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【6】婚約者の前の婚約者に目を付けられてしまいました。
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さて。そんな具合に迎えた、王宮最後の夜会。いまだ内密は続行中なので、兄と来ております。
衣装良し!(シュリオス様が贈ってくれたものだもの!)肌の艶良し!(毎日のお手入れと睡眠で完璧!)髪型、化粧良し!(侍女たちが鬼気迫る形相で仕上げてくれた!)
これまでにないほど気合いを入れてきましたよーっ! 後でシュリオス様とご一緒するから、『地味で冴えない娘と話している』なんて、彼の評判を落としかねないことはできません!
とは言っても、どんなに頑張っても私は私。また心配になってきた……。
「お兄様、今日の格好、どうかしら?」
「よく似合っているし、なかなかいいと、何度も言っただろう」
うんざりしているのを隠しもしないお返事。家でも馬車の中でも、不安になるたびに、何度も聞いてしまっていたものね……。
兄は苦笑気味に溜息をついて、肘に添えている私の手を、ポンポンと叩いた。
「だいたいおまえ、元は悪くないんだ。おまえが地味なのは、おまえ本人がそういうのが好きだからだろう。母上も言っていたではないか、地味とは即ち真っ白な布、どのような絵も刺繍できるのだと。まあ、さすがに妖艶というわけにはいかないが、今日のおまえは特に清楚さが引き立って愛らしいよ。じゅうぶん美人の範疇だ」
お兄様が、清楚で愛らしい、なんて! いつもなら、素朴で愛嬌のある、て言うのに! しかも、美人の範疇だと明言した!
「今日の私、相当イケていますね」
額をつんとつつかれる。
「また調子に乗って、そういう言葉を使う。とたんに知性が下がって見えるからやめなさい。……お。あそこにおまえの友達が集まっているよ」
友達のところに向かう。
一通り挨拶がすむと、兄はお友達のご兄弟を集めて、何事かを話しだした。チラチラとご兄弟方がこちらを見ている。いったい何なのかしら?
話がついたのか、兄がこちらに向き直り、胸に手を当て腰を屈めた。
「お嬢さん方、すみませんが、兄君方をお借し願えますか?」
「もちろんですわ。どうぞお連れください」
「ええ、かまいません」
「どうぞお連れになって」
チェリス、シンディ、ティアナが淑女然として答える。兄は男性陣を引き連れて離れていった。
仲間内だけになった私たちは、とたんにくだけた雰囲気になった。
「セリナ、それ、とってもいいではないの、ようやく地味を返上したわね!」
チェリスがずけずけと言う。いつもなら失礼な物言いに怒ってみせるところだけれど、今日は歯に衣着せない彼女に褒められて、ほっとしたのが上回った。うふふと笑ってしまう。
「あらあら、まんざらでもなさそうではないの。贈り物?」
シンディに肘でつつかれ、とっさに答えられなくて、顔が熱くなった。誰からの、なんて言われてないのに!
友人一同に、「ははーん」とか「ふふーん」とか言われて、意味ありげな目つきで見られる。
「あの……、あのね、落ち着いたら、皆にも紹介するから。本当よ。約束するわ」
「わかっているわよ。そろそろ社交シーズンが終わって、しばらく会えなくなってしまうから、セリナをからかえるうちに、からかっているだけ」
「んまあ! 酷いわ!」
チェリスの腕をペチリと叩けば、誰からともなく、ぷ、と噴き出して、笑いに包まれた。
「あ、陛下のおでましよ」
お触れが来場を告げて、ファンファーレが鳴る。奥の扉が開いて、国王陛下夫妻がいらっしゃった。その後ろから、ヴィルへミナ殿下がフレドリック様にエスコートされて現れる。これまでとは違う相手に手を預ける姿に、場内にざわめきが広がっていった。
陛下が壇上から皆を見下ろし、誰もが恭しく頭を垂れる。
「顔を上げるがいい。……よく集まった。皆、いつもよく務めてくれているな。国が安んじているのも、そなたらの尽力あってのことと思っている。それをねぎらいたく思う。今宵は大いに楽しんでいってくれ。
それと、一つ知らせがある。我が娘、ヴィルへミナのことだ。……二人ともこちらに」
脇に控えていた二人が王の横へと出てくる。
「ヴィルへミナは、ジェダオ公爵家子息フレドリックとの婚姻が決まった。式は来年の六月とする。皆、若い二人を祝福してやってくれ」
わあっという歓声とともに拍手がわきおこった。
「婚約」ではなく「婚姻」というお達しに、もうこれは変わらない事項なのだと、誰もが察したのだろう。
ヴィルへミナ殿下は右に左にと向いて、にこやかに手を振った。手を振られた者達の歓声と拍手が大きくなる。私ももちろん、拍手していた。
パチリとヴィルへミナ殿下と目が合った。……気がした。殿下はぱあっと華やかに笑って、大きく手を振って……くださっているなんてことないわよね?
