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【7】魔法を使ってみたかったのです。
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突然響いたノックの音に、私達は唇を離した。
「なんだ?」
シュリオス様が私を見つめて髪を触りながら、扉の向こうに呼びかける。そんなに名残惜しげなお顔をしないでください。色っぽくてドキドキソワソワしてしまう。
「お茶のおかわりはいかがでしょうか?」
執事だわ。あら、いやだ、お茶が冷めるまで、私達キスしていたのね。二人で思わず苦笑する。
私はお茶のおかわりはいらないと、首を横に振って伝えた。
「今はいい。後で呼ぶ」
「承知しました」
執事は顔を見せないまま下がっていった。
「……話の途中でしたね」
「そうでした」
重々しく頷いてみせる。とっても真面目なお話の途中だったのに、どうして私達キスしていたのかしら?
彼は体を離して、ソファの背に寄りかかった。ポンポンと横の座面を叩く。
「あなたもこちらに」
並んで座る。少々お行儀が悪いけれど、私も背もたれに寄りかかった。彼がニコリとして、私の手を握る。それから、前を向く。私も彼に倣って前を向いた。
うん、これでお話を聞けそう。向き合って見つめ合ってしまうと、お話しするどころではなくなってしまうのだもの。
「……どうせ、どこに行っても同じと、先程言いましたが、それは『魔王』と呼ばれる体質のせいです」
「体質」
そういえば、ラーニア様もそんなことを言っていたような……。
「はい。人を魅了する」
「……みりょう?」
「ええ。この目で見たものを虜(とりこ)にしてしまうのです。魅了された者は、私に執着を抱きます。魅了が強く掛かれば掛かるほど、私のことしか考えられなくなり、私の歓(かん)心(しん)を買うために、勝手に私が喜ぶだろうことをしはじめる。私の意思とは関係なくです」
今にも溜息をつきそうな声音。
彼の言うことをよくよく考えてみて、それはとても怖いことなのではないかと思いあたった。
「たとえば、あなたが溜息をついたら、それだけで、勝手に理由を考えて、憂いを消すために、関係ない人を殺すかもしれないということですか?」
「そうです」
え!? 考えた中で最も大げさな例をあげてみたのだけれど!?
どうしよう。私もシュリオス様に魅了されている自覚がある。今だって、たくさん彼の喜ぶことをしてあげたいと思っている。それがいけないことなの? よかれと思って何かするほど、いつかシュリオス様を傷つけてしまうかもしれないということ? では、魅了された私は、シュリオス様のおそばにいない方がいいのでは……?
「わ、私、私も……」
涙がこみあげてくる。嫌。この人のそばを離れたくないのに。
「あなたは違います、セリナ! あなたは聖女の体質ですから!」
彼が背もたれから体を起こし、片手だけでなく、もう片方の手も握ってくれた。
「初めて会った日、眼鏡を落とした私が見つめても、あなたは自ら目をつぶって、私の視線をさえぎりました。……すみません、実は、私はあなたを試したのです。
あなたはこの顔の造作に見とれることはあっても、正気を失わなかった。今もこうして、私の言葉に疑問を返している。魅了されていれば、そんなことはできないものなのです。この目を凝視し、唯々諾々と従うだけですから」
「では、私は大丈夫なのですか?」
「はい。聖女は魅了を感じないので。魔王の魅了を感じ取ることができない者を、聖女と呼んでいるのです」
たしかに、感じなければ魅了されようがないわね。
シュリオス様はテーブルの上の眼鏡を見遣った。
「あの眼鏡は力を抑える道具です。長い年月をかけて、王家と公爵家が作り上げたものです。それでようやく私達は――魅了の力を持つ者は、屋敷の外へ出ることを許されるようになったのです。
いえ、これに守られて出られるようになった、というのが正しいのかもしれません。不特定多数に、殺人さえ厭わない執着を向けられるのは、恐怖でしかありません」
ええ、それは怖いでしょうね……。同意を込めて、彼の手を握り返した。
「眼鏡をしていなくても惑わされず、恐れもしない。そんな女性は、祖母とあなただけなのです」
同じ魔王の力を持つラーニア様と、聖女の力を持つ私だけ、ということ? あ、だから、本来、ヴィルへミナ殿下の命令しか聞かないはずの近衛が、シュリオス様の言うことに従ったのだわ。てっきり、それほど公爵家の発言力が強いせいかと思っていたのだけれど。
……あら、けれど、
「ヴィルへミナ殿下、……それにフレドリック様も、シュリオスが眼鏡をしていなくても、正気でいらっしゃいましたよね? 言い返していらっしゃいました」
「彼らは勇者の体質です。正気でいて、魅了に惑わされない――けれど、たいていの場合は、それを恐れという形で感じ取ります。魔王の力が強いほど、大きな恐怖として感じるようです」
なるほど。勇者は魅了を怖いものとして認識するのね。
「男女の区別で、勇者とか聖女とか言っているのではないのですね」
シュリオス様に頭が上がらなかったヴィルへミナ殿下や、今思えば、あれは怖くて震えていたのだとわかるフレドリック様が勇者だなんて、少々おかしくて、思わず笑ってしまう。
「なんだ?」
シュリオス様が私を見つめて髪を触りながら、扉の向こうに呼びかける。そんなに名残惜しげなお顔をしないでください。色っぽくてドキドキソワソワしてしまう。
「お茶のおかわりはいかがでしょうか?」
執事だわ。あら、いやだ、お茶が冷めるまで、私達キスしていたのね。二人で思わず苦笑する。
私はお茶のおかわりはいらないと、首を横に振って伝えた。
「今はいい。後で呼ぶ」
「承知しました」
執事は顔を見せないまま下がっていった。
「……話の途中でしたね」
「そうでした」
重々しく頷いてみせる。とっても真面目なお話の途中だったのに、どうして私達キスしていたのかしら?
