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恋人の命を守るために、「恋人と共に歩んできた過去」と「恋人からの想い」のどちらを犠牲にしますか?

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 親友が、妙な手紙を寄こした。

『明日、僕を恋人の許へ連れて行ってくれ。僕が何を言って断ろうとも、殴っても縛りあげてもいいから、彼女の許へ必ず連れて行ってくれ。頼む。』

 ひどく乱れた走り書き。とうとう何かあったのかと、僕は手紙を受け取ったその足で、彼の家を訪ねた。
 だが、応対に出てきた家令に、彼は恋人フェリア嬢に会いにいっていると聞き、思わず尋ね返した。

「彼女は、まだ」

 すべてを口にする前に、あまりに不謹慎な内容に気付き、途中で口を噤んだ。
 そう。フェリア嬢は、まだ十七という若さなのに、不治の病に侵されているのだ。刻々と悪化する病状に、親友は救う手立てを必死に探して奔走していた。

「はい。生きておられます。若様は、とうとう救う手立てを見つけられたそうで、それで今、あちらに伺っておられるのです」
「ああ、そうだったのか。それは良かった。実は、明日、彼とフェリア嬢の見舞いに行く約束をしていてね。明日は素晴らしい日になりそうだ。楽しみにしていると、彼に伝えてくれ」

 ところが翌日訪ねて行くと、彼はフェリア嬢など知らないと言った。

「何を言ってるんだ。あんなに恋い焦がれて、その強面がみっともなくゆるむ様は、見ていられないくらいだったのに」

 何かサプライズを隠しているか、冗談を言っているのだろうと、にやにやとからかってやったら、彼は本気で困惑した様子になった。

「本当に、知らないんだ。……俺には、恋人が居たのか?」
「居たさ! ようやく彼女の病気を治す術を見つけたんじゃないのか!? ずっとそのために、金も暇も惜しまず、手立てを探していたじゃないか!」
「そう……なのか? そう、か。そうなんだな」

 彼は自分の胸元のシャツを、皺になるほど握りしめた。

「今朝、目が覚めてから、ぽっかりとここに穴があいたようで、だけど、そう思うたびに堪らない気持ちになって、心臓が引き絞られるように痛むんだ」

 僕は、は、と気の抜けた笑いをこぼした。何か様子は変だが、彼は彼だと確信できたからだ。

「ああ、それ、彼女を口説き落とす前によく言ってたやつだ。……ああ、もう、なんだかよくわからないけど、僕について来なよ。理由は、昨日の自分に聞いてくれ」

 昨日貰った手紙を押しつける。彼は、彼女の屋敷に向かう馬車の中で、たしかに自分の筆跡であるその手紙を、食い入るように見つめていた。



「ユアン様!」

 彼の訪れを待っていたのだろう、玄関ホールでうろうろしていたらしいフェリア嬢は、先日までの青色吐息が嘘のように、薔薇色の頬で親友の胸元に飛び込んだ。
 病を治す手立てが見つかったのは本当だったらしい。僕はとりあえず胸を撫で下ろした。これで、親友の記憶喪失(?)にショックを受けて儚くなることはないだろう。
 フェリア嬢の、淑女としての礼儀がどうとか、もう一人の客人である僕が目に入っていないとか、そういう些末を言うつもりもない。……下手をすると、この先に待っているのは修羅場だ。僕は固唾を吞んで、親友の表情を見守った。

「貴女が、フェリア嬢ですか?」
「そうです。私がフェリアです」

 彼女は潤んだ瞳で我が親友を見上げた。我が親友といえば、飛び込まれて反射的に抱き留めたままの格好で、うっとりと彼女を見つめ返した。

「俺の恋人の?」
「ええ、そうです」

 と、彼は突然、ギュウと彼女を抱きしめた。

「ああ。そうだ、君だ。胸の穴がふさがった」
「胸の穴?」
「今朝目が覚めてから、ずっと、胸に穴があいたようで。でも、君とこうしていると、満たされる。ここにいたのは君なんだって、わかる」
「ユアン様」

 彼女も感極まったように、彼の背にまわした手で、彼の上着を強くつかんだ。
 涙声で囁く。

「よかった……。ユアン様、お慕いしています」
「ああ。俺も」

 それから始まった熱烈なラブシーンを眺めているわけにもいかず、僕はフェリア嬢の家の家令を手招きして、事の次第を問いただした。

 曰く、昨日、親友が怪しげな魔女を連れてきて、フェリア嬢の病を治した。が、その代償に魔女が要求したのは、「恋人と共に歩んできた過去」か「恋人からの想い」。そこで我が親友は、「恋人と共に歩んできた過去」を選んだのだと。

「何度忘れても、俺は君に恋をする」と、言い切って。

 なんだか僕は馬鹿馬鹿しくなって、溜息を零した。彼女を口説き落とすまでも、さんざん道化役をやらされたが、今回もそうらしい。この波乱万丈な恋人たちには、まったくもって付き合っていられない。

「僕は先に帰らせてもらうって、ユアンに伝えてくれ。あ、それと、フェリア嬢に、快癒おめでとうございますと、これを」

 華やかな花束を家令に渡す。
 恭しく受け取った家令が、僕のことなどすっかり忘れている主人たちに代わって、慇懃に見送ってくれた。
 紳士らしく落ち着いて歩くはずが、少々弾んだ足取りになってしまったのは、僕と家令と御者だけの秘密だ。
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