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【6】婚約者の前の婚約者に目を付けられてしまいました。
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周囲をキョロキョロと見回す。
いつもと同じにするために、ヴィルへミナ殿下の入場前は、彼も場内にはいない。でも、婚約が発表された後なら、もう人前で会っても大丈夫だから、この後のダンスタイムに一緒に踊って、親しさをアピールすることになっている。そろそろ来る頃のはず。私を探して、来てくれると言っていたけれど……。人がたくさんで、どこにいるのかわからない。
音楽が流れだした。それとともに、人々も動きだした。殿下とフレドリック様のファーストダンスが始まるから、そのための場所を空けているのだ。
それに合わせて、お友達と一緒に壁際へと移動した。ますます人波に飲まれてしまって、見つけてもらいにくいことこの上ない。
ただ、おかげで、ヴィルへミナ殿下からも隠れられる。こんな人の多いところで、未来の女王に目を付けられているのが知られたら、将来的に非常にまずい。社会的に死にかねない。
せめて出入り口近くに居た方がいいかしら。テラスや廊下に出る扉がいくつも開いている。ああいった所ならば、何かあったときは外に出てしまえば、人の目には付きにくくなる。……それはそれで、何かされても、助けが呼べないということなのだけれど。
「失礼。セリナ・レンフィールド嬢でいらっしゃいますか?」
後ろから声を掛けられて、ビクッと跳び上がってしまった。振り返ったら、近衛騎士が恭しく胸に手を当てて、屈んでいた。
とっさに、違います、と言いかけて、ごくりと言葉を呑み込んだ。駄目だわ、すぐに嘘とばれることを、王家直属の騎士に言ってはいけない。
「あ、あの……?」
戸惑ったふりで、右に左に視線を飛ばす。お友達は今にも何か別の騒ぎを起こしてくれようと身構えているし、……あら? 周囲にいるのは、たしかジェダオ家の夜会でご挨拶くださった方々ではないかしら?
その方々がざあっと動いて、私と騎士を囲んで円を作った。皆様、こちらに背を向けている。いったい何が起こったのか把握できないうちに、そのうちの二人が揃えたように横に向きを変え、空いたスペースから背の高い人影が飛び込んできた。
「シュリオス様!?」
「セリナ嬢!」
眼鏡をはずし、内ポケットにしまうのもそこそこ、ガバリと抱え込まれる。私もしがみつき、ほっとして涙が出そうになった。
「私の婚約者に、何か用でも?」
うわあ、そんな冷ややかで厳しいお声も出せるのですね!? 初めて聞きました!
「ヴィルへミナ殿下に、ご令嬢をお連れするようにと命じられております」
「わかった。私も同行する」
シュリオス様も一緒に行ってくれるの!? よかったあ!
顔を上げると、彼もにこりとしてくれた。んぐっ。今日も笑顔が輝かしい! あまりに至近距離すぎて、ドキドキとバクバクが襲ってくるぅ……。
「待たせてしまってすみませんでした。怖い思いをさせてしまいましたね」
「いいえ、来てくださるとわかっていましたから」
彼が目を見開いた後に、クスッと笑った。
「なんですか?」
「あなたの信頼が嬉しくて」
そ、そんな幸せそうなお顔をされると、腰砕けになりそうなのですが……。
チュッと額にキスされ、ううううう、私も幸せと嬉しさで、破裂しそう……。
彼の肩口に顔を埋めた。力強い腕に抱きしめられていなかったら、床に膝をついていたと思う。婚約者が素敵すぎて、奇行にはしってしまいそう……。
「さあ、案内を」
シュリオス様が近衛を急かした。え、私、歩けるかしら? そう心配した一瞬後には、ふわりと抱え上げられていた。
うわあああーー!? シュリオス様ああああ! こんな人がいっぱいの中でええええーーーっ!?
けれど、だからこそ騒ぎ立てられなかった。そんなことをすれば、ただの注目から、よからぬ注目になってしまう。
お友達のほうすら見られない。面白がって、どれだけ爛々と目を輝かせていることか!