彼は体を離して、ソファの背に寄りかかった。ポンポンと横の座面を叩く。
「あなたもこちらに」
並んで座る。少々お行儀が悪いけれど、私も背もたれに寄りかかった。彼がニコリとして、私の手を握る。それから、前を向く。私も彼に倣って前を向いた。
うん、これでお話を聞けそう。向き合って見つめ合ってしまうと、お話しするどころではなくなってしまうのだもの。
「……どうせ、どこに行っても同じと、先程言いましたが、それは『魔王』と呼ばれる体質のせいです」
「体質」
そういえば、ラーニア様もそんなことを言っていたような……。
「はい。人を魅了する」
「……みりょう?」
「ええ。この目で見たものを虜(とりこ)にしてしまうのです。魅了された者は、私に執着を抱きます。魅了が強く掛かれば掛かるほど、私のことしか考えられなくなり、私の歓(かん)心(しん)を買うために、勝手に私が喜ぶだろうことをしはじめる。私の意思とは関係なくです」
今にも溜息をつきそうな声音。
彼の言うことをよくよく考えてみて、それはとても怖いことなのではないかと思いあたった。
「たとえば、あなたが溜息をついたら、それだけで、勝手に理由を考えて、憂いを消すために、関係ない人を殺すかもしれないということですか?」
「そうです」
え!? 考えた中で最も大げさな例をあげてみたのだけれど!?
どうしよう。私もシュリオス様に魅了されている自覚がある。今だって、たくさん彼の喜ぶことをしてあげたいと思っている。それがいけないことなの? よかれと思って何かするほど、いつかシュリオス様を傷つけてしまうかもしれないということ? では、魅了された私は、シュリオス様のおそばにいない方がいいのでは……?
「わ、私、私も……」
涙がこみあげてくる。嫌。この人のそばを離れたくないのに。
「あなたは違います、セリナ! あなたは聖女の体質ですから!」
彼が背もたれから体を起こし、片手だけでなく、もう片方の手も握ってくれた。
「初めて会った日、眼鏡を落とした私が見つめても、あなたは自ら目をつぶって、私の視線をさえぎりました。……すみません、実は、私はあなたを試したのです。
あなたはこの顔の造作に見とれることはあっても、正気を失わなかった。今もこうして、私の言葉に疑問を返している。魅了されていれば、そんなことはできないものなのです。この目を凝視し、唯々諾々と従うだけですから」
「では、私は大丈夫なのですか?」
「はい。聖女は魅了を感じないので。魔王の魅了を感じ取ることができない者を、聖女と呼んでいるのです」
たしかに、感じなければ魅了されようがないわね。
シュリオス様はテーブルの上の眼鏡を見遣った。
「あの眼鏡は力を抑える道具です。長い年月をかけて、王家と公爵家が作り上げたものです。それでようやく私達は――魅了の力を持つ者は、屋敷の外へ出ることを許されるようになったのです。
いえ、これに守られて出られるようになった、というのが正しいのかもしれません。不特定多数に、殺人さえ厭わない執着を向けられるのは、恐怖でしかありません」
ええ、それは怖いでしょうね……。同意を込めて、彼の手を握り返した。
「眼鏡をしていなくても惑わされず、恐れもしない。そんな女性は、祖母とあなただけなのです」
同じ魔王の力を持つラーニア様と、聖女の力を持つ私だけ、ということ? あ、だから、本来、ヴィルへミナ殿下の命令しか聞かないはずの近衛が、シュリオス様の言うことに従ったのだわ。てっきり、それほど公爵家の発言力が強いせいかと思っていたのだけれど。
……あら、けれど、
「ヴィルへミナ殿下、……それにフレドリック様も、シュリオスが眼鏡をしていなくても、正気でいらっしゃいましたよね? 言い返していらっしゃいました」
「彼らは勇者の体質です。正気でいて、魅了に惑わされない――けれど、たいていの場合は、それを恐れという形で感じ取ります。魔王の力が強いほど、大きな恐怖として感じるようです」
なるほど。勇者は魅了を怖いものとして認識するのね。
「男女の区別で、勇者とか聖女とか言っているのではないのですね」
シュリオス様に頭が上がらなかったヴィルへミナ殿下や、今思えば、あれは怖くて震えていたのだとわかるフレドリック様が勇者だなんて、少々おかしくて、思わず笑ってしまう。
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