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【6】婚約者の前の婚約者に目を付けられてしまいました。
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それを見送り、部屋に二人きりになる。
私は隣のシュリオス様のお顔を見上げた。眼鏡のせいで表情は読めない。だけど、どことなくばつが悪そうなのはわかった。
本当は聞きたいことがいっぱいある。まだ私に話してないことが、たくさんあるみたい。ただ、それは内緒にしているのではなくて、たぶん、これから機会を見て話すつもりだったのだと思う。シュリオス様が、私の悪いようにはしないのはわかっているもの。
だって、はずしてはいけないはず(?)の眼鏡をはずして一緒に来てくれたし、怖がっていた私を、何よりもまず抱きしめてくれたし。
「駆けつけてくれて嬉しかったです」
シュリオス様の心配そうななお顔を思い出して、幸せな気持ちで抱きつく。
「あなたが無事でよかった」
ぎゅっと抱きしめ返してくれた。あー! このままでいたい! 二人きりでイチャイチャしたい! けれど、今日を逃したら、私達の婚約を広めるいい機会がなくなってしまう。
「……私達も行かないといけませんね」
「それは先程のでじゅうぶんでしょう」
先程? あっ、お姫様抱っこ!? それに婚約者宣言もしましたね! なるほど、たしかにあれでじゅうぶんだわ。……次に知り合いに会ったときが怖い。絶対からかわれる……。
「ですから、よければこれからお時間をもらえませんか? あなたにお話ししておかなければならないことがあります」
彼は抱擁をといて、神妙な様子で言った。
「ええ。もちろんいくらでもお聞きしますが、もしも殿下がおっしゃっていたことについてなら、またでもいいですよ。落ち着いてから、しっかりお話しくださるおつもりだったのでしょう?」
普段はあまり会えないし、その時間だけですむ話でもないのだろう。だからこその花嫁修業期間なのかもしれないと、両親の態度を見て思っていた。だって、そうでなかったら、今では婚家での花嫁修業なんて流行ってないし、娘でいられる最後の時間を、一緒に過ごそうとしない両親ではないもの。
彼は数瞬立ち尽くし、力が抜けたように抱きついてきた。
「あなたを愛しています」
耳元で囁かれる。隙間なく抱きしめられて、少し苦しい。そんなに緊張していたなんて、いったいどんな隠し事なのかしら? きっと大層なお話なのよね。そう推測できるのに、ちっとも怖くない。
どうにか乗り越えると腹をくくっている自分に気づいて、ふふっと笑ってしまう。乗り越えられなかったときのことなんて、想像できない。地べたを這ってでも、乗り越えるまで挑戦するもの!
「私も愛しています」
「あなた以外、考えられないのです」
「ええ、私も」
「セリナ嬢」
「セリナ、と」
婚約しているのを知られてもよくなったから、もう他人行儀に敬称を付けなくてもいいんですよ。
「ああ、そうでしたね」
彼が、ふっと顔を上げて、愛しげに微笑む。いえ、ぐるぐる眼鏡と唇しか見えないのだけれど、最近、雰囲気で眼鏡でも表情豊かに見えるようになってきた。
「セリナ」
ほら、気のせいではない。とても甘い、切望する声。愛していると、心から私を望んでいると、その声音だけでわかる。
答える代わりに目をつぶった。だって、私も同じ。あなたをもっと感じたい。
衣擦れの音がして、唇にやわらかいものが触れた。食まれるような動きに唇がこすれて、甘い疼きが生まれる。
ふ、とこぼした吐息に、彼の吐息も重なった。頭をかき抱かれ、口づけが深まる。世界の何もかもが遠ざかっていく。
夜会から離れた二人きりの部屋で、私達は時間も忘れて、初めての口付けに溺れた。
私は隣のシュリオス様のお顔を見上げた。眼鏡のせいで表情は読めない。だけど、どことなくばつが悪そうなのはわかった。
本当は聞きたいことがいっぱいある。まだ私に話してないことが、たくさんあるみたい。ただ、それは内緒にしているのではなくて、たぶん、これから機会を見て話すつもりだったのだと思う。シュリオス様が、私の悪いようにはしないのはわかっているもの。
だって、はずしてはいけないはず(?)の眼鏡をはずして一緒に来てくれたし、怖がっていた私を、何よりもまず抱きしめてくれたし。
「駆けつけてくれて嬉しかったです」
シュリオス様の心配そうななお顔を思い出して、幸せな気持ちで抱きつく。
「あなたが無事でよかった」
ぎゅっと抱きしめ返してくれた。あー! このままでいたい! 二人きりでイチャイチャしたい! けれど、今日を逃したら、私達の婚約を広めるいい機会がなくなってしまう。
「……私達も行かないといけませんね」
「それは先程のでじゅうぶんでしょう」
先程? あっ、お姫様抱っこ!? それに婚約者宣言もしましたね! なるほど、たしかにあれでじゅうぶんだわ。……次に知り合いに会ったときが怖い。絶対からかわれる……。
「ですから、よければこれからお時間をもらえませんか? あなたにお話ししておかなければならないことがあります」
彼は抱擁をといて、神妙な様子で言った。
「ええ。もちろんいくらでもお聞きしますが、もしも殿下がおっしゃっていたことについてなら、またでもいいですよ。落ち着いてから、しっかりお話しくださるおつもりだったのでしょう?」
普段はあまり会えないし、その時間だけですむ話でもないのだろう。だからこその花嫁修業期間なのかもしれないと、両親の態度を見て思っていた。だって、そうでなかったら、今では婚家での花嫁修業なんて流行ってないし、娘でいられる最後の時間を、一緒に過ごそうとしない両親ではないもの。
彼は数瞬立ち尽くし、力が抜けたように抱きついてきた。
「あなたを愛しています」
耳元で囁かれる。隙間なく抱きしめられて、少し苦しい。そんなに緊張していたなんて、いったいどんな隠し事なのかしら? きっと大層なお話なのよね。そう推測できるのに、ちっとも怖くない。
どうにか乗り越えると腹をくくっている自分に気づいて、ふふっと笑ってしまう。乗り越えられなかったときのことなんて、想像できない。地べたを這ってでも、乗り越えるまで挑戦するもの!
「私も愛しています」
「あなた以外、考えられないのです」
「ええ、私も」
「セリナ嬢」
「セリナ、と」
婚約しているのを知られてもよくなったから、もう他人行儀に敬称を付けなくてもいいんですよ。
「ああ、そうでしたね」
彼が、ふっと顔を上げて、愛しげに微笑む。いえ、ぐるぐる眼鏡と唇しか見えないのだけれど、最近、雰囲気で眼鏡でも表情豊かに見えるようになってきた。
「セリナ」
ほら、気のせいではない。とても甘い、切望する声。愛していると、心から私を望んでいると、その声音だけでわかる。
答える代わりに目をつぶった。だって、私も同じ。あなたをもっと感じたい。
衣擦れの音がして、唇にやわらかいものが触れた。食まれるような動きに唇がこすれて、甘い疼きが生まれる。
ふ、とこぼした吐息に、彼の吐息も重なった。頭をかき抱かれ、口づけが深まる。世界の何もかもが遠ざかっていく。
夜会から離れた二人きりの部屋で、私達は時間も忘れて、初めての口付けに溺れた。
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