱き寄せながら、鎧で感触が遠いことに感謝した。
 あんなふにふにの体で抱きつかれたら、理性の限界に挑戦することになる。
 ……恐ろしい女神だ。
 彼は緊張の面持ちで、手綱を取った。
 そんなネイドの姿は、生来の恵まれた容貌とあいまって、美しくも精悍で、まさに女神の護衛にふさわしかった。
 そして、腕に抱くのは、女神が選んだ国一番の妖艶な美女。まるで一幅の絵画である。
 居合わせた人々は、感嘆の溜息を零した。
 二人きりで戦いの場に赴く彼らの姿は、新たな伝説の幕開けそのものだということに、ネイドはいまだ気付いていないのだった。
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