悪役令嬢の見る夢は

伊簑木サイ

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前日譚

道を急ぐ

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 その夜、ラウルは野宿のための焚火の横でうつ伏せになり、尻を出して呻いていた。

「すみません、お手数をおかけして……、いたっ、いたたたたたっ、もうちょっと優しく!」

 ラウルの尻に薬を塗ってやっていたロドリックは、不機嫌に顔を顰め、かまわず薬を塗りたくった。乗馬で尻一面すりむけかけているのだから、どこをどう触ったって痛いのだ。

「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「うるさい! 塗ってやっているだけでありがたいと思え!」
「わかってますっ、ありがとうございますっ、でもいだだだだだっ」
「終わった! 腿は自分で塗れ!」
「あ、はい、ありがとうございました……」

 薬の器をラウルの頭の横に投げ転がし、ロドリックは炎の向こうに行って寝転がった。
 ラウルはそのままの格好で、呻きながら体を起こし、擦れた股の間にも薬を塗った。そうっと下着とズボンを元の位置に戻し、またうつ伏せになる。
 どうせ痛みですぐには眠れないラウルが、先の見張りだ。

 この一年ほど、二人で旅をしてきた。黒い森とその周辺の村を見てまわりつつ、砦の町まで行ったのだ。
 徒歩かヒッチハイク(馬車)の、まったりした貧乏旅行だった。『兄が結婚して家に住めなくなった貧乏農家の幼なじみ同士。一人旅は危ないから、協力して働き口を探している』という設定だ。
 それで、つい一月ひとつき前から、砦を建造している職人のところへ、人足として潜り込んでいたのだった。

 ラウルはこのまま時が来るまで、砦に潜入し続けるつもりでいた。内応して門を開けてもいいし、水源に眠り薬を放り込んでもいいし、情報で攪乱してもいい。いわゆる内通者というやつだ。
 砦の規模は大きく、完成にはまだ何年もかかる。その後も定期的にメンテナンスがいるから、お抱えとして残れるはずだ。戦となれば、砦の修繕要員として、立てこもりに参加させられるだろう。
 砦のあるじは、勢いのある新興貴族で、ここから領地を広げるつもりなのだ。手強い相手になりそうだった。
 けれど、もしも手を組めるなら、これほど頼りになる相手もない。まだ基盤がしっかりしてないというのも魅力的だ。恩を売るチャンスになる。
 なにより、当主が王太子の千倍良かった。正妻もまだいない。政略に有利な相手を時間を掛けて選んでいるようだ。

 というようなことを、ラウルは侯爵に書き送った。
 ちなみに、砦を攻略する拠点の候補地は、とっくに見繕い、先に報告してある。少しでも早くこちらも用意しておかなければ、たとえ手を組むにしても足下を見られる。あなどられない力を持っていてこそ、対等な約定を結べるのだ。

 ラウルは、こんなふうに侯爵家の間諜として生きていくのも悪くないと思っていた。
 そもそも、人の間で生きるのに疲れ、育ててもらった神父の元に戻り、自分も神父と同じ道へ進もうかと考えていたくらいだ。こんな自分でも、自分を認めてくれたお嬢様のために何かできることがあるなら、やりたいと思ったのだ。
 彼女を妻にできるなどとは、夢にも思っていなかった。
 処女であるかどうかなんて、どうにでもごまかせる。侯爵が手塩に掛けて育てた政略の駒を、あれほどの大輪の花を、キリムが少々強いだけの何も持ってない男になんて、くれてやるわけがない。
 彼女に手を出して、命があっただけ儲けものだった。侯爵が言ったとおり、あの場で叩き斬られていてもおかしくなかったのだ。手籠めにされたのが彼の方だとしか取れない状況だったから、引き出せた命拾いだった。
 今後、お嬢様の姿を垣間見るのすら難しいだろうと――会えるとすれば、それはお嬢様が抜き差しならない状況に陥っている時だろうと――、ラウルは考えていた。

 ところが、まさにそんな連絡が、侯爵から入った。
 お嬢様が婚約者の座を追われたのみならず、糾弾されて都にいられないため、隠遁させるというのである。ただちに迎えに向かい、匿うように、と。
 あのお嬢様が、ぼんくら王子と泥棒猫に追い落とされるなんて、尋常ではない。何か異常事態が起こったに違いない。
 ラウルは砦の町を飛び出した。町の外で待機していた侯爵の使いから馬を譲り受け、慣れない乗馬をロドリックに習いつつ、合流地点に急いだ。今はその途中だ。

 本当に、それほどの何が起こったのかわからなかった。ラウルから侯爵に報告書を上げることはあっても、その反対はない。王都の情報は入ってこないのだ。
 もしかしたらロドリックには何らかの連絡があるのかもしれないが、監視者である彼は、ラウルと馴れ合わなかったし、ラウルも侯爵に誠意を示すためにも、ロドリックを籠絡してべらべら喋らせたりしなかった。
 『娘を傷物にした痴れ者だ。相応の償いをさせる。死なぬよう見張って、働かせよ。逃げ出すようなら殺してかまわない』などと、紹介されたのは、ロドリックがラウルに絆されないようにするためだろう。
 おかげで、出会って以来、ラウルは殺されそうな目で見られたことしかないし、殴りたいとばかりに震える拳も何度も見てきた。
 騎士として、貴婦人たるお嬢様に命を捧げているロドリックにしてみれば、ラウルなど憎い大罪人に違いないのだ。

 だというのに、実際は一度も殴られたことはないし、命懸けで野盗から助けてくれたし、こんなふうに、洗ってもない男のケツに薬を塗ってもくれる。ラウルにつきあって、農家の倅を演じて、職人の下働きまで文句を言わずにやってのけた。
 それもこれも、侯爵の命令を遂行するためだ。侯爵に忠実な騎士っぷりは、賞賛に値する。
 そんなわけで、ラウルは敬意をもって、ロドリックといまだにギスギスした間柄を守っているのだった。
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