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第八章 思い交わす時
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抱き寄せられる感覚に目が覚めた。まだ暗い。侍女が起こしに来るにはだいぶ時間がありそうだった。
ソランは一度目を開けたが、また閉じた。ぬくぬくとして心地よい。もう少し寝ていたい。でも、寝心地のいい体勢になるのに、腕が邪魔だった。寝惚けながら押し退けようとするが、逆にますます引き寄せられる。
「やだ、イアル、邪魔」
ソランは舌足らずに抗議した。
「イアル?」
低い声とともに体が強引にぐるりと仰向けにされ、上から囲われるようにのしかかられる。ソランは驚いて声も出せず、相手を見つめ返した。
「あいつと、寝たのか」
殿下が、聞くだけで身がすくむ恐ろしい声で問いかけた。ソランはどうしてこんなことになっているのか混乱しながらも、答えた。
「子供の頃、眠れなかった時に」
無言で見下ろされる。
「一緒に育ったんです。兄同然です」
「いくつの時だ」
「えーと」
エレイアに行っていた頃だから、一番最後は、
「十四くらいの時でしょうか」
「それでも許せん」
腹立たしげに呟くと、噛みつくように口付けた。ひとしきり散々ソランを翻弄した後、ソランの頭の横に顔を埋めて、
「いったい何の拷問だ、自分で自分の首を絞めているようだ」
と呻いた。重たげに身を起こし、ソランの傍らに寝転がる。ソランは殿下を刺激したくなくて、動かないようにじっとしていた。
しばらく大人しくしていると、急に声をかけられた。
「おまえの両親はどこにいる?」
「今は王都におります」
「名はなんという?」
ソランはとっさに答えられなかった。今さら隠すことはないと思うのだが、どうにも言いにくい。
「どうした?」
殿下が頭だけ動かして、ソランを見る。ソランは無意識に天井を、というより、殿下の反対側に目をやった。
「父の名は、ティエン・コランティアです」
ベッドが波打った。殿下が急に起き上がったのだ。
「まさか。リリア・コランティアの第一子は」
「生きています。私です」
ソランは恐る恐る殿下へと視線を向けた。呆然としている。あまりの申し訳なさに、思わず謝った。
「申し訳ありません」
「いや、おまえが謝ることではないのだが」
そう言いはしたものの、殿下は布団に突っ伏した。
「あの腹黒親爺め。あああ、くそ。こうなったら、毒を食らわば皿までだ。受けて立つしかない」
毒?
「何を受けて立つのですか?」
「昔、ティエンに、将来妻になる女のために、武術の稽古も勉強もしなければいけないと、しつこく言われて、おまえの娘など、頼まれたって欲しくないから安心しろ、と言い返してやったのだ。息子しかいないと思っていたからな。あいつは爽やかな似非笑顔で、それは楽しみですね、と意味の通らない返事をしていたのだが」
悔しそうにソランを見る。そして、急に焦った声を出した。
「ちょっと待て、ティエンとリリアに、ルティンもか。アーサーは当然として、陛下と王妃陛下もご存知だったのだな?」
「はい」
「他は?」
「ミアーハ嬢とエルファリア殿下も。それにリングリッド将軍もです」
殿下の顔は、最早引き攣っていた。
「あいつら、全員、グルで私をかついでいたのか!」
ばたり、と仰向けに倒れ、顔の上に腕を二つとも載せた。
「やってられるか!」
殿下は吼えた。ソランは慌てて殿下の口を手で覆った。隣室には侍女が待機している。聞こえれば、様子を見にやってくるだろう。
大抵のことには疎いソランでも、この状況を見られるのは避けたほうがよいことはわかっていた。
案の定、部屋の外からノックの音がした。ソランは起き上がって、なんでもないと返事をしようとした。
殿下は口に当てられたソランの手を外して、自分の唇の前に指を一本立て、しっ、と封じる仕草をした。そして、ベッドから下りる。そのまま自分の部屋に戻るのかと、淋しいような思いで見送っていたら、なぜかノックのあった扉へと向かった。
「殿下!?」
ソランは小声で呼んだ。振り向き、ニッと笑う。その表情が見えるのに、ずいぶんあたりが明るくなっていたことに気が付いた。
「殿下、駄目です!」
ソランもベッドから這い出ようとしたが、殿下が取っ手に手を掛け、扉を開けるほうが早かった。
ソランの場所からでは、誰が寝ずの番をしていたのか見えなかった。相手の返事も聞こえない。ただ、殿下の声だけが聞き取れた。
「私がいるから、大事無い。もう少し寝かしておきたい。静かにしておいてやってくれ」
扉は再び何事もなかったかのように閉められ、殿下も当然のような顔で帰ってくる。
「なぜ、あんなことを」
「こそこそするのは性に合わん。これからこうやって過ごす度に、私に隠れろというのか?」
ソランは真っ赤になった。
――これから? 過ごす度に?
