2 / 5
蒼天の配剤
しおりを挟む
とっても心配していた。兄さんもエウルも、うまくやるから心配ないなんて笑っていたけど、だからよけいに心配だった。
兄さんはじめ、エウルの腹心達は、男らしくさっぱりした気性の者ばかりで、小狡いところがまったくない。
エウルはまさにその親玉みたいなもので、おおらかな大きな男で、そこがいいのだけど、だからこそ何かに執着したりはしないから、何かあって生き恥をさらすくらいなら、誇り高く討ち果てようなんて、笑って言い出すに決まっている。
そうしたら、兄さん以下、あの腹心達も大喜びで従うに違いない。一緒に蒼天へ行けることを幸いだと笑うような、まったく頼りにならない人しかいないんだもの。
なのにエウルは、自分達だけで行くって譲らなかった。父さんもだいぶ、手勢を連れて行けと言ったらしいのに、「おまえ達は女子供の居るアイルを守れ」と命じたって。
エウルらしい気遣いだった。公主を迎えるから私とは結婚できないなんて言っていたけど、私のことを心配してくれたのだ。
私の安全を考えてくれたのは嬉しい。でも、エウルはわかってない。エウルを失ったら、私がどんなに悲しむか。エウルの居ないその先を、どうやって生きていけというのだろう。
帝国は大昔から汚い奴らで、何をするかわからない。王の特別な御子であるエウルを誘い出して、卑怯なやり方で殺すつもりかもしれないのに。
王の御子達の中で、ロムランの力を持っているのはエウルだけ。次の王になるべきエウルに、竜血を引く女を妻にしろなんて言うなんて。そんな汚れた血を継いだ子を、エウルの次の王になんてできない。奴らは閻に混乱をもたらそうとしているのだ。
私は、ちゃんとわかってる。帝国との関係上、皇帝の娘をエウルの正妻にしなければならないって。
エウルは、愛している私を妾にするよりは、きちんとした身分ある男に嫁がせた方が、幸せになれると考えてくれた。
いいのに、そんなの。エウルが本当は誰よりも私を愛してくれてるってわかっているから、正妻じゃなくったってかまわない。
それより、他の男に身を任す方が嫌。
絶対に必要になるだろう、汚れた血を引かない子供を、他の女が産む方が耐えられない。
だから、私を無理して遠ざけなくていい。一緒に辛いことを乗り越えるから、そんなに一人で抱え込まないで。
帰ってきたら、そう伝えるつもりだったのに。
何でそんな目で見るの?
すぐにエウルの許に来られなかったから? これでも大急ぎで済ませてきたの。天幕を組み立てて、家財道具を運び込んで、家畜たちの面倒を見て。だって、そういうこときちんとしない女は嫌いでしょう? 私、ちゃんとやってきたのよ。
どうして私の手を振り払うように離れていくの?
私を妻に望んだこともないなんて言うの?
……その女を大事そうに抱えて。
大粒の翡翠を耳に飾った女。閻の服を着ているけれど、服からのぞく手首や足首にも、見たこともないほど豪華な、金で接がれた宝玉をいくつも着けている。
女は、青白い顔で、怯えたようにエウルにすがりついた。……いかにも男の庇護欲をそそる仕草で。
私には、わかった。あの女が、竜の血の力で、何かをエウルにしたんだって!
帝国の狙いは、エウルを殺すことじゃなかった。そうではなく、やはり、ロムランの血を汚すことだった!
「やめろ、スウリ。おまえはエウルの妻にはなれない。なれないんだ」
ああ、どうして兄さんは邪魔するの!? その女を遠くにやって、私がエウルに話しかければ、エウルは正気に戻るかもしれないのに!
腹心達も眉を顰めて私を見ている。
ああ、そういうこと! あの女の力は、たった一日で六人もの男を惑わすほど強いのね!
ああ、なんてこと! なんてこと! なんてこと!
家に戻され、父さんは兄さんとエウルに会いに行った。母さんと兄の許嫁に、私を絶対に天幕から出さないようにと言い置いて。
戻ってきた父さんは、天幕を放牧集団の端に移すと言った。私に、けっしてあの女とエウルに近づいてはいけないと、命じた。
誰よりもエウルに忠実に仕えている父さんさえ、あの女の力には逆らえなかった。
恐ろしい女。
汚れた血を持つ女。
この国に破滅をもたらす女。
あの女の力が、私にだけは効かないというのなら、これは蒼天の配剤なのだろう。
私こそが、エウルを守れ、と。
ええ、喜んで従います。この身を捧げます。
けっして、けっして、エウルをあの女のいいようにさせたりしない。エウルを取り戻してみせます。
この国を守ります。
ですから蒼天よ、どうか、お願いです。
忠実なる天の力の僕たる私を、お導きください。
エウルの心を狂わせた、あの女を殺すために。
兄さんはじめ、エウルの腹心達は、男らしくさっぱりした気性の者ばかりで、小狡いところがまったくない。
エウルはまさにその親玉みたいなもので、おおらかな大きな男で、そこがいいのだけど、だからこそ何かに執着したりはしないから、何かあって生き恥をさらすくらいなら、誇り高く討ち果てようなんて、笑って言い出すに決まっている。
そうしたら、兄さん以下、あの腹心達も大喜びで従うに違いない。一緒に蒼天へ行けることを幸いだと笑うような、まったく頼りにならない人しかいないんだもの。
なのにエウルは、自分達だけで行くって譲らなかった。父さんもだいぶ、手勢を連れて行けと言ったらしいのに、「おまえ達は女子供の居るアイルを守れ」と命じたって。
エウルらしい気遣いだった。公主を迎えるから私とは結婚できないなんて言っていたけど、私のことを心配してくれたのだ。
私の安全を考えてくれたのは嬉しい。でも、エウルはわかってない。エウルを失ったら、私がどんなに悲しむか。エウルの居ないその先を、どうやって生きていけというのだろう。
帝国は大昔から汚い奴らで、何をするかわからない。王の特別な御子であるエウルを誘い出して、卑怯なやり方で殺すつもりかもしれないのに。
王の御子達の中で、ロムランの力を持っているのはエウルだけ。次の王になるべきエウルに、竜血を引く女を妻にしろなんて言うなんて。そんな汚れた血を継いだ子を、エウルの次の王になんてできない。奴らは閻に混乱をもたらそうとしているのだ。
私は、ちゃんとわかってる。帝国との関係上、皇帝の娘をエウルの正妻にしなければならないって。
エウルは、愛している私を妾にするよりは、きちんとした身分ある男に嫁がせた方が、幸せになれると考えてくれた。
いいのに、そんなの。エウルが本当は誰よりも私を愛してくれてるってわかっているから、正妻じゃなくったってかまわない。
それより、他の男に身を任す方が嫌。
絶対に必要になるだろう、汚れた血を引かない子供を、他の女が産む方が耐えられない。
だから、私を無理して遠ざけなくていい。一緒に辛いことを乗り越えるから、そんなに一人で抱え込まないで。
帰ってきたら、そう伝えるつもりだったのