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第六章 変化(へんげ)
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ディーはまず、先日死んだ者たちの名を挙げた。どちらとも言葉を交わしたことはなかったが、顔は見知っていた。
それから怪我をした者の名前、当時薬で眠らされた者の名前、駆けつけた者の順番。
そして、薬を盛った者の名前。
「ケイン殿が?」
ソランは驚きに目を見開いた。まさか、という思いが体中を駆け巡る。
「間違いないよ。宿屋の主人も、薬で眠らされた者たちも、それに本人も認めた」
「隠す気もなかったと? どういうことですか。はじめから死ぬ気であったとでも?」
「さあ。薬を渡した人物についてはペラペラ喋ってくれたけど、動機についてはさっぱり」
「薬は睡眠薬だったのですよね?」
確かあの時、殿下から、他の者は眠らされていると聞いた。
「そう。あの日、ケイン殿は差し入れに飲み物を持ってきた。プレブールだったそうだ」
軽い酒だ。ほとんど水と同じに飲まれる。
「たとえ軽くても、普通は任務中に酒は飲まないもんだけどね。王女が引きあげられた直後で、王妃からの労いの酒だと言ったそうだよ。それに、あれしきで酔う者は、そもそも酒に口をつけないしね。上におられる殿下には、自分で持っていくと言ったそうだけど、殿下の所には現れなかった。途中の部屋に酒ビンが置かれているのも見つかった。そこには確かに睡眠薬が入っていた」
そうして眠りについた者は見逃され、殿下と、同じ室内にいた四人の護衛だけが狙われた。
「侵入者たちは、殿下方が起きていらしたのに驚いた様子だったそうだけどね」
「では、騙されたという線は薄いのですね」
自分の手の中にあったはずの薬を、殿下には届けなかったのだから。それは躊躇ったということだ。最後の最後で。
「何か弱みを握られているのでは」
「うん。たとえそうであっても、彼の罪を減ずることはできない。何も知らないでやったとしても重罪なのに、彼はわかっていてやった」
視察中に襲われた時の姿を思い出す。あの切羽詰った状況で、剣で矢を振り払えもしないくせに、彼は殿下の前から動こうとはしなかった。
なのに、どうして。
「死んだ護衛の名を挙げたら、真っ青になって震えていたよ。ソラン殿やイアル殿が重傷で生死の境を彷徨っていると話した時には、泣いていた」
ディーは壁に冷たいまなざしを据えて話した。
「……あれは失敗だった。情にほだされて話すかと思ったのだけど。あれ以来口を噤んで、一言も喋らなくなってしまった」
そして、ソランに視線を向けた。冷徹な表情のままで。
「教えて欲しい。自白を強要できる毒を知っている? 知らなければ、拷問に掛けるしかないんだけど」
「知っています」
ケインを助けることはできない。助けてはならない。明らかに殿下を狙った者を、情で以って許すなど、前例を作ってはならない。
……それでも。
「そう。よかった。調合をお願いできるかな」
「わかりました。いつまでに用意すればよいですか?」
「時間はどのくらいかかるの?」
「器具を薬剤部に借りてくれば、今夜中にでも。ただ、尋問には私も加わります」
「なぜ?」
「彼は何も口にしないのではないですか?」
彼は死を願っているにちがいない。……ソランの知っているケイン、ならば。
「うん。その通りだ」
「経口の薬は量の調節が難しいのです。多ければ死に至ってしまう。足りなければ効かない。口に含ませるのが難しいというのなら、香のタイプが良いと思うのですが、これは毒消しを飲んでいても、長時間さらされていると、こちらの意識も犯されます。それを判断するのに、私が付いていなければなりません」
半ばこじつけだった。薬を飲ませる方法なら、いくらでもある。香についても、時間を区切って経過を見に行けばいいだけだ。
だが、どうしても彼に会いたかった。話を聞きたかった。何ができるのかわからない。でも、このまま死なせたくなかった。