顔を隠すために、なるべく彼の胸に顔を伏せて、そうっとその首に腕をまわした。後は、じっとしていることにする。
力強い腕に抱かれて揺られているうちに、喧噪からだんだん遠ざかっていく。――最早、誰もいない廊下に、カツカツと一行の足音が響くばかり。
……一行、よね? そっと覗くと、どうやら公爵家の方々がまわりをかためているらしい。物々しい。
そうして少々奥まった部屋へと連れて来られた。
「しばらくこちらでお待ちくださいませ」
「中にいる者は下げろ」
「承知しました。少しお待ちを」
騎士が素直に受けて、中に入っていった。侍女が出て行き、公爵家の方々が数人先に入る。中を確認しているらしい。……そうね、身分のある方は何があるかわからないものね。
「お待たせしました。お入りを」
騎士が元々扉の前に控えていた騎士と外に立ち、公爵家の方々と中に入る。
お茶も軽食も準備された素敵なお部屋。シュリオスの側で何度か見かけたことのある男性が進み出てきて、カップにお茶を注いでくれた。
今日は彼も夜会服を着ている。他の方々も、もちろんそう。招待客としていらしているのに、周囲を固めるように、扉の脇や窓の前などに立っている。
ご立派な方々を差し置いてお茶をいただくのは気が引ける。それに、こんな中で気軽にシュリオスと話をするのも難しい。
私は黙ってお茶をすするのに専念した。これなら会話しなくてもおかしくないはず。
いつもと同じにするために、ヴィルへミナ殿下の入場前は、彼も場内にはいない。でも、婚約が発表された後なら、もう人前で会っても大丈夫だから、この後のダンスタイムに一緒に踊って、親しさをアピールすることになっている。そろそろ来る頃のはず。私を探して、来てくれると言っていたけれど……。人がたくさんで、どこにいるのかわからない。
音楽が流れだした。それとともに、人々も動きだした。殿下とフレドリック様のファーストダンスが始まるから、そのための場所を空けているのだ。
それに合わせて、お友達と一緒に壁際へと移動した。ますます人波に飲まれてしまって、見つけてもらいにくいことこの上ない。
ただ、おかげで、ヴィルへミナ殿下からも隠れられる。こんな人の多いところで、未来の女王に目を付けられているのが知られたら、将来的に非常にまずい。社会的に死にかねない。
せめて出入り口近くに居た方がいいかしら。テラスや廊下に出る扉がいくつも開いている。ああいった所ならば、何かあったときは外に出てしまえば、人の目には付きにくくなる。……それはそれで、何かされても、助けが呼べないということなのだけれど。
「失礼。セリナ・レンフィールド嬢でいらっしゃいますか?」
後ろから声を掛けられて、ビクッと跳び上がってしまった。振り返ったら、近衛騎士が恭しく胸に手を当てて、屈んでいた。
とっさに、違います、と言いかけて、ごくりと言葉を呑み込んだ。駄目だわ、すぐに嘘とばれることを、王家直属の騎士に言ってはいけない。
「あ、あの……?」
戸惑ったふりで、右に左に視線を飛ばす。お友達は今にも何か別の騒ぎを起こしてくれようと身構えているし、……あら? 周囲にいるのは、たしかジェダオ家の夜会でご挨拶くださった方々ではないかしら?
その方々がざあっと動いて、私と騎士を囲んで円を作った。皆様、こちらに背を向けている。いったい何が起こったのか把握できないうちに、そのうちの二人が揃えたように横に向きを変え、空いたスペースから背の高い人影が飛び込んできた。
「シュリオス様!?」
「セリナ嬢!」
眼鏡をはずし、内ポケットにしまうのもそこそこ、ガバリと抱え込まれる。私もしがみつき、ほっとして涙が出そうになった。
「私の婚約者に、何か用でも?」
うわあ、そんな冷ややかで厳しいお声も出せるのですね!? 初めて聞きました!
「ヴィルへミナ殿下に、ご令嬢をお連れするようにと命じられております」
「わかった。私も同行する」
シュリオス様も一緒に行ってくれるの!? よかったあ!
顔を上げると、彼もにこりとしてくれた。んぐっ。今日も笑顔が輝かしい! あまりに至近距離すぎて、ドキドキとバクバクが襲ってくるぅ……。
「待たせてしまってすみませんでした。怖い思いをさせてしまいましたね」
「いいえ、来てくださるとわかっていましたから」
彼が目を見開いた後に、クスッと笑った。
「なんですか?」
「あなたの信頼が嬉しくて」
そ、そんな幸せそうなお顔をされると、腰砕けになりそうなのですが……。
チュッと額にキスされ、ううううう、私も幸せと嬉しさで、破裂しそう……。
彼の肩口に顔を埋めた。力強い腕に抱きしめられていなかったら、床に膝をついていたと思う。婚約者が素敵すぎて、奇行にはしってしまいそう……。
「さあ、案内を」
シュリオス様が近衛を急かした。え、私、歩けるかしら? そう心配した一瞬後には、ふわりと抱え上げられていた。
うわあああーー!? シュリオス様ああああ! こんな人がいっぱいの中でええええーーーっ!?
けれど、だからこそ騒ぎ立てられなかった。そんなことをすれば、ただの注目から、よからぬ注目になってしまう。
お友達のほうすら見られない。面白がって、どれだけ爛々と目を輝かせていることか!
顔を隠すために、なるべく彼の胸に顔を伏せて、そうっとその首に腕をまわした。後は、じっとしていることにする。
力強い腕に抱かれて揺られているうちに、喧噪からだんだん遠ざかっていく。――最早、誰もいない廊下に、カツカツと一行の足音が響くばかり。
……一行、よね? そっと覗くと、どうやら公爵家の方々がまわりをかためているらしい。物々しい。
そうして少々奥まった部屋へと連れて来られた。
「しばらくこちらでお待ちくださいませ」
「中にいる者は下げろ」
「承知しました。少しお待ちを」
騎士が素直に受けて、中に入っていった。侍女が出て行き、公爵家の方々が数人先に入る。中を確認しているらしい。……そうね、身分のある方は何があるかわからないものね。
「お待たせしました。お入りを」
騎士が元々扉の前に控えていた騎士と外に立ち、公爵家の方々と中に入る。
お茶も軽食も準備された素敵なお部屋。シュリオスの側で何度か見かけたことのある男性が進み出てきて、カップにお茶を注いでくれた。
今日は彼も夜会服を着ている。他の方々も、もちろんそう。招待客としていらしているのに、周囲を固めるように、扉の脇や窓の前などに立っている。
ご立派な方々を差し置いてお茶をいただくのは気が引ける。それに、こんな中で気軽にシュリオスと話をするのも難しい。
私は黙ってお茶をすするのに専念した。これなら会話しなくてもおかしくないはず。
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