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第十一章 解呪
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「たとえそうであっても、あれらは、そなたの命を狙った。それは、そなたの仕えるアティスの力を削ぐ行為であり、王家への反逆である。それをどう思う」
「領民は領主を選べません。優れた領主の下ならば、彼らは必ずや優れた行いをするでしょう」
「その根拠は」
「アティス殿下の下で、彼らは命懸けで国境を守りました。彼らは殿下を慕い、殿下のご意志を果たさんと、今もバートリエの地を守っております」
「つまり、アティスなら、あれらを有益に御すことができるというのだな?」
「仰せのとおりにございます」
沈黙が落ちた。痛いほどの静寂に覆われた。そこでソランは初めて、広間に居る誰もが固唾を呑んで、陛下とソランの会話に耳を澄ませていたのだと気付いた。
殿下にすがりたかった。不安で堪らなかった。ひどい失敗をした気がしてしかたなかった。なんという差し出口を利いたことか。ソランは緊張のあまり乱れそうになる息を、殊更ゆっくりと繰り返し、無表情を装うのに精一杯だった。
こんな時はどうするのだったか。ソランは祖父の教えを必死に思い出そうとした。ふっと、祖父の人をくった笑みが思い浮ぶ。時に忌々しくもあるが、頼もしいその表情で語っていたことが、脳裏に甦る。
まずは、そう、状況を見定めよ、だ。焦るのは、たいてい状況の定まらない時だ。『その時』まで待つ忍耐が必要だ。状況さえ見誤らなければ、道は自ずと決まるのだから。
だから、ソランは呼吸を整えて陛下の言葉を待った。
「ソラン嬢。今一度問う。その身を生涯アティスに捧げる覚悟はあるか?」
思ってもみなかった問いに、ソランは視線を上げてしまった。陛下のあたたかいまなざしと、その隣で面白がっているような王妃の目に、いつだったかお茶に招かれて、そんな約束をしたような気がすると、ぼんやりと思い出した。考えるより先に返事が口をついて出る。
「はい。我が魂に誓って」
「そうか。では、そなたを聖騎士に叙し、アティスの立太子とともに正式に王太子妃とする」
「はい。かしこまりました」
ソランは、またもや反射的に返事をした。してから、今、何かとんでもないことを公言されたのではなかろうかと、内心でうろたえた。この状況を把握しようと頑張ってみたが、返事とともに下げた頭の中は空回りするばかりで、浮かんでくるのは言葉にならない己の驚愕の叫び声だけだった。
婚約はした。子宝の祈祷、などというものもしてもらった。殿下に一生寄り添うのだという覚悟もある。それでも想像の域を超えなかった『結婚』を、突然現実のものとして目の前に突きつけられて、ソランは混乱していた。
「アティス」
「はい」
「王太子領として先の謀反で接収した領地を、そなたに与える。その兵を使い、西の守りを固めよ。近年のエランサの荒廃は目に余る。隣国の荒廃が今回のように我が国に影響を及ぼす前に、取り除くのだ」
「かしこまりました。御下命に従い、必ずや憂いを取り除きましょう」
ソランは思考を止めたまま、殿下が退出の挨拶を陛下と交わすのを意識の遠くで聞いていた。そしてダニエルやジェナスに続いて、培った鉄壁の外面で、辛うじて挨拶を口にする。雰囲気は和やかだった。が、ソランの心中は嵐だった。
「ソラン」
急に殿下に呼ばれ、そちらへ目を向けると、実に魅力的な笑みでソランへと手を差し伸べていた。必死に暴れる鼓動を押さえ、動揺を取り繕ってきたのに、目にした一瞬ですべてが崩れ去る。ソランは頬と首筋を真っ赤に染めた。
殿下の笑みが深まった。誘うように揺らされた掌に、ソランは自分の手を重ねた。そのまま殿下に促されるのに合わせ、二人一緒に陛下へと礼をする。
ソランの様子は、それまでの硬質さをたたえた美しさとは裏腹に、非常に初々しく可憐だった。
それは、そこに居合わせた人々の中に、嫉妬と羨望と欲望と崇拝と畏敬をいっぺんに植えつけた。