「ねえ、こちらを見ていらっしゃらない?」
「誰かに手を振っていらっしゃる……?」
お友達や近くの方々からも、そんな呟きが漏れている。
こっそり周囲をうかがう。だって、面識ないし、ご挨拶はおろか、これまで目が合ったことすらないし。近くにいる他の誰かに振っているのよね?
……なのに、視線を戻すと、やっぱり私を見ているー!? 最早横に振らないで、「あなたよ、あなた!」という感じに縦振りだ。
いやあああー! たぶん、気のせいではないわ! 何故全開の笑顔なの!? 誰はばかることのないロイヤルな無邪気さが、むしろ怖い!! どういうおつもりなのかしらー!?
身分の高い前の婚約者に目を付けられた、身分の低い今の婚約者とか、ひねり潰される予感しかない。なんといっても、相手は王家の姫君。しがない伯爵家の娘なんて、逆らいようがないわーー!! うわあああ、どうしてーーー!? シュリオス様にあんなに冷たかったのに、いざ失うとなったら、惜しくなったとか!?
血の気が引いてきた。目を伏せる。
とにかく、シュリオス様を探して、早く目を付けられていることを伝えないと。
衣装良し!(シュリオス様が贈ってくれたものだもの!)肌の艶良し!(毎日のお手入れと睡眠で完璧!)髪型、化粧良し!(侍女たちが鬼気迫る形相で仕上げてくれた!)
これまでにないほど気合いを入れてきましたよーっ! 後でシュリオス様とご一緒するから、『地味で冴えない娘と話している』なんて、彼の評判を落としかねないことはできません!
とは言っても、どんなに頑張っても私は私。また心配になってきた……。
「お兄様、今日の格好、どうかしら?」
「よく似合っているし、なかなかいいと、何度も言っただろう」
うんざりしているのを隠しもしないお返事。家でも馬車の中でも、不安になるたびに、何度も聞いてしまっていたものね……。
兄は苦笑気味に溜息をついて、肘に添えている私の手を、ポンポンと叩いた。
「だいたいおまえ、元は悪くないんだ。おまえが地味なのは、おまえ本人がそういうのが好きだからだろう。母上も言っていたではないか、地味とは即ち真っ白な布、どのような絵も刺繍できるのだと。まあ、さすがに妖艶というわけにはいかないが、今日のおまえは特に清楚さが引き立って愛らしいよ。じゅうぶん美人の範疇だ」
お兄様が、清楚で愛らしい、なんて! いつもなら、素朴で愛嬌のある、て言うのに! しかも、美人の範疇だと明言した!
「今日の私、相当イケていますね」
額をつんとつつかれる。
「また調子に乗って、そういう言葉を使う。とたんに知性が下がって見えるからやめなさい。……お。あそこにおまえの友達が集まっているよ」
友達のところに向かう。
一通り挨拶がすむと、兄はお友達のご兄弟を集めて、何事かを話しだした。チラチラとご兄弟方がこちらを見ている。いったい何なのかしら?
