残念令嬢の恩返し~婚約者に浮気されている公子様、あなたにお味方いたします!~

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
11 / 46
【3】よけいなお世話かもしれませんが。

しおりを挟む
 その帰りのことだった。

「あら、シュリオス、そちらのお嬢さんは?」

 いつものようにエスコートされて、エントランスホールにさしかかったところで声が掛かって、私はピタリと足を止めた。

 シュリオス様が今しがた下りてきたばかりの階段のほうへ向くのに合わせて、私も向く。それはあくまで、高貴な方にお尻を向けているわけにはいかないからで、さりげなく彼の肘に添えていた手をはずし、一歩下がって頭を下げた。

 声は女性だけだったけれど、下りてくる足音は二つ。公爵家ご子息のシュリオス様を呼び捨てにできるのは、このお屋敷に三人しかいない。ご両親に違いない。

 いつも正面玄関を使わせていただいていたから、いつか鉢合わせする日が来るかもしれないと思っていた。緊張に震えそう。

「彼女がお話ししたセリナ嬢です。セリナ嬢、父と母です」
「セリナ・レンフィールドでございます。ネレヴァ伯リオズ・レンフィールドの娘にございます」

 頭を下げたまま名前だけ申し上げた。招いてくださったのはラーニア様だし、お二方と出会ったのも偶発的。こちらが恐悦至極に思っても、そんなのは当たり前で、要らない言葉を聞かせるほうが不敬。……で間違っていないわよね!? どちらにしても緊張しすぎて、これ以上言葉が出てこないー!

「かしこまらなくていい」

 公爵閣下のお許しが出たので、体を起こす。顔は上げない。

「母からもシュリオスからも話は聞いている。母のよい話し相手になっていると。時間の許すときは泊まっていくといい」
「お心遣いありがとうございます」
「セリナさん、今度、夜会の招待状を送るわ。ぜひいらして」
「光栄です。ぜひうかがわせていただきます」

 天使が通りすぎた。……なんて、素敵な言い方をしてみても、要は会話が途切れて沈黙が落ちたってことですー! あー! 吟味されているー!?

「彼女を送っていく時間なので、私達はこれで」

 シュリオス様が助け船を出してくれた。ありがとうございます、ふがいなくてすみません。
 そうか、という閣下のお返事があったので、ここぞとばかりに頭を下げた。

「お邪魔いたしました。失礼いたします」
「お気をつけてお帰りになって。またいらしてね」

 夫人が優しくお声を掛けてくださった。それに、ありがとうございますと礼を返す。

「セリナ嬢、行きましょう」

 シュリオス様に腰を抱かれて、体の方向を変えられた。どこでどう下がったらいいのかタイミングをつかみかねていたから、助かったけれど、ご両親の前でこんな親密なことをされると、少々焦る。

 シュリオス様は婚約者のいらっしゃる身。そんな方にすり寄るふしだらな娘と思われませんでしょうか!? 公爵閣下は冷徹、公爵夫人は社交界を牛耳っていると噂の方々に、睨まれたくはないのですがー!

「そんなに緊張しないで。父も母もあなたを気に入っていますから。泊まっていけとか、また来いとか言っていたでしょう?」

 ラーニア様やシュリオス様が、私のことを、よほど良くお話しくださったのだろう。

「ありがたいことでございます」
「では、さっそく泊まっていきませんか?」
「え!? いいえ! いいえ! そんな、急に……」

 社交辞令を真に受けて、言われたその日に、用もなくいきなり泊まるとか、ずうずうしいにもほどがある!

「どうしても?」
「はい、帰ります」
「そうですか。残念です。いつも祖母とばかりですから、たまには私ともお話ししてほしいと思ったのですが……」

 目の表情はわからないけれど、本当に残念そうなお声。なんだか申し訳なくなってきてしまう……。

「そうだ、では、今度うちでやる夜会に来たら、その日には泊まってください。他にも泊まる人はいますし、珍しいことではありません。ね、ぜひ」

 たしかに、酔い潰れたり、こっそり逢瀬を楽しんだりする人はいるけれど……。

「祖母と美味しいお茶を用意しておきますから」

 ラーニア様とのお茶に、シュリオス様も顔を出すという形なら、問題ないかしら。……たぶん。

「そういうことなら……」
「よかった!」

 弾んだ声に、私も嬉しくなってしまう。こんな素敵な方にお話しする時間がほしいと言われて、嬉しくない女性なんているものですか!

「楽しみにしています。絶対に来てくださいね。約束ですよ」

 時々思うけれど、人懐こい方だわ……。いったいどこが気難しいのやら。やはり、眼鏡のせいかしら。あれは初めて見ると、少々ぎょっとするものね。きちんと向き合えば、素晴らしい紳士だとわかるのに……。

 そうだわ。私への態度を見れば、怖くない方だと、すぐにわかるわ。どこかで機会があったら、皆様に見てもらいましょう! そして少しずつ、シュリオス様の評価を上げられたら!

 そうしたら、殿下もシュリオス様に振り向いてくださるかしら……。
 胸がチクチクッとして、思わず手をあてる。

 ……早くしないと、本当に好きになってしまいそう……。
 私は密かに溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...