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1 初めてのお見合い
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彼との出会いはお見合いだった。……ううん、そこまで大仰じゃないかな。私が住んでいるアパートの大家さんが紹介してくれただけだから。
大家さんの家はアパートの隣にあって、特に奥さんは、なにくれとなく声をかけてくれるような人だ。私がこの町の短大に通うようになってから、卒業して就職しても、ずっとお世話になっている。
奥さんは自宅で生け花教室も開いていて、入社を機に、そちらへも通うようになった。社会人になったし、お花の一つくらい生けられるようになっておいた方がいいわよ、と母に勧められたからだった。
毎月家賃を届けに行くと、大家さんの家の広い玄関に、とてもきれいな花が飾ってあって、素敵だなあと思っていたというのもある。
古くからのお家で、土地持ちで、お教室も開いていて、なんて感じだから、奥さんの所には『うちの娘や息子にいい人いないかしら』というお話が多いらしくて、彼もその中の一人だった。
かくいう私も、母が、うちの娘もよろしくお願いしますと頼んでいった口だから、人のことは言えない。
そんなわけで、学校を卒業してからは、地元の銀行員なんだけど、とか、画家の息子さんでご本人は美術の先生なんだけど、とか、お家は農家やってるけど息子さんは公務員さんで、なんて話を、しょっちゅう持ってきてくれるようになっていた。
ただ、さすがに社会人になりたてで、それほどピンとこないというのか、仕事で精一杯だったというのか。
でも、二十三才になって、学生時代のお友達が泊りがけで遊びに来てくれて、飲み歩いた翌日の朝、お友達のお酒でむくんだ顔が、ごろごろと部屋中にころがっているのを見て、唐突に、男の人と一度もお付き合いしたことすらなく、そのあてさえないこの状況は、まずいんじゃないかと、心の底から思ったのだ。
けれど、私はどうも、合コンのあの高いテンションが苦手で、二三度行った後は、行ったことがないし、お友達の彼氏の友達と遊びにいく、は、気が合わなかった時の気まずさに、一度でこりた。
結局、私には大家さんのお話を受けてみるくらいしか、手立てがなかった。
そんなこんなで、うちのお教室の生徒さんの息子さんでね、とても真面目で優しいんだけど口下手で、て方がいるの。どうかしら? と聞かれて、はい、お会いしてみます、と、恐る恐る返事をした翌週。
土曜日にお家賃を届けに行って、その時に、お母様を迎えにきたという彼に急に引き合わされた。この前お話した人よ、どうかしら、と目の前で聞かれて、しどろもどろに頷くことしかできず、じゃあ、明日、などとあっけなく決まってしまった夜は、緊張で午前二時まで眠れなかった。
翌日、近くのショッピングモールの、ちょっと落ち着いた和食屋さんで奥さんに付き添ってもらって、彼と会った。ご飯食べながら自己紹介して、お仕事何してるのか聞いて、趣味を聞いて。
名前は大森毅さんで、三十歳で、システムエンジニアで、趣味はドライブとのこと。
じゃあ、これから二人でドライブにでも行ってみたら? と、奥さんは食事の注文書をさっと持って、彼が慌てたように引き止めるのも聞かず、お会計を済ましてしまい、あっという間に帰っていってしまった。
あとはお若いお二人で、というのは本当だったんだ、と呆然とした。……たぶん、彼も。
妙な間の後、どちらからともなく目を合わせて、苦笑しあった。そして、「この後お時間は」なんて彼に聞かれた。
「ええ、大丈夫です」と答えれば、じゃあ、少しお付き合いしてもらえますか、と誘われて。
私は生まれて初めてのデートをしたのだった。
大家さんの家はアパートの隣にあって、特に奥さんは、なにくれとなく声をかけてくれるような人だ。私がこの町の短大に通うようになってから、卒業して就職しても、ずっとお世話になっている。
奥さんは自宅で生け花教室も開いていて、入社を機に、そちらへも通うようになった。社会人になったし、お花の一つくらい生けられるようになっておいた方がいいわよ、と母に勧められたからだった。
毎月家賃を届けに行くと、大家さんの家の広い玄関に、とてもきれいな花が飾ってあって、素敵だなあと思っていたというのもある。
古くからのお家で、土地持ちで、お教室も開いていて、なんて感じだから、奥さんの所には『うちの娘や息子にいい人いないかしら』というお話が多いらしくて、彼もその中の一人だった。
かくいう私も、母が、うちの娘もよろしくお願いしますと頼んでいった口だから、人のことは言えない。
そんなわけで、学校を卒業してからは、地元の銀行員なんだけど、とか、画家の息子さんでご本人は美術の先生なんだけど、とか、お家は農家やってるけど息子さんは公務員さんで、なんて話を、しょっちゅう持ってきてくれるようになっていた。
ただ、さすがに社会人になりたてで、それほどピンとこないというのか、仕事で精一杯だったというのか。
でも、二十三才になって、学生時代のお友達が泊りがけで遊びに来てくれて、飲み歩いた翌日の朝、お友達のお酒でむくんだ顔が、ごろごろと部屋中にころがっているのを見て、唐突に、男の人と一度もお付き合いしたことすらなく、そのあてさえないこの状況は、まずいんじゃないかと、心の底から思ったのだ。
けれど、私はどうも、合コンのあの高いテンションが苦手で、二三度行った後は、行ったことがないし、お友達の彼氏の友達と遊びにいく、は、気が合わなかった時の気まずさに、一度でこりた。
結局、私には大家さんのお話を受けてみるくらいしか、手立てがなかった。
そんなこんなで、うちのお教室の生徒さんの息子さんでね、とても真面目で優しいんだけど口下手で、て方がいるの。どうかしら? と聞かれて、はい、お会いしてみます、と、恐る恐る返事をした翌週。
土曜日にお家賃を届けに行って、その時に、お母様を迎えにきたという彼に急に引き合わされた。この前お話した人よ、どうかしら、と目の前で聞かれて、しどろもどろに頷くことしかできず、じゃあ、明日、などとあっけなく決まってしまった夜は、緊張で午前二時まで眠れなかった。
翌日、近くのショッピングモールの、ちょっと落ち着いた和食屋さんで奥さんに付き添ってもらって、彼と会った。ご飯食べながら自己紹介して、お仕事何してるのか聞いて、趣味を聞いて。
名前は大森毅さんで、三十歳で、システムエンジニアで、趣味はドライブとのこと。
じゃあ、これから二人でドライブにでも行ってみたら? と、奥さんは食事の注文書をさっと持って、彼が慌てたように引き止めるのも聞かず、お会計を済ましてしまい、あっという間に帰っていってしまった。
あとはお若いお二人で、というのは本当だったんだ、と呆然とした。……たぶん、彼も。
妙な間の後、どちらからともなく目を合わせて、苦笑しあった。そして、「この後お時間は」なんて彼に聞かれた。
「ええ、大丈夫です」と答えれば、じゃあ、少しお付き合いしてもらえますか、と誘われて。
私は生まれて初めてのデートをしたのだった。
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