話がついたのか、兄がこちらに向き直り、胸に手を当て腰を屈めた。
「お嬢さん方、すみませんが、兄君方をお借し願えますか?」
「もちろんですわ。どうぞお連れください」
「ええ、かまいません」
「どうぞお連れになって」
チェリス、シンディ、ティアナが淑女然として答える。兄は男性陣を引き連れて離れていった。
仲間内だけになった私たちは、とたんにくだけた雰囲気になった。
「セリナ、それ、とってもいいではないの、ようやく地味を返上したわね!」
チェリスがずけずけと言う。いつもなら失礼な物言いに怒ってみせるところだけれど、今日は歯に衣着せない彼女に褒められて、ほっとしたのが上回った。うふふと笑ってしまう。
「あらあら、まんざらでもなさそうではないの。贈り物?」
シンディに肘でつつかれ、とっさに答えられなくて、顔が熱くなった。誰からの、なんて言われてないのに!
友人一同に、「ははーん」とか「ふふーん」とか言われて、意味ありげな目つきで見られる。
「あの……、あのね、落ち着いたら、皆にも紹介するから。本当よ。約束するわ」
「わかっているわよ。そろそろ社交シーズンが終わって、しばらく会えなくなってしまうから、セリナをからかえるうちに、からかっているだけ」
「んまあ! 酷いわ!」
チェリスの腕をペチリと叩けば、誰からともなく、ぷ、と噴き出して、笑いに包まれた。
「あ、陛下のおでましよ」
お触れが来場を告げて、ファンファーレが鳴る。奥の扉が開いて、国王陛下夫妻がいらっしゃった。その後ろから、ヴィルへミナ殿下がフレドリック様にエスコートされて現れる。これまでとは違う相手に手を預ける姿に、場内にざわめきが広がっていった。
陛下が壇上から皆を見下ろし、誰もが恭しく頭を垂れる。
「顔を上げるがいい。……よく集まった。皆、いつもよく務めてくれているな。国が安んじているのも、そなたらの尽力あってのことと思っている。それをねぎらいたく思う。今宵は大いに楽しんでいってくれ。
それと、一つ知らせがある。我が娘、ヴィルへミナのことだ。……二人ともこちらに」
脇に控えていた二人が王の横へと出てくる。
「ヴィルへミナは、ジェダオ公爵家子息フレドリックとの婚姻が決まった。式は来年の六月とする。皆、若い二人を祝福してやってくれ」
わあっという歓声とともに拍手がわきおこった。
「婚約」ではなく「婚姻」というお達しに、もうこれは変わらない事項なのだと、誰もが察したのだろう。
ヴィルへミナ殿下は右に左にと向いて、にこやかに手を振った。手を振られた者達の歓声と拍手が大きくなる。私ももちろん、拍手していた。
パチリとヴィルへミナ殿下と目が合った。……気がした。殿下はぱあっと華やかに笑って、大きく手を振って……くださっているなんてことないわよね?
「ねえ、こちらを見ていらっしゃらない?」
「誰かに手を振っていらっしゃる……?」
お友達や近くの方々からも、そんな呟きが漏れている。
こっそり周囲をうかがう。だって、面識ないし、ご挨拶はおろか、これまで目が合ったことすらないし。近くにいる他の誰かに振っているのよね?
……なのに、視線を戻すと、やっぱり私を見ているー!? 最早横に振らないで、「あなたよ、あなた!」という感じに縦振りだ。
いやあああー! たぶん、気のせいではないわ! 何故全開の笑顔なの!? 誰はばかることのないロイヤルな無邪気さが、むしろ怖い!! どういうおつもりなのかしらー!?
身分の高い前の婚約者に目を付けられた、身分の低い今の婚約者とか、ひねり潰される予感しかない。なんといっても、相手は王家の姫君。しがない伯爵家の娘なんて、逆らいようがないわーー!! うわあああ、どうしてーーー!? シュリオス様にあんなに冷たかったのに、いざ失うとなったら、惜しくなったとか!?
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