残念令嬢の恩返し~婚約者に浮気されている公子様、あなたにお味方いたします!~

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
22 / 46
【5】お酒で失敗しました……。

しおりを挟む
「足を挫いていたらいけません、控え室に行きましょう」

 急にそんなことを言われ、体がふわりと浮き上がった。抱っこだ! 紳士の抱っこ! 知っていますよ! 首に腕をまわすと歩きやすいのでしたよね!
 しっかり腕をまわしながら、今日は嘘を吐かずに、自己申告する。嘘をつかなくていいって、最高!

「なに言ってるのですかー、もー、足なんか挫いていませんよ、心配性ですねえ、シュリオス様はー」

 おかしくて、おかしくて、あっはっはー、とバシバシと肩を叩いた。
 なのに、黙って苦笑される。その困ったお顔が優しさに満ちていて、うっ、胸がぎゅぎゅってなった! 見ていられない!
 あわてて彼の肩口に顔を伏せた。

「キュン死してしまう……」
「うまく聞き取れないのですが、先程から『きゅんし』と言っていますか?」
「そうですよ」
「どのような意味なのですか?」
「胸がキュンとして、死にそうなことです」
「まさか、心臓に持病でも!?」
「違いますよぅ、私、健康なのが取り柄です。尊いものを見たときになるのですー。シュリオス様もありませんか? かわいー! とか、素敵ー! って、キュンッと胸が痛くなること」
「ありますね。まさに今」
「ありますよね!」

 被せ気味に叫んで顔を上げた。

「わかってくださって嬉しいです! 兄は、言葉の通じないふにゃっとした変な生き物に見えだすから、他所でそんな言葉を使うのではないよ、と鼻で笑ったのです!」

 あっ、また黙って苦笑した! それはむやみやたらと振りまいてはいけないと言っているのに!
 ……いえ、まあ、しかし、冷静に考えてみると、今のは私が悪い。兄の悪口を言ったのに、頷いたりできないわよね。私の家族の悪口を言ったも同じになってしまうもの。シュリオス様は、うっかりでもそういうことをしない。素敵紳士だから!

「そういうところも好きですよ!」

 シュリオス様が目を見開いて、立ち止まった。

「そういうところ、とは」
「うっかりでも、人の家族の悪口を言わないところです!」
「……そういうところもと言っていましたが、人の家族の悪口を言わないところ以外は、どこがお好きでしょうか?」
「いっぱいあります! お優しくてー、親切でー、心配性でー、ダンスが上手くてー、とっても紳士! 紳士の中の紳士!」

 彼はもにょっとした笑みを浮かべた。おかしいわ、本気で褒めたのに、嬉しいには嬉しいけれど、嬉しくないことも言われたような顔をしている。ええー? 何か失礼なこと言ったかしら? 真実、素晴らしいと思っていることしか言ってないのだけれど。

 シュリオス様は思い出したように歩きだした。んー、ゆらゆらが心地いー。抱っこもお上手! そうだ、微妙な褒め方をしてしまったようだから、もっとちゃんと好きなところを伝えておかなければ。

「この抱っこも好きですよー! ゆらゆらして、いい気分ですー。あ、でも、重くないですか? 私、細い方じゃないし、このドレスも手が込んでいて結構な重さがありますよね? あ、そもそも、足を挫いてないのです。降りますよ」
「全然重くないですよ。どうぞこのままで。ゆらゆらしていい気分、なのでしょう?」

 くすりと笑って、背中を支える手で頭も抱え込まれて、彼の肩に頭がのる。ん。いい角度。シュリオス様のいい匂い。体の力が抜けていく……。

「もう少しで着きます。ゆらゆらを楽しんでいてください」

 では、お言葉に甘えて、と返事をしたつもりだけど、もしかしたら声になっていなかったかも知れない。ゆらゆら揺れるぬくもりに、とろとろとしながら抱きついていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...