上 下
7 / 104
第3話

母とお茶会1

しおりを挟む
「それは午後のお茶の時間のことでしたの。ブラッド様はお忙しい方で、朝はお早く出ていかれ、夜も遅くまでさまざまなことに追われていらっしゃったから、落ち着いてお会いできるのは、このお茶の時間ぐらいのものでした。それも、なかなかお時間をとってもらえなかったのですが」

 我が親愛なる母上殿は、言葉を切ると、真珠のごとき白い顔に憂いを浮かべて、妖艶な仕草でカップをとりあげ、口をつけた。
 母の名はアナローズ。ネニャフル王国国王の妹であり、近隣諸国随一の美姫の名をほしいままにしている、年齢不詳の美貌の人だ。
 母は流れるような動作でカップを戻すと、話を続けた。

「曇り空で寒い日でしたから、わたくし、暖炉のほうへお茶を用意させて、二人掛けのソファに一緒に座ったのです。寒いですね、と申しあげると、ブラッド様は肩を抱いてくださって、触れあった場所がとても暖かかったのを、今もまざまざと思い出せます」

 そう言って、自分の右腕をそっとさすった。視線は右の腰から太もも。ほんのり上気した頬と細められた目からは、魔力じみた色気が駄々漏れになっている。

「ブラッド様は、背の高い方で、あの方に抱き締められると、わたくし、すっぽりとその腕の中におさまってしまって、自分が小さな小鳥になってしまった気がしたものですわ」

 あの方のためだけに、囀る小鳥。ぽそりと聞こえるか聞こえないかで呟かれたそれは、なぜかものすごく淫らな響きを宿していた。

「お優しくて逞しい方でしたのね」

 ほうっと息をついて、隣国のリチェル姫が相槌をうった。

「ええ。守護魔法使いとして、騎士団の者たちと体も鍛えておられましたから。そして、お顔はとても精悍で、黒髪が頬にかかる様も、普段は鋭い目がわたくしを見て優しく変わられるのも、ああ、今思い出しても、胸がどきどきするのです」

 何か詰め物をしているのではないかと疑いたくなるくらい、形良く大きく盛り上がった二つの胸の真ん中に両手を重ねて置き、切なげに溜息をつく。そのまま、息子である俺に、流し目をくれてきた。
 俺は体も顔も強張らせたまま、冷や汗が滲んでくるのを感じた。

 母が腰を上げ、すうっと手を伸ばしてくる。それを、嫌がっているのがバレないように、じりじりとよけてみるが、そんなこと、この貴婦人が許すわけもない。俺は抵抗らしい抵抗もできず、すぐに細い指に取っ捕まってしまったのだった。

 さわり。繊細に俺の頬を撫で下げてから、顎を持ちあげる。扇情的な感覚に、体の中がざわめく。
 だからっ、この人は!!
 俺は拳をきつく握り締めて、顔に貼りつけた穏やかな表情を崩さないように、気合をいれた。
 どうして、息子にさえ、色目を使うんだろうなあっっ。迷惑なっっっ。

 母は蕩けそうに微笑んで、口を開いた。

「ああ、あなたは本当に、お父様そっくり」

 そしていつまでも、よ、欲情した目で、俺を見つめるなあっっ。
 俺は心の中で悲鳴をあげた。最早、脂汗が滲んでくる。
 だから嫌だったんだよ、この人とのお茶はぁ!!

 と。横から手が伸び、ぱしっと軽やかに母の手が叩きのけられた。

「当代一の美貌の母上と、カッコイイ父上は、当時は・・・きっと、それはそれはお似合いだったのでしょうね。今の・・僕と兄さんみたいに」

 母と瓜二つながら、そこに男性的な美も加わった、近隣諸国随一の美男子ルシアンが、所々妙な具合に主張して、
無邪気に微笑んだ。

「まあ。おほほほほ」

 母は再び腰を落ち着けながら、あくまでも優雅に笑った。

「あなたもリチェル姫と・・・・・・、とってもお似合いよ。初々しいカップルだこと」

 俺を間にはさんで、何かが渦を巻く。おどろおどろしいそれに、俺は硬直した。心拍数が急激にあがりきって、いっそ心臓を口から吐き出し、すっきりとしてしまいたいくらいだった。

 『貴婦人』。それは、妖艶な肢体に華やかな衣裳をまとい、洗練された仕草と話術で武装した、恋の狩人。
 それを地でいっているのが、この母なのだった。
 一見、華奢で儚げですらあるこの女性が、恐ろしくしたたかで、証拠も残さない権謀術数をあやつる。
 そうして狩られた・・・・のが、俺とルシアンの父。すなわち、前世の俺なのだった。

 前世の俺は、この国の守護魔法使いで、王都を襲った劫火の魔人と相打ちして死んだ。結婚後、一年もたたないうちだった。
 まだ若くして未亡人になった母は、俺の死後しばらくして、次の守護魔法使いと結婚した。それが王族としての務めだったかららしい。
 しかし、彼女は今も前夫に未練たらたらで、前夫そっくりな息子である俺に会うたびに、こうして色仕掛けまがいの態度をとるのだ。

 ……というか、俺たちの正体、バレているんじゃなかろうか。
 俺は、時々そんな考えに取り付かれ、怖い答えに辿り着く前に、そんなわけないと、己の心に言い聞かせるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...