「必要ならば、そうするしかないね。殿下、ご許可をいただけますか?」
「仕方あるまい。許可を出そう。すぐに取り掛かれ」
その声も、冷たく重いものだった。
それから怪我をした者の名前、当時薬で眠らされた者の名前、駆けつけた者の順番。
そして、薬を盛った者の名前。
「ケイン殿が?」
ソランは驚きに目を見開いた。まさか、という思いが体中を駆け巡る。
「間違いないよ。宿屋の主人も、薬で眠らされた者たちも、それに本人も認めた」
「隠す気もなかったと? どういうことですか。はじめから死ぬ気であったとでも?」
「さあ。薬を渡した人物についてはペラペラ喋ってくれたけど、動機についてはさっぱり」
「薬は睡眠薬だったのですよね?」
確かあの時、殿下から、他の者は眠らされていると聞いた。
「そう。あの日、ケイン殿は差し入れに飲み物を持ってきた。プレブールだったそうだ」
軽い酒だ。ほとんど水と同じに飲まれる。
「たとえ軽くても、普通は任務中に酒は飲まないもんだけどね。王女が引きあげられた直後で、王妃からの労いの酒だと言ったそうだよ。それに、あれしきで酔う者は、そもそも酒に口をつけないしね。上におられる殿下には、自分で持っていくと言ったそうだけど、殿下の所には現れなかった。途中の部屋に酒ビンが置かれているのも見つかった。そこには確かに睡眠薬が入っていた」
そうして眠りについた者は見逃され、殿下と、同じ室内にいた四人の護衛だけが狙われた。
「侵入者たちは、殿下方が起きていらしたのに驚いた様子だったそうだけどね」
「では、騙されたという線は薄いのですね」
自分の手の中にあったはずの薬を、殿下には届けなかったのだから。それは躊躇ったということだ。最後の最後で。
「何か弱みを握られているのでは」
「うん。たとえそうであっても、彼の罪を減ずることはできない。何も知らないでやったとしても重罪なのに、彼はわかっていてやった」
視察中に襲われた時の姿を思い出す。あの切羽詰った状況で、剣で矢を振り払えもしないくせに、彼は殿下の前から動こうとはしなかった。
なのに、どうして。
「死んだ護衛の名を挙げたら、真っ青になって震えていたよ。ソラン殿やイアル殿が重傷で生死の境を彷徨っていると話した時には、泣いていた」
ディーは壁に冷たいまなざしを据えて話した。
「……あれは失敗だった。情にほだされて話すかと思ったのだけど。あれ以来口を噤んで、一言も喋らなくなってしまった」
そして、ソランに視線を向けた。冷徹な表情のままで。
「教えて欲しい。自白を強要できる毒を知っている? 知らなければ、拷問に掛けるしかないんだけど」
「知っています」
ケインを助けることはできない。助けてはならない。明らかに殿下を狙った者を、情で以って許すなど、前例を作ってはならない。
……それでも。
「そう。よかった。調合をお願いできるかな」
「わかりました。いつまでに用意すればよいですか?」
「時間はどのくらいかかるの?」
「器具を薬剤部に借りてくれば、今夜中にでも。ただ、尋問には私も加わります」
「なぜ?」
「彼は何も口にしないのではないですか?」
彼は死を願っているにちがいない。……ソランの知っているケイン、ならば。
「うん。その通りだ」
「経口の薬は量の調節が難しいのです。多ければ死に至ってしまう。足りなければ効かない。口に含ませるのが難しいというのなら、香のタイプが良いと思うのですが、これは毒消しを飲んでいても、長時間さらされていると、こちらの意識も犯されます。それを判断するのに、私が付いていなければなりません」
半ばこじつけだった。薬を飲ませる方法なら、いくらでもある。香についても、時間を区切って経過を見に行けばいいだけだ。
だが、どうしても彼に会いたかった。話を聞きたかった。何ができるのかわからない。でも、このまま死なせたくなかった。
「必要ならば、そうするしかないね。殿下、ご許可をいただけますか?」
「仕方あるまい。許可を出そう。すぐに取り掛かれ」
その声も、冷たく重いものだった。
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