暁にもう一度

閑話集 こぼれ話

思いのままに（おまけの反省会）１

　ソランの部屋をノックしても返事がなかった。

「いらっしゃいますよ。どうぞ。私もこれで下がらせてもらいます。下の応接室で待機しますので、御用の際はそちらまで」
「わかった」

　この地で、しかもソランの部屋で殺されるようなら、他の場所では一秒たりとも生きていけないだろう。イアルの言葉に頷き、私に付いている護衛にも休むように申し渡した。
　扉を開けて中に入ると、ベッドの脇に座ったソランが、掛け布団から頭を出し、剣の柄に手をかけているところだった。髪がやけに乱れている。

「な、何ですか？　何か落ち度でも？」

　挙動不審だ。だいたい、なぜ頭だけ布団の中に突っ込んでいたのか。

「どうした？」
「どうかなさったのはアティス様ではないのですか？　どのようなご用件ですか？」
「寝に来ただけだが」

　ソランは更に挙動不審気味に目を瞬いた。なんとなく、警戒されている感じがする。

「客室は気に入りませんでしたか？」
「そんなことはないが、では、おまえがあちらに来るか？」

　ソランはとうとう一瞬恥ずかしそうにして、次にはキッと睨みつけてきた。

「今日は行きません。どうぞ殿下は一人でごゆっくりとおやすみください！」
「おまえがいないと眠れない」
「そんなわけないでしょう、幼児ではあるまいし！」

　ツンケンしている。しかも、殿下、に呼び名が戻っている。それに、扉から数歩入ったところからソランに近寄れなかった。拒絶されているのを感じるのだ。

「なにを苛々しているのだ」

　ソランは目を見開いて、怒った顔で何か言いたそうに口を開いたが、きゅっと口を噤むと、ぷいっと顔をそむけてベッドに突っ伏した。その状態で叫ぶ。

「今日は、一緒に寝ません！　絶対！」

　布団を握り締めるあまり、今にも引き裂いてしまいそうな勢いだった。
　意を決して歩み寄る。ソランに近付くのに覚悟がいるなど初めてだった。情けないほど不安な気持ちになっている。こんな状態で客室に戻っても、とても眠れるわけがない。
　五十センチほど離れたところで止まり、ソランに合わせて両膝をつき、呼びかけた。

「ソラン」

　返事がない。聞こえていないわけがない。答える気がないのだ。

「ソラン、おまえがいないと眠れない。本当だ」

　本当のことだった。一度はベッドに入ったのだ。入ったが、二秒で出た。ソランのぬくもりが欲しかった。

「お願いだ、こちらを向いてくれ」

　とんでもなく間抜けなことを言っている自覚はあった。が、恥も外聞もなく、彼女の情けを請わずにはいられなかった。
　眠れない、どころではない。ソランがいてくれなければ、そもそも生きている意味もない。
　だから、バートリエから戻り、王都に入る前に、「私を捨てるくらいなら殺してくれ」と言ったのだ。

　これから踏み入るのは茨の道だとわかっていた。全力を尽くすつもりではあったが、道を間違えてしまうことも有り得る。その時に、見限られて捨てられでもしたら、気が狂ったようにソランを追いかけて、邪魔するすべてを滅ぼすだろうと思った。不測の事態で彼女を失うのとは、全然意味が違う。そんな思いをするくらいなら、殺された方がましだ。ソランなら、死んだのもわからないうちに殺してくれるに違いないのだから。
　即答で『はい』と言われて複雑な思いもしたが、安心もした。私にとっては、死よりも、彼女を失う方が恐ろしかったのだ。

「これ以上、恥ずかしい思いをするのに、耐えられません」

　ソランは呻くように言った。答えてくれたことに、ほっとする。

「すまなかった」
「領民全員に見られたんですよ？　だから、駄目だって言ったのに！」

　ソランがどんなに駄目だと言っても、聞く気はなかった。どんな時も、恥ずかしがりはしても、嫌がったりはしなかったから。それに、護衛や侍女の前なら慣れて、それほど騒がなくなっていた。要は、慣れの問題だと思っていたのだ。今もそれに変わりはない。しかし、拒絶されるほど嫌なら、考え直さなければならなかった。