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第六章 変化(へんげ)
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「ソラン殿、ソラン殿」
ひどく切羽つまった呼び声に、意識が反応する。一度反応してしまった意識は、体の感覚と簡単に結びついてしまう。
体を揺さぶられ、頬まで叩かれている。煩わしさに腕で払いのけた。
「ソラン殿」
「……はい」
ソランは目を開けた。
「大丈夫なのか? どこか具合悪いのか?」
ディーが顔を覗きこみ、矢継ぎ早に聞いてくる。その後ろの見慣れない建物の内部構造に一瞬戸惑うが、漂った血の臭いに、眠る前に何があったのかを思い出した。
「いいえ、大丈夫です。ちょっとうたた寝を」
「は? こんな場所で?」
「ええ、そんな気分で。あれからどれくらい経ちましたか?」
「まだ二時間はいってないよ」
「そうですか。それでどうしましたか?」
冷静に聞き返す。気持ちはすっかり落ち着いていた。ソランはさっきあったことを、強制的に自分から切り離してしまっていた。己の感情に囚われなければ、物事を俯瞰することができる。
ディーはソランを観察しながら黙りこんだ。ソランは居心地悪く、謝罪する。
「もう平気です。先ほどはお見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」
「いいや。イアル殿は大丈夫なの?」
「体力だけはありますから。まあ、運が悪ければわかりませんが。遣り残したことがあるので、意地でも帰ってくるでしょう」
言いながら、新たに見えてきた事実に腹が立ってくる。
――まったく、あんな約束でマリーを泣かせるなんて。戻ってきたら、一発殴り飛ばさないと気がすまない。
命に代えて守るなんて、当たり前である。ソランは次期領主で、イアルはその片腕だ。そんな決まりきったことでマリーを縛るなんて、最低だ。
それに、命は軽々しく懸けるものではない。ソランですら、殿下に対してそんなことは思ったことがない。殿下も守って自分も生き残る。だいたい死んでしまったら守れない。覚悟が甘いとしか言いようがなかった。
――私が死ぬまで、あいつは扱き使ってやる予定なのだから、簡単に死んでもらっては困る。
もっとも、ソランのヘマを穴埋めしたから、ああいうことになったのだが、それはそれ、これはこれである。
ふん、とソランは不機嫌に息を吐いた。
「それで、御用は?」
「殿下がお呼びだ」
そう言いながら、ディーはソランをしげしげと見て、ふっと笑った。
「大丈夫そうだね」
ソランは照れくさくなって、視線をそらした。
「一度、イアルを見ていっていいですか?」
「うん。でも、急いで」
「はい」
ディーを廊下に残し、音がしないようにそっと扉を開け、ソランは中に忍びこんだ。少し離れたままベッドの方をうかがう。
マリーはイアルの手を握って、泣きつかれて眠っていた。あまり静かにイアルが寝ているので、不安になり、よく目を凝らす。――ああ、大丈夫だ。ちゃんと胸が呼吸に合わせて動いている。
これ以上近づけば、マリーは目を覚ましてしまうだろう。眠りは人の心を癒す。今はまだ、この平穏を破りたくなかった。
ソランは再び静かに部屋を出た。そしてディーに先導されて、殿下の許へと向かった。
ひどく切羽つまった呼び声に、意識が反応する。一度反応してしまった意識は、体の感覚と簡単に結びついてしまう。
体を揺さぶられ、頬まで叩かれている。煩わしさに腕で払いのけた。
「ソラン殿」
「……はい」
ソランは目を開けた。
「大丈夫なのか? どこか具合悪いのか?」
ディーが顔を覗きこみ、矢継ぎ早に聞いてくる。その後ろの見慣れない建物の内部構造に一瞬戸惑うが、漂った血の臭いに、眠る前に何があったのかを思い出した。
「いいえ、大丈夫です。ちょっとうたた寝を」
「は? こんな場所で?」
「ええ、そんな気分で。あれからどれくらい経ちましたか?」
「まだ二時間はいってないよ」
「そうですか。それでどうしましたか?」
冷静に聞き返す。気持ちはすっかり落ち着いていた。ソランはさっきあったことを、強制的に自分から切り離してしまっていた。己の感情に囚われなければ、物事を俯瞰することができる。
ディーはソランを観察しながら黙りこんだ。ソランは居心地悪く、謝罪する。
「もう平気です。先ほどはお見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」
「いいや。イアル殿は大丈夫なの?」
「体力だけはありますから。まあ、運が悪ければわかりませんが。遣り残したことがあるので、意地でも帰ってくるでしょう」
言いながら、新たに見えてきた事実に腹が立ってくる。
――まったく、あんな約束でマリーを泣かせるなんて。戻ってきたら、一発殴り飛ばさないと気がすまない。
命に代えて守るなんて、当たり前である。ソランは次期領主で、イアルはその片腕だ。そんな決まりきったことでマリーを縛るなんて、最低だ。
それに、命は軽々しく懸けるものではない。ソランですら、殿下に対してそんなことは思ったことがない。殿下も守って自分も生き残る。だいたい死んでしまったら守れない。覚悟が甘いとしか言いようがなかった。
――私が死ぬまで、あいつは扱き使ってやる予定なのだから、簡単に死んでもらっては困る。
もっとも、ソランのヘマを穴埋めしたから、ああいうことになったのだが、それはそれ、これはこれである。
ふん、とソランは不機嫌に息を吐いた。
「それで、御用は?」
「殿下がお呼びだ」
そう言いながら、ディーはソランをしげしげと見て、ふっと笑った。
「大丈夫そうだね」
ソランは照れくさくなって、視線をそらした。
「一度、イアルを見ていっていいですか?」
「うん。でも、急いで」
「はい」
ディーを廊下に残し、音がしないようにそっと扉を開け、ソランは中に忍びこんだ。少し離れたままベッドの方をうかがう。
マリーはイアルの手を握って、泣きつかれて眠っていた。あまり静かにイアルが寝ているので、不安になり、よく目を凝らす。――ああ、大丈夫だ。ちゃんと胸が呼吸に合わせて動いている。
これ以上近づけば、マリーは目を覚ましてしまうだろう。眠りは人の心を癒す。今はまだ、この平穏を破りたくなかった。
ソランは再び静かに部屋を出た。そしてディーに先導されて、殿下の許へと向かった。
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