この時ソランは、宮廷の新しい花、それも王太子以外は摘むことを許されない、国一番の高嶺の花として認識されたのだった。
「領民は領主を選べません。優れた領主の下ならば、彼らは必ずや優れた行いをするでしょう」
「その根拠は」
「アティス殿下の下で、彼らは命懸けで国境を守りました。彼らは殿下を慕い、殿下のご意志を果たさんと、今もバートリエの地を守っております」
「つまり、アティスなら、あれらを有益に御すことができるというのだな?」
「仰せのとおりにございます」
沈黙が落ちた。痛いほどの静寂に覆われた。そこでソランは初めて、広間に居る誰もが固唾を呑んで、陛下とソランの会話に耳を澄ませていたのだと気付いた。
殿下にすがりたかった。不安で堪らなかった。ひどい失敗をした気がしてしかたなかった。なんという差し出口を利いたことか。ソランは緊張のあまり乱れそうになる息を、殊更ゆっくりと繰り返し、無表情を装うのに精一杯だった。
こんな時はどうするのだったか。ソランは祖父の教えを必死に思い出そうとした。ふっと、祖父の人をくった笑みが思い浮ぶ。時に忌々しくもあるが、頼もしいその表情で語っていたことが、脳裏に甦る。
まずは、そう、状況を見定めよ、だ。焦るのは、たいてい状況の定まらない時だ。『その時』まで待つ忍耐が必要だ。状況さえ見誤らなければ、道は自ずと決まるのだから。
だから、ソランは呼吸を整えて陛下の言葉を待った。
「ソラン嬢。今一度問う。その身を生涯アティスに捧げる覚悟はあるか?」
思ってもみなかった問いに、ソランは視線を上げてしまった。陛下のあたたかいまなざしと、その隣で面白がっているような王妃の目に、いつだったかお茶に招かれて、そんな約束をしたような気がすると、ぼんやりと思い出した。考えるより先に返事が口をついて出る。
「はい。我が魂に誓って」
「そうか。では、そなたを聖騎士に叙し、アティスの立太子とともに正式に王太子妃とする」
「はい。かしこまりました」
ソランは、またもや反射的に返事をした。してから、今、何かとんでもないことを公言されたのではなかろうかと、内心でうろたえた。この状況を把握しようと頑張ってみたが、返事とともに下げた頭の中は空回りするばかりで、浮かんでくるのは言葉にならない己の驚愕の叫び声だけだった。
婚約はした。子宝の祈祷、などというものもしてもらった。殿下に一生寄り添うのだという覚悟もある。それでも想像の域を超えなかった『結婚』を、突然現実のものとして目の前に突きつけられて、ソランは混乱していた。
「アティス」
「はい」
「王太子領として先の謀反で接収した領地を、そなたに与える。その兵を使い、西の守りを固めよ。近年のエランサの荒廃は目に余る。隣国の荒廃が今回のように我が国に影響を及ぼす前に、取り除くのだ」
「かしこまりました。御下命に従い、必ずや憂いを取り除きましょう」
ソランは思考を止めたまま、殿下が退出の挨拶を陛下と交わすのを意識の遠くで聞いていた。そしてダニエルやジェナスに続いて、培った鉄壁の外面で、辛うじて挨拶を口にする。雰囲気は和やかだった。が、ソランの心中は嵐だった。
「ソラン」
急に殿下に呼ばれ、そちらへ目を向けると、実に魅力的な笑みでソランへと手を差し伸べていた。必死に暴れる鼓動を押さえ、動揺を取り繕ってきたのに、目にした一瞬ですべてが崩れ去る。ソランは頬と首筋を真っ赤に染めた。
殿下の笑みが深まった。誘うように揺らされた掌に、ソランは自分の手を重ねた。そのまま殿下に促されるのに合わせ、二人一緒に陛下へと礼をする。
ソランの様子は、それまでの硬質さをたたえた美しさとは裏腹に、非常に初々しく可憐だった。
それは、そこに居合わせた人々の中に、嫉妬と羨望と欲望と崇拝と畏敬をいっぺんに植えつけた。
この時ソランは、宮廷の新しい花、それも王太子以外は摘むことを許されない、国一番の高嶺の花として認識されたのだった。
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