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1 濡れ鼠の巫女姫

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 じんわりと体全体を包むぬくもりに、彼女はゆるんだ吐息をついて、瞼をふるわせた。ん、と声を漏らし、ゆるりと目を開ける。
 彼女はお湯の中にいた。目の前では、舞い散る粉雪を溶かす勢いで、ゆらゆらと湯気が上がっており、隅の方に焚かれた焚火が岩肌を照らしている。
「ここ……?」
「起きましたか」
 突然耳元で聞こえた男の声に、彼女は反射的に体をはね起こした。慌てたのが悪かったのか、天然で湧き出る湯の成分が沈殿した足場が悪かったのか、たぶんどっちもだろうが、足を滑らせ、頭からお湯につっこむ。盛大にお湯がはね飛び、焚火にも飛沫がかかって、ジジ、と不満げな音をたてた。
 彼女が頭までお湯の中に浸からないように、今の今まで後ろから抱きかかえて支えていた男は、びしょ濡れになった顔を拭きながら、困惑気味に声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「ネ、ネイド様、申し訳ありませんっ」
 お湯から自力で頭を出したばかりの巫女姫は、髪からお湯をしたたらせながら、深く腰を折って頭を下げた。
 顔の造作はよく見れば華やかで可愛らしい。が、いかんせんどことなくおどおどとして卑屈さが見える。そのせいで、胸元に両腕を寄せて縮こまっている姿は、長く体にまとわりつく黒髪もあいまって、まるで濡れ鼠というより、まさに濡れ鼠だった。
「巫女姫聖下」
 自分の立場を思い出してもらえればと、最上級の丁寧な呼び名でもって、彼は女神によって決められた己のあるじに辛抱強く呼びかけた。
「護衛騎士の私を、敬称を付けて呼ぶ必要はありません」
「あ、あ、そうでした、申し訳ありません、ネ、……騎士ネイド」
 ネイドと呼ばれた騎士は、生真面目にもう一つ指摘した。
「謝罪の必要もありません。すべて聖下の御心のままに」
「はい。申し……」
 彼女はそこで口を噤んだ。ますますいたたまれなさそうに身をすくめ、自信なさげにうつむいていく。
 気まずい沈黙が二人の間に落ちた。
 そうしてしばらくじっとしていた二人だったが、巫女姫が何の脈絡もなく、急にはっと息を吞んだかと思うと、じりじりと、しかしどことなくせかせかと、ネイドとは反対側へと後退りはじめた。
 なんとなれば、彼女は胸当てと下穿きとストッキングだけのあられもない姿になっているのに、ようやく気付いたのだ。ネイドの方など上半身裸だ。
 本当だったら、服を着たまま入りたかったが、そうすると明日、寒空の下、濡れた服で移動することになる。それは自殺行為に等しい。最低限下着が残されているのは、彼女の身分故だった。
 だが、おかげで帰りはお互い下着なしで移動しなければならない。
 ……あの胸は、もっと弾むように揺れるんだろうか。
 と考え、ネイドは彼女から顔をそむけ、小さく溜息をついた。
 巫女姫のバストサイズはトップが98センチ。アンダーは70。腰まわりは58に、ヒップは87。それでいて身長は157しかないという、恐ろしいほどに凹凸の激しい体型の持ち主だ。
 彼が彼女のスリーサイズを知っているのは、なにも、彼が人に言えない後ろ暗い手段を使ったからではない。それらは、国中の者が知っている情報なのである。
 なにしろその数字は、数か月前にあった新巫女姫選定に関わる重大事項だったのだから。
 彼は強烈だったその日の出来事が思い出されるにまかせ、遠い目をして記憶をたどった。
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