(自称)愛の女神と巫女姫と護衛騎士

伊簑木サイ

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3 女神降臨

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 王都の西はずれにあるフェスティア神殿のまわりには、身分の上下なく、多くの人々が集まっていた。
 新巫女姫選定式は国家の存亡に関わる、国をあげた行事だ。名のある高位貴族の年頃の兄妹、または姉弟はもとより、国中から推挙された美人姉妹を持つ美男兄弟もやってくる。
 つまり、国中の年頃の美人という美人、美男という美男が集まる一大イベントなのである。そんな彼女彼らを一目見ようと、国中から人がやってくるのは当然だった。
 式の少し前から彼らの姿絵が売りに出されて飛ぶように売れるし、誰が選ばれるか賭けまで行われるという熱狂ぶりだ。
 神殿へと続く参道の脇には、たくさんの店が立ち並んで、巫女姫パンだの選定クッキーだの女神ジュースだのが売られ、大賑わいだった。中には、子宝石などという怪しい物まで売られている始末だ。
 もちろん、大店おおだなをかまえる老舗では、巫女姫御用達のお茶やら、神殿推挙の夫婦円満ランジェリーなど、きちんとした高級品も売られている。そこでも今日は、平常の何倍もの品がどんどん売れていた。
 関係者以外、神殿の敷地に立ち入れはしないが、選定が終われば前庭が開け放され、神殿の正面バルコニーから女神が降臨された新しい巫女姫が手を振ってくれる。
 そして、選にもれた者たちが、女神の祝福を受けた花々を、手に持った籠からまき散らしながら回廊をねり歩くのだ。
 その後は、王家から祝い酒がたんまりと振る舞われ、それを飲みつつ、女神の加護に感謝を捧げて、新しい巫女姫を讃えて夜を明かす。
 約十年に一度の間隔で行われるお祭り騒ぎを、人々はおおいに楽しんでいるのだった。

 一方、荘厳にして厳粛な雰囲気に満たされた神殿内は、自分の呼吸の音すら気になるほどの静寂に包まれていた。
 大祭壇の上には当代の巫女姫とその護衛騎士が立ち並び、一段下がった場所に神官たちが、そしてホールには集められた美男美女兄弟が立っている。
 壁際の一番祭壇に近い場所に、国王夫妻とそれを守る近衛の姿があり、それ以外にも、貴族の子弟の護衛や、それぞれの家族、滞りなく式が進められるように雑用をこなす神官や女神官が所狭しとひしめいた。
 庶民のの者はもちろん、貴族出身の者も緊張の色を隠せないようだった。これから選定のため、女神が降臨なさるのだ。
 愛の女神フェスティア。建国時からイステア王国を守ってきてくださった守護女神。
 フェスティアは現世に降臨する場合、人間の乙女を寄坐よりましとされる。女神にふさわしき、清らかで美しい処女の体に。
 けぶるような銀髪に青い瞳の、当代の巫女姫は御歳26。17から23が女性の結婚適齢期と言われている中、少々歳がいっているが、瑞々しい少女のような肢体は輝かんばかりで、ふわりとした清楚な装いがよく似合う。王太子が妃にと望み、何年も待った女性は、なんとも言えない可憐な美女だった。
 その彼女が、かすかな衣擦れの音をさせながら、何かをいただくように、両手を虚空へとかかげた。
「女神フェスティアよ」
 よく通る美しい声が、女神の名を呼んだ。
 巫女姫の指先が求める空中に、巨大な気が膨らんでいく。景色が歪むわけでもなければ、色のある何かでもない。でも確かにそこに何かが現れ、急速に濃さを増していく。
 そうして、人々が息を吞んで見守る中、耐え難いほどの圧迫感となったそれは。
 ドンッ。
 一瞬にしてはじけとび、音にならない音となって空間を揺るがし、光と認識できない光芒として人々の目を射った。
 人々は、その衝撃に反射的に目を閉じ、身をこわばらせた。が、霧散した圧迫感に、静穏を感じ取り、それぞれがおそるおそる目を開けていく。
 その視線は、自然と一か所に集まっていった。
 ……ホールの隅、お仕着せの神殿の女神官服を着た、小柄な女性へと。
 彼女はやわらかな光をまとい、神々しい笑みを浮かべていた。
 右手が優雅に上がり、己の後ろ頭に差し入れられる。何かをつかんで鮮やかな仕草で引き抜き、それを放り投げた。床に音をたてて転がったのは、地味な髪留め。妖艶に頭をふると、豪奢な黒髪が滝となって彼女の背にこぼれ落ちた。
 カツン。音をたてて足を踏み出す。カツン、カツン、カツン、カツン……、一歩ごとに集った人々が彼女のために退き、祭壇までの道ができあがっていく。
 人々の中央を歩く女性は、イステアでは醜いといっていい容貌の持ち主だった。
 光を感じられない闇色の髪。白い肌はまだしも、そのせいで、清楚とはかけ離れた蠱惑的な黒い瞳と赤く熟れた唇がよけいに目立っている。歩くたびに大きな胸はたゆんたゆんと揺れ、腰のラインは女王蜂のごときメリハリを示していた。
 淡い色彩に、あるかなきかの胸と、主張しない腰や尻を理想とするこの国では、ありえないほどの醜さ。
 なのに、背を真っ直ぐに伸ばし祭壇を登っていく彼女は、目を離せない美しさを誇っていた。
 まさに、女神の神威。
 女神フェスティアは、その醜さから結婚は無理だろうと神殿に奉仕にあがった女性に、降臨したのだった。
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