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閑話集 こぼれ話
思いのままに(アッシュ編)2
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父たちは歓迎の準備のために領主館に戻ったが、俺たちは神殿に入った。
そこには多くの人々がひしめいていた。足腰の悪い年寄りから、首の据わらない赤ん坊を抱えた母親までいる。領地にいる領民全員が揃っていた。呼ばれてもいないのに、新御領主が婚約者を連れて帰ってくると聞いて、勝手に集まったのだ。
俺たちは彼らに取り囲まれた。
「あの女性は本当にソラン様か?」
「仲良さそうにしてたのが王太子か?」
「どうなんだ」
「どうなってるんだ」
わあわあよってたかって言われて、あーっ、もうっ、とそれを振り払う。一瞬静まり返ったのをついて、一緒に出迎えた者たちが、口々に感想を披露した。
「すごい美人だったけど、ソラン様だったような気がする。少なくとも馬はソラン様のだった」
「胸があったけど、たぶん、あの手綱さばきはソラン様だと思う」
「女みたいに寄り添っていたけど、声はソラン様だった」
そこで俺も続けた。
「王太子様はすごかった」
「ああ、そうそう。ソラン様が普通サイズの女性に見えた」
「あのソラン様が気のいいおとなしい馬みたいに懐いていたよな」
「平気でソラン様を女性扱いしていた」
どれも当たっているが、圧倒的に表現が足りなくて、俺は苛々と足踏みしつつ叫んだ。
「とにかく、すごかったんだよ!」
すると、皆に笑われた。
「そうかそうか。すごかったか」
「そりゃあ、楽しみだなあ」
親父どもに背中を叩かれ、いいようにあしらわれてしまう。
ああ、違う、違うんだ、と、出てこない言葉の代わりに、手足をじたばたと振り回していると。
「あっ、抱き締めてる」
祭壇の方から驚きの声があがった。いっせいにそちらを見るが、前に人がいるので、窓の向こうが見えない。
「どうしたって!?」
入り口側にいた誰か大声で尋ねる。
「王太子がソラン様を引き寄せた!」
「ソラン様はおとなしく抱かれてる!」
「ずっとそのまんまだ!」
「長いな!」
「あっ、なんかしたかもしれない!」
「なんかって、なんだ?!」
「チューだ、チュー!」
野太い親父の声でそんなことを言うので、どっと笑いが起きる。ほのぼのとした雰囲気があたりに広がった。
一部を除いて。
俺は突然肩を叩かれ、体を割り込ませるようにしてやってきた同年代の女子たちに詰問された。
「マリー姉さんは? 見当たらなかったけど?」
「ああ、いなかったな」
「じゃあ、遠ざけられているのかしら。あのマリー姉さんがついていて、ソラン様が男とどうこうなんて、考えられないじゃない!」
「ええっ? じゃあ、ソラン様、騙されているってこと?」
「あのマリーを退けるんだから、結構やり手よね」
「要注意だわ。よく見極めて、駄目なら早目に手を打たないと」
「最悪抹殺しないと」
「わたしたちのソランを取り戻さないと」
「そうよね。臭くて汚くてデリカシーのない大飯食らいの男になんて渡せないわよね」
なんだか怖い話になっている。俺はあわてた。
「いや、すごい人だから。なんか、すごい人だったから!」
「あんた、少しは勉強しなさいよ。表現力がソラン様並みよ」
ばっさりと退けられた。ちょっとショックを受ける。御領主に何かを習おうと思っても、ガッとやって、とか、そこでえいってやるんだ、とか、要領を得ない説明しかしてもらえない。
「えー? 俺、あんなに酷くないし……」
その力ない反論は、彼女たちに黙殺された。
そこには多くの人々がひしめいていた。足腰の悪い年寄りから、首の据わらない赤ん坊を抱えた母親までいる。領地にいる領民全員が揃っていた。呼ばれてもいないのに、新御領主が婚約者を連れて帰ってくると聞いて、勝手に集まったのだ。
俺たちは彼らに取り囲まれた。
「あの女性は本当にソラン様か?」
「仲良さそうにしてたのが王太子か?」
「どうなんだ」
「どうなってるんだ」
わあわあよってたかって言われて、あーっ、もうっ、とそれを振り払う。一瞬静まり返ったのをついて、一緒に出迎えた者たちが、口々に感想を披露した。
「すごい美人だったけど、ソラン様だったような気がする。少なくとも馬はソラン様のだった」
「胸があったけど、たぶん、あの手綱さばきはソラン様だと思う」
「女みたいに寄り添っていたけど、声はソラン様だった」
そこで俺も続けた。
「王太子様はすごかった」
「ああ、そうそう。ソラン様が普通サイズの女性に見えた」
「あのソラン様が気のいいおとなしい馬みたいに懐いていたよな」
「平気でソラン様を女性扱いしていた」
どれも当たっているが、圧倒的に表現が足りなくて、俺は苛々と足踏みしつつ叫んだ。
「とにかく、すごかったんだよ!」
すると、皆に笑われた。
「そうかそうか。すごかったか」
「そりゃあ、楽しみだなあ」
親父どもに背中を叩かれ、いいようにあしらわれてしまう。
ああ、違う、違うんだ、と、出てこない言葉の代わりに、手足をじたばたと振り回していると。
「あっ、抱き締めてる」
祭壇の方から驚きの声があがった。いっせいにそちらを見るが、前に人がいるので、窓の向こうが見えない。
「どうしたって!?」
入り口側にいた誰か大声で尋ねる。
「王太子がソラン様を引き寄せた!」
「ソラン様はおとなしく抱かれてる!」
「ずっとそのまんまだ!」
「長いな!」
「あっ、なんかしたかもしれない!」
「なんかって、なんだ?!」
「チューだ、チュー!」
野太い親父の声でそんなことを言うので、どっと笑いが起きる。ほのぼのとした雰囲気があたりに広がった。
一部を除いて。
俺は突然肩を叩かれ、体を割り込ませるようにしてやってきた同年代の女子たちに詰問された。
「マリー姉さんは? 見当たらなかったけど?」
「ああ、いなかったな」
「じゃあ、遠ざけられているのかしら。あのマリー姉さんがついていて、ソラン様が男とどうこうなんて、考えられないじゃない!」
「ええっ? じゃあ、ソラン様、騙されているってこと?」
「あのマリーを退けるんだから、結構やり手よね」
「要注意だわ。よく見極めて、駄目なら早目に手を打たないと」
「最悪抹殺しないと」
「わたしたちのソランを取り戻さないと」
「そうよね。臭くて汚くてデリカシーのない大飯食らいの男になんて渡せないわよね」
なんだか怖い話になっている。俺はあわてた。
「いや、すごい人だから。なんか、すごい人だったから!」
「あんた、少しは勉強しなさいよ。表現力がソラン様並みよ」
ばっさりと退けられた。ちょっとショックを受ける。御領主に何かを習おうと思っても、ガッとやって、とか、そこでえいってやるんだ、とか、要領を得ない説明しかしてもらえない。
「えー? 俺、あんなに酷くないし……」
その力ない反論は、彼女たちに黙殺された。
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