暁にもう一度

伊簑木サイ

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第八章 思い交わす時

1-4

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 護衛たちが異常がないのを確認して戻ってきた。

「まわりを一歩きしないか」

 腕を差し出されながら誘われ、自然と殿下と腕を絡める。ふと我に返って隣を見上げると、当然のことながらとんでもなく近いところに横顔があって、心臓が一つ強く打った。こちらを見下ろそうとする気配に、急いで湖へと顔を向ける。

「溺れられて、どうやって助かったのですか?」
「大人の背ではたいしたことはない場所だったから、傍で見ていた者が引きあげてくれた」

 見ていたとは、それはまた暢気な大人もいたものである。

「それはどなたですか? 私の知っている方ですか?」
「リリア・コランティアだ」

 ソランは草の根につまずいた。ろくでもない話題に母が出てきたのと、殿下に体を支えられたので、ありえないくらい鼓動が速くなる。

「大丈夫か」
「あ、すみません。ありがとうございます」

 こんなに近くで視線が合うのに耐えられない。ソランは意識をそらすために、とっさに尋ねた。

「リリア殿とは、よくこちらにいらしたのですか?」
「ん? ああ、そうだ。彼女に子供ができるまでのしばらくの間、そうだな、一年くらいか、当時、私は遊び相手と認識していたのだが、もしかしたら護衛だったのかもしれん」

 殿下は遠い目をした。

「どんな遊びをされたのですか?」
「ここでは、泳いだり、釣りもしたな。兄上より大きいのが捕れて嬉しくて、取っておこうと持って帰ったら、道中に腐って酷い目にあったことがある」
「エルファリア殿下も?」

 意外で聞き返す。

「ああ。それからすぐだったのだ、体を壊されたのは」

 一瞬、物憂げな顔をしたが、一呼吸で気持ちを入れ替え、穏やかに続きを語ってくれる。

「王宮では剣や乗馬にも付き合ってくれたが、一番のめりこんだのは、かくれんぼだな。ほぼ毎日朝から晩までやったような記憶がある」

 両親の話では、手を焼く悪戯坊主という感じだったが、殿下が語ると、一心に遊ぶ子供という感じだ。それが真実なのだろう。その微笑ましさに、ソランは笑んだ。殿下も目が合い、笑い返してくる。

「これにはオチがあって、私は夢中になるあまり、剣の稽古も勉強もすべてすっぽかしてしまったのだ。大人たちは業を煮やしたのだろうな。獣捕獲用の罠を仕掛けられて、捕まえられた。こう、ばさーっと網が目の前に立ち上がって、次の瞬間には空中に吊り上げられていた」

 殿下は空いた片手で、網の様子と吊り上げられる様子を示した。

「その後、縄で縛りあげられて、木に吊るされた。その下でティエンがわざと眠くなる講義をして、うとうとするたびに、リリアに鼻を摘まれて起こされたのだ。まあ、それくらいならどうということはなかったのだが、兄上に酷く叱られてな。それ以来、勉強も稽古もきちんとすることにした」

 殿下の中では、捕獲されて吊るされた思い出も、楽しいものの一つに分類されているようだ。ソランは密かに胸を撫で下ろした。

「おまえはどんな遊びをしたのだ?」

 幼い頃を思い返す。

「そうですね……。今にして思えば、あれは武術の訓練だったのでしょう。私はてっきり遊びだと思っていたのですが。ナイフを投げたり、剣を振りまわしたり、取っ組み合いをしたりしました。あとは川で沢蟹を捕ったり、銛で魚を突いたり、ウサギも追いかけて捕まえて食べましたし、投げ石って知ってらっしゃいますか?」
「知らんな」
「ロープの両端に石を縛り付けただけの物なのですが、これが的に当たると、ロープが巻きつくんです。それで鳥を捕ったり」
「捕る話ばかりだな」
「そうですね。おかしいですね」

 ソランは首を捻った。

「投げ縄をして馬の首に掛けて、引きずられて死ぬところだったこともありますね。牛でもやって、踏み潰されるところでした」

 殿下は噴き出した。

「小さい頃からおまえはおまえだな。今とそれほど変わらない」
「そんなことはないでしょう」
「いいや。幼いおまえが容易に想像できる。まわりの大人たちは、ずいぶん手を焼いたのではないか?」
「その言葉はそのままお返しいたします。それに私は、そういったことで叱られた覚えはないです」

 自分のことは棚に上げて、何を言うのかと、ソランはむきになって反論した。

「ああ、そんな感じだな。アーサーが言っていた。部下は皆、おまえに甘いと」

 それはそのとおりなので、言い返せなかった。

「おまえは伸び伸びと育ったのだな」

 見たこともないほど優しく微笑む。それに心臓が不規則に跳ねる。ソランは息が止まるかと思った。

「よかったな」

 ソランの幸いを殿下も己の幸いとして喜んでくれているのがわかった。
 幸福だと思った。痛いくらいに、泣きたいくらいに。

「ありがとうございます」

 鼻の奥がツンとして、それを隠すためにソランは微笑んでみせてから、そっと俯いた。
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