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第十章 バートリエ事変
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執務室に入ってきたその人と、殿下は固く握手をしてから軽く抱き合った。殿下が他人にそんなに親しげで敬意を表した態度を取るのを、ソランはリングリッド将軍以外で初めて見た。
殿下と挨拶をすますと、その人は真っ直ぐにソランを見て、人懐こい笑顔で会釈した。
「ソラン、ウィシュクレア代表ダニエル・エーランディアだ。ダニエル、彼女は私の婚約者のソラン・ファレノ・エレ・ジェナシスだ」
「お初にお目にかかります。ダニエル・エーランディアと申します。姫にお会いできるとは光栄の至り。夢のようです」
「お噂を聞いて、ぜひお会いしたいと思っていました。私もお会いできてとても嬉しく思います」
彼が、さっと手を差し出してきた。それに合わせて右手を出すと、あたたかく乾いた大きな両手でしっかりと握られ、振られる。
緊張の色もなく合わせる目は明るく楽しそうで、堅苦しくはないが誠実そうな顔をしていた。引き締まった逞しい体とごつごつと荒れた手から、体を使って働いているのだと知れる。三十代半、体力も気力も溢れんばかりに充実しているのが見て取れた。
ソランは不思議な人だと思って、彼をしげしげと見た。会ったばかりなのに、彼には何事であっても安心して任せてしまえるような信頼感を抱かされる。
実際、彼はウィシュクレアの代表である。商人としても指導者としても卓越した手腕を持っているのだろう。その割に威圧感がなく、人に欠片の警戒心も抱かせない。まさに外交向けの才能だった。
彼はにこりと笑って手を離した。ソランも同じように笑い返す。
「お許し願えるなら、宝剣を手にして見せていただきたいのですが」
「よかろう」
殿下が剣を鞘ごとはずし、ソランに手渡してきた。胸の前で少し力を込めて鞘口を切り、そのままスラリと抜き放つ。数瞬前まで確かに剣だったそれが、まるでソランの体の一部のように煌いた。
「確かに」
彼は膝をつき、頭を垂れた。
「我が持てる力のすべてでお仕え申し上げます、宝剣の主(あるじ)方(かた)。どうか私を存分にお使いください」
そこに打算や裏心が見出せず、ソランは率直に疑問をぶつけた。
「なぜ、それほどにつくしてくれようとするのですか?」
「世界の美しさを知っておられるからです」
膝をついたまま顔を上げた彼は、喜びに満ちた表情でそう告げた。
「私は世界の美しさに魅入られているのです。その美しい世界をくまなく見てまわりたくて、商人となりました。主方もまた、世界の美しさを知っておられる。その方々が導く未来にお供したいと思うのは当然ではありませんか」
確かに世界は美しいとは思う。でも、この人は何を以って、人の心持ちをそれほど確信しているのか。
ふっと手の中の感触に剣の存在を思い出し、ソランは会話の途中であったが鞘にしまった。そして、同時に愚問だったと思い返した。
この剣の主であることが証になるのだ。地上に平和を齎そうとした若き将軍の、また、地の守護神の佩剣だったという、これこそが。
殿下に剣を返し、彼に向き直る。
「わかりました。あなたを頼りにします、エーランディア殿」
「殿下と同じくダニエルとお呼びください」
「では、ダニエル殿とお呼びしましょう。私のこともどうぞソランと呼んでください」
もう一度手を差し出し、彼の手を取って立たせる。
「ありがとうございます、ソラン様」
新しく結んだ絆を確かめ強めるように、二人は固く手を握り合った。
殿下と挨拶をすますと、その人は真っ直ぐにソランを見て、人懐こい笑顔で会釈した。
「ソラン、ウィシュクレア代表ダニエル・エーランディアだ。ダニエル、彼女は私の婚約者のソラン・ファレノ・エレ・ジェナシスだ」
「お初にお目にかかります。ダニエル・エーランディアと申します。姫にお会いできるとは光栄の至り。夢のようです」
「お噂を聞いて、ぜひお会いしたいと思っていました。私もお会いできてとても嬉しく思います」
彼が、さっと手を差し出してきた。それに合わせて右手を出すと、あたたかく乾いた大きな両手でしっかりと握られ、振られる。
緊張の色もなく合わせる目は明るく楽しそうで、堅苦しくはないが誠実そうな顔をしていた。引き締まった逞しい体とごつごつと荒れた手から、体を使って働いているのだと知れる。三十代半、体力も気力も溢れんばかりに充実しているのが見て取れた。
ソランは不思議な人だと思って、彼をしげしげと見た。会ったばかりなのに、彼には何事であっても安心して任せてしまえるような信頼感を抱かされる。
実際、彼はウィシュクレアの代表である。商人としても指導者としても卓越した手腕を持っているのだろう。その割に威圧感がなく、人に欠片の警戒心も抱かせない。まさに外交向けの才能だった。
彼はにこりと笑って手を離した。ソランも同じように笑い返す。
「お許し願えるなら、宝剣を手にして見せていただきたいのですが」
「よかろう」
殿下が剣を鞘ごとはずし、ソランに手渡してきた。胸の前で少し力を込めて鞘口を切り、そのままスラリと抜き放つ。数瞬前まで確かに剣だったそれが、まるでソランの体の一部のように煌いた。
「確かに」
彼は膝をつき、頭を垂れた。
「我が持てる力のすべてでお仕え申し上げます、宝剣の主(あるじ)方(かた)。どうか私を存分にお使いください」
そこに打算や裏心が見出せず、ソランは率直に疑問をぶつけた。
「なぜ、それほどにつくしてくれようとするのですか?」
「世界の美しさを知っておられるからです」
膝をついたまま顔を上げた彼は、喜びに満ちた表情でそう告げた。
「私は世界の美しさに魅入られているのです。その美しい世界をくまなく見てまわりたくて、商人となりました。主方もまた、世界の美しさを知っておられる。その方々が導く未来にお供したいと思うのは当然ではありませんか」
確かに世界は美しいとは思う。でも、この人は何を以って、人の心持ちをそれほど確信しているのか。
ふっと手の中の感触に剣の存在を思い出し、ソランは会話の途中であったが鞘にしまった。そして、同時に愚問だったと思い返した。
この剣の主であることが証になるのだ。地上に平和を齎そうとした若き将軍の、また、地の守護神の佩剣だったという、これこそが。
殿下に剣を返し、彼に向き直る。
「わかりました。あなたを頼りにします、エーランディア殿」
「殿下と同じくダニエルとお呼びください」
「では、ダニエル殿とお呼びしましょう。私のこともどうぞソランと呼んでください」
もう一度手を差し出し、彼の手を取って立たせる。
「ありがとうございます、ソラン様」
新しく結んだ絆を確かめ強めるように、二人は固く手を握り合った。
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