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8 初めての逡巡
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「誰ともつきあったこと、ないの?」
「……ないです」
「初恋もまだ?」
「そ、そのくらいはっ」
反論しようと顔を上げれば、ちょっと首を傾げた毅さんが、こちらを見ていて。
「初恋はいつ? 誰? 告白したの?」
矢継ぎ早な質問に、しどろもどろに答える。
「しょ、小学校六年生の時。クラスの子で、こ、告白なんて、してません、見ていただけで」
「ふうん。じゃあ、誰かに好きって言ったことはないんだ?」
「……ないです」
「そう。……ねえ、なにもしないから、布団に入ろうか。体が冷えてきた」
私は頷いた。さっきはあんなに体が熱かったのに、確かに肌寒く感じた。
毅さんが掛け布団を上げて、ゆっくりと近付いてくる。私も一緒に、その下に入った。
枕もそのまま中に入れる。ちょうど二人の間で、防波堤みたいになった。彼はそれを見て、苦笑した。
お互い、向き合うようにして、もぞもぞと居心地のいい姿勢を探した。人心地ついたところで、なんとなく見つめ合う。
「あのさ。今さらだけど。俺は、本当に、ちゃんと藍子……が好きだよ」
名前の後の間は、さんを付けようか迷ったのだと、わかった。
「初めて会った時から、いいなと思ってた」
すぐに続けられたまっすぐな言葉に、どきんとする。
「だから、改めて、結婚を前提につきあってほしい」
私は、考えた。考えて考えて、考えてみたけど、どうしたらいいのか、答えが出てこない。
だって、結婚を前提にって、これまでのお試しみたいな、いつ無しに戻してもいいような、そういうおつきあいじゃない。
大家さんや、両親や、そういう人にも、話がいくようなつきあいになる。
本当に、この人と結婚するの? それって、どうやって決断するの? 一生を共にする人を、どうやって選ぶの? もしも、この人じゃ嫌だってなったら、どうすればいいの?
今の私には、重かった。そんなところまで、考えてなかった。ただ、このままでいてはいけないと思って、紹介してもらったのが、この人だったってだけだった。
なのに、この人との縁を切ってしまうのも、躊躇われる。
「わからない、です……」
彼が答えを待っているのを感じて、私は答えにもならない答えをしぼりだして返した。
しばらくすると、衣擦れの音がして、彼の手が布団の中から出てきた。それが伸びてきて、びくりと体をすくませる。
彼の指が、頬に掛かっていた髪を払った。優しく何度か往復して、すっかり後ろに流してくれる。そのまま、頬に留まった。
「俺に触られるのは、嫌?」
私は彼の手の下で、横に顔を振った。すると、手が肩にまわり、背中にいった。首の下から肩甲骨のあたりまで、撫でられる。
「こうするのは?」
嫌ではなかった。あたたかですべらかな感触が、心地よかった。
私がまた横に首を振ると、彼の体が近付いてきて、枕ごと、抱え込まれた。
「じゃあ、これは?」
さっき膝の上で抱き締められたのと同じ、包み込まれる感触に、ふわりと安堵が広がる。本当に、心の底からの安心感。くたりと体から力が抜けていく。
なんかこの人ずるい、と思いながらも、私は正直に、三度目も横に首を振った。
「ねえ、キスしたい。嫌だったら、逃げて」
次には、吐息のかかりそうな距離で、そんなことを言われて。
ああ、もう、ほんとうに。
どうして私はこの人を拒絶できないんだろう。
そんな感慨と共に、おりてくる彼の唇を、私は目をつぶって、受け入れた。
「……ないです」
「初恋もまだ?」
「そ、そのくらいはっ」
反論しようと顔を上げれば、ちょっと首を傾げた毅さんが、こちらを見ていて。
「初恋はいつ? 誰? 告白したの?」
矢継ぎ早な質問に、しどろもどろに答える。
「しょ、小学校六年生の時。クラスの子で、こ、告白なんて、してません、見ていただけで」
「ふうん。じゃあ、誰かに好きって言ったことはないんだ?」
「……ないです」
「そう。……ねえ、なにもしないから、布団に入ろうか。体が冷えてきた」
私は頷いた。さっきはあんなに体が熱かったのに、確かに肌寒く感じた。
毅さんが掛け布団を上げて、ゆっくりと近付いてくる。私も一緒に、その下に入った。
枕もそのまま中に入れる。ちょうど二人の間で、防波堤みたいになった。彼はそれを見て、苦笑した。
お互い、向き合うようにして、もぞもぞと居心地のいい姿勢を探した。人心地ついたところで、なんとなく見つめ合う。
「あのさ。今さらだけど。俺は、本当に、ちゃんと藍子……が好きだよ」
名前の後の間は、さんを付けようか迷ったのだと、わかった。
「初めて会った時から、いいなと思ってた」
すぐに続けられたまっすぐな言葉に、どきんとする。
「だから、改めて、結婚を前提につきあってほしい」
私は、考えた。考えて考えて、考えてみたけど、どうしたらいいのか、答えが出てこない。
だって、結婚を前提にって、これまでのお試しみたいな、いつ無しに戻してもいいような、そういうおつきあいじゃない。
大家さんや、両親や、そういう人にも、話がいくようなつきあいになる。
本当に、この人と結婚するの? それって、どうやって決断するの? 一生を共にする人を、どうやって選ぶの? もしも、この人じゃ嫌だってなったら、どうすればいいの?
今の私には、重かった。そんなところまで、考えてなかった。ただ、このままでいてはいけないと思って、紹介してもらったのが、この人だったってだけだった。
なのに、この人との縁を切ってしまうのも、躊躇われる。
「わからない、です……」
彼が答えを待っているのを感じて、私は答えにもならない答えをしぼりだして返した。
しばらくすると、衣擦れの音がして、彼の手が布団の中から出てきた。それが伸びてきて、びくりと体をすくませる。
彼の指が、頬に掛かっていた髪を払った。優しく何度か往復して、すっかり後ろに流してくれる。そのまま、頬に留まった。
「俺に触られるのは、嫌?」
私は彼の手の下で、横に顔を振った。すると、手が肩にまわり、背中にいった。首の下から肩甲骨のあたりまで、撫でられる。
「こうするのは?」
嫌ではなかった。あたたかですべらかな感触が、心地よかった。
私がまた横に首を振ると、彼の体が近付いてきて、枕ごと、抱え込まれた。
「じゃあ、これは?」
さっき膝の上で抱き締められたのと同じ、包み込まれる感触に、ふわりと安堵が広がる。本当に、心の底からの安心感。くたりと体から力が抜けていく。
なんかこの人ずるい、と思いながらも、私は正直に、三度目も横に首を振った。
「ねえ、キスしたい。嫌だったら、逃げて」
次には、吐息のかかりそうな距離で、そんなことを言われて。
ああ、もう、ほんとうに。
どうして私はこの人を拒絶できないんだろう。
そんな感慨と共に、おりてくる彼の唇を、私は目をつぶって、受け入れた。
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