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第5話

姉弟子2

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 彼女は部屋をのんびりと観察し、研究机へとワゴンを進めていった。理由はわかる。めったに使わなかった食事用のテーブルセットの上は、椅子の上も含めて、本と器具とがらくたで埋めつくされているからだ。

 研究机の横に到着すると、今度は机の上を片付け始めた。その動作がのろくさい。一つ手に取っては、机の他の物と見比べて、置く場所を吟味している。
 いや、何をしているのかはわかるんだ。おそらく、カテゴリー別に分けてくれているんだろう。でも、それ、今するべきことか?

 それでも俺は黙って見守った。女の仕事に口を挟むと、わかりもしないくせに勝手なことを言うなと、説教をくらうものだからだ。
 だけどなあ、と考えずにはいられない。俺だったら、まず、どこにするか聞く。そうでなければ応接セットだ。テーブルが低くて食べにくいが、あそこだけはあいているのだから。少なくとも、待たせないですむ。

 ようやく皿を置ける場所が確保され、彼女は料理を並べ始めた。けど、湯気の一つも上がっておらず、冷め切ってしまっているのが見て取れる。
 文句は言うまい。彼女は侍女でも女官でもない。ジジイに師事しているなら、姉弟子になるんだし、客人や先輩の世話は、義務というより修行の一環だ。些細なことで咎めるのは、こちらの度量を疑われる。

 ワゴンの上の物を全部移し終わって、さあそろそろ声がかかるかと俺は身構えたが、彼女は顎に指をあて、料理を見ながらなにやら思案する。そしておもむろにスプーンを取り上げ、スープの中に突っ込んだ。
 まさか味見するのか!? いや、毒見か? 何だ、何を始めるんだ!?
 俺は腰を浮かして、彼女を制止しようかと迷った。が、彼女の詠唱がぶつぶつと聞こえてきて、声を飲み込んだ。

「地に偏在せしもの。我が血にも流れしもの。我が愛しき鋼。我が呼び声に答えておくれ。……あったまれー」

 どうやら彼女の属性は土らしい。と思った瞬間、バシャッと派手な音がして、スープがまわりに飛び散った。

「熱いっ」

 彼女がスプーンから手を離し、とびのく。

「大丈夫かっ」

 俺は驚いて駆け寄った。机の上を一瞥して、ほぼスープがなくなっているのと、スプーンが真っ赤になって先が溶けて皿の底にはりつき、残ったスープが今もブクブクパチパチシューシューと蒸気を吐きながら刻々と減っているのを確認した。
 力加減を間違えたのだろう。あんなスプーンを握ってたら、手のほうも酷い火傷をしているかもしれない。

「手を見せろ」

 胸元に抱え込んでいる手をつかみ、掌をさらさせる。親指、人差し指、中指の先が赤くなって水ぶくれになっている。
 俺はそこを手で包んで、氷を作り出し当てた。それから目をつぶって意識を集中して、水ぶくれの中の水を抜いていく。幸い肉は焼けていないようだ。この程度なら、組織を取り替える必要はないだろう。
 目を開けると、彼女が目を丸くして俺を見ていた。苦笑して手を離す。

「三日四日は痛みそうだな。ここはもういい。医務室へ行ってこい」

 それでも彼女は、俺が手を離したままの姿で動かなかった。ぱちり、ぱちりと時折瞬きするが、じいいいいっと俺を凝視している。

「おい?」

 何か他にもやらかしていたのか? 詠唱で我が血がどうのと言っていたが、まさか体内のどこかもやっちゃったとか? 時々そういう事故はある。効力の範囲を間違えて、自分まで燃やしてしまったりとかだ。
 俺は心配になって、手を伸ばして彼女の頭に触れた。彼女の体を精査しようとしたのだ。

 すると彼女の唇がわなないた。あうあうと言葉にならない声をもらす。意志の片鱗がちゃんと瞳の中に見え、とりあえず、頭がイカレたわけではないらしいと知れた。
 俺は心底安堵して、意識して優しく尋ねた。

「どうした。どこが痛い」
「これ……」
「これ?」

 小さな呟きに聞き返せば、彼女は突然激しく頷いて、怪我をした手をさらに俺へと突き出した。

「これ!!」
「お? おう」

 その勢いにびっくりしながらも、俺も小さく頷く。

「どーやったんですかっ。詠唱ではなかったですよね!? 魔法陣発動の痕跡もありませんでした。いったいどーやって制御しているんですかっ」

 指の形の氷が溶けて水がしたたる指を、さかんに俺の鼻先につきつけ、振っている。
 そうは言われても、世界の真理が魂に焼きついているからとか言えねーし。

「あー。特異体質?」
「知ってます!! その詳細を聞きたいんです!!」

 さっきまでののろさはどこにいったのか、素早い動きで俺にせまり、怪我していないほうの手で俺の襟首を掴みあげた。

「その制御方法を、教えてください!! でないと、でないと私」

 彼女の唇がへの字に曲がり、瞳が潤んだ。

「またリュスノー様に、お仕置きされるー」

 ああ、うん。その気持ちはよくわかるよ。
 俺は思わず、同病相憐れんでしまったのだった。
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