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第7話

ルシアン、弟子入り

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 翌朝、俺はロズニスと魔法陣を持って実験場に来ていた。
 せっかく五ヶ月もかけて作成したのだ。きちんと使用に耐えるものかどうか、試験をしてやろうと思ったのだ。
 いきなりぶっつけ本番で使って自爆したら目も当てられない。そうならないためにも、魔法陣は必ず試験してみるのが常識だ。
 ……なのだが。俺たちは実験場の入り口で、長時間待たされていた。
 保護障壁を作動させる係を増員するから、待ってくれというのだ。
 俺ではなく、ロズニスの作ったものを試験するためだと申告しているのに、受付係は青い顔しながら、それでも待ってくれの一点張り。俺のこともそうだが、ロズニスのことも、チラチラ見ている。
「おまえ、ここで何をした?」
「なんデスかー? 私、なんにもしてませんヨー?」
 あらぬ方を向いて、目を合わせようとしない。しかも、いつもおかしいイントネーションが、さらにおかしくなっている。
「だったら、あの係員に聞くが、いいか」
 ロズニスは素早く手を動かし、俺の上着の裾を握った。
「……ち、ちょっとだけー、おっきなー、針山を作っただけですー」
「ちょっとってどれくらいだ」
「ちょっとはちょっとですー」
 要はちょっとじゃなかったんだろう。俺はそれ以上は聞かないことにした。なんとなく想像はついたからだ。
 巨大な針山がもりもり湧き出て広がってくれば、そりゃあ誰だって怖いに決まっている。それが保護障壁にぶつかって消滅していくのだ。さぞかし壮観な光景だったに違いない。
 超問題児が二人揃ってやってきたのだ、係員たちが泡を食うのも当たり前である。
 俺は諦めて、ロズニスと二人、所在無くぼんやりと、実験場を前に立っていた。
 と、急に場違いなほどに明るい声を、後ろから掛けられた。
「あ、兄さん、いたいた。おはよう!」
 ルシアンだ。今日も朝から他を圧倒する美人ぶりだ。
「おはよう。どうしたんだ、おまえ、こんな所に」
「王から許可が出たんだ。俺も真理の塔に入っていいって」
「え?」
 俺は驚きに目を丸くした。
「それで、今さっき、リュスノー閣下に弟子入りの許可をもらってきた」
「って、おまえ、閣下は水と土だぞ」
「うん、だからだよ。ぺリウィンクルでは、俺、ぜんぜん役に立てなかったからね。ちゃんと学ぼうと思って」
 きらきらと向上心満載の笑みを向けられる。
 それに俺は、なんだか切なくなった。あ、いや、もちろん嬉しい。嬉しいんだが、なんというのか、ルシアンがちゃんと真っ当な目標を持ってくれるような成長ぶりを示してくれたことに、ああ、もう、俺にべったりくっついているだけの弟じゃなくなったんだと感じて、寂しくなったのだ。
「そうか。偉いな」
 俺は悲喜こもごもな心情でルシアンを褒めた。が、ルシアンは表情を曇らせ、俺の顔色を窺うように聞いてきた。
「ねえ、ブラッド、俺、邪魔?」
「まさか。そんなわけないだろう」
 どうしてそんなことを聞くのかわからず、びっくりする。
「ほんと?」
「ああ。おまえもこっちに部屋をもらうのか?」
 そうしたらますますリチェル姫と接点がなくなってしまう。それを懸念して尋ねれば、
「ううん。俺はあっちから通うよ。ブラッドもそうしたら? もう、王との約束も反古でしょ?」
 ああ、そうだったっけ。俺が家出したら、全部ご破算だって、あの時、王に言われていたんだった。
「うーん。その方がいいのか。そうすれば、ロズニスにも、よけいな手間かけさせないですむし」
「私はー、ぜんぜんかまいませんよー。ブラッド様がいなくなったらー、また、先生と二人きりになっちゃうしー、むしろ、居てくださったほーが、嬉しーですー」
 今度は袖口を引っ張られ、ロズニスに上目遣いで引き留められる。
 おお、なんだ。かわいい奴だな。
 俺はロズニスの頭をぐりぐり撫でまわし、礼を言った。
「ありがとうな。でも、ちょっと考えてみるよ」
 ルシアンとロズニスの関係もある。俺は、リチェル姫とロズニス、どちらをルシアンが選ぼうと、その邪魔だけはしたくなかった。
 ルシアンが望むままにしてやりたい。
 俺はそのために、あらゆる手立てを用意しておくだけだ。
「ブラッド様、お待たせいたしました。準備が整いました。どうぞ、お入りください」
 いくぶん顔色の良くなった係員が、やっと許可をくれる。
「俺たちこれから、魔法陣の試験するんだけど、おまえも付き合うか?」
 俺はルシアンに聞いた。
「へえ。なんの系統?」
「土だ。ロズニスが作ったんだ」
「やるやる。俺にもやらせて。いい? ロズニス?」
 ルシアンは自主的に、持ち主であるロズニスの意向を確認した。
 俺はそれに、感慨深い思いに囚われた。本当に、いったいいつの間に、ルシアンはちゃんと他人とこんなコミュニケーションがとれるようになったんだろう。
 今回の旅行の最中だろうか。
 それとも、ロズニスに出会ったから?
 こうして俺は、二人のやりとりを、一線置いて、ただ黙って観察するようになったのだった。
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