抱きしめてもらっているうちに、いつの間にか眠ってしまっただけだったが、急に恥ずかしくてたまらなくなった。
殿下は楽しげに笑ってベッドに入ってくると、自然な動作でソランを抱き寄せた。
「まだ早いだろう。もう少し寝るぞ」
眠れるわけがなかった。殿下もそうなのだろう。時折頭の上に口付けが降ってくるのを感じながら、ソランはまんじりともせず、起床時間を待った。
ソランは一度目を開けたが、また閉じた。ぬくぬくとして心地よい。もう少し寝ていたい。でも、寝心地のいい体勢になるのに、腕が邪魔だった。寝惚けながら押し退けようとするが、逆にますます引き寄せられる。
「やだ、イアル、邪魔」
ソランは舌足らずに抗議した。
「イアル?」
低い声とともに体が強引にぐるりと仰向けにされ、上から囲われるようにのしかかられる。ソランは驚いて声も出せず、相手を見つめ返した。
「あいつと、寝たのか」
殿下が、聞くだけで身がすくむ恐ろしい声で問いかけた。ソランはどうしてこんなことになっているのか混乱しながらも、答えた。
「子供の頃、眠れなかった時に」
無言で見下ろされる。
「一緒に育ったんです。兄同然です」
「いくつの時だ」
「えーと」
エレイアに行っていた頃だから、一番最後は、
「十四くらいの時でしょうか」
「それでも許せん」
腹立たしげに呟くと、噛みつくように口付けた。ひとしきり散々ソランを翻弄した後、ソランの頭の横に顔を埋めて、
「いったい何の拷問だ、自分で自分の首を絞めているようだ」
と呻いた。重たげに身を起こし、ソランの傍らに寝転がる。ソランは殿下を刺激したくなくて、動かないようにじっとしていた。
しばらく大人しくしていると、急に声をかけられた。
「おまえの両親はどこにいる?」
「今は王都におります」
「名はなんという?」
ソランはとっさに答えられなかった。今さら隠すことはないと思うのだが、どうにも言いにくい。
「どうした?」
殿下が頭だけ動かして、ソランを見る。ソランは無意識に天井を、というより、殿下の反対側に目をやった。
「父の名は、ティエン・コランティアです」
ベッドが波打った。殿下が急に起き上がったのだ。
「まさか。リリア・コランティアの第一子は」
「生きています。私です」
ソランは恐る恐る殿下へと視線を向けた。呆然としている。あまりの申し訳なさに、思わず謝った。
「申し訳ありません」
「いや、おまえが謝ることではないのだが」
そう言いはしたものの、殿下は布団に突っ伏した。
「あの腹黒親爺め。あああ、くそ。こうなったら、毒を食らわば皿までだ。受けて立つしかない」
毒?
「何を受けて立つのですか?」
「昔、ティエンに、将来妻になる女のために、武術の稽古も勉強もしなければいけないと、しつこく言われて、おまえの娘など、頼まれたって欲しくないから安心しろ、と言い返してやったのだ。息子しかいないと思っていたからな。あいつは爽やかな似非笑顔で、それは楽しみですね、と意味の通らない返事をしていたのだが」
悔しそうにソランを見る。そして、急に焦った声を出した。
「ちょっと待て、ティエンとリリアに、ルティンもか。アーサーは当然として、陛下と王妃陛下もご存知だったのだな?」
「はい」
「他は?」
「ミアーハ嬢とエルファリア殿下も。それにリングリッド将軍もです」
殿下の顔は、最早引き攣っていた。
「あいつら、全員、グルで私をかついでいたのか!」
ばたり、と仰向けに倒れ、顔の上に腕を二つとも載せた。
「やってられるか!」
殿下は吼えた。ソランは慌てて殿下の口を手で覆った。隣室には侍女が待機している。聞こえれば、様子を見にやってくるだろう。
大抵のことには疎いソランでも、この状況を見られるのは避けたほうがよいことはわかっていた。
案の定、部屋の外からノックの音がした。ソランは起き上がって、なんでもないと返事をしようとした。
殿下は口に当てられたソランの手を外して、自分の唇の前に指を一本立て、しっ、と封じる仕草をした。そして、ベッドから下りる。そのまま自分の部屋に戻るのかと、淋しいような思いで見送っていたら、なぜかノックのあった扉へと向かった。
「殿下!?」
ソランは小声で呼んだ。振り向き、ニッと笑う。その表情が見えるのに、ずいぶんあたりが明るくなっていたことに気が付いた。
「殿下、駄目です!」
ソランもベッドから這い出ようとしたが、殿下が取っ手に手を掛け、扉を開けるほうが早かった。
ソランの場所からでは、誰が寝ずの番をしていたのか見えなかった。相手の返事も聞こえない。ただ、殿下の声だけが聞き取れた。
「私がいるから、大事無い。もう少し寝かしておきたい。静かにしておいてやってくれ」
扉は再び何事もなかったかのように閉められ、殿下も当然のような顔で帰ってくる。
「なぜ、あんなことを」
「こそこそするのは性に合わん。これからこうやって過ごす度に、私に隠れろというのか?」
ソランは真っ赤になった。
――これから? 過ごす度に?
抱きしめてもらっているうちに、いつの間にか眠ってしまっただけだったが、急に恥ずかしくてたまらなくなった。
殿下は楽しげに笑ってベッドに入ってくると、自然な動作でソランを抱き寄せた。
「まだ早いだろう。もう少し寝るぞ」
眠れるわけがなかった。殿下もそうなのだろう。時折頭の上に口付けが降ってくるのを感じながら、ソランはまんじりともせず、起床時間を待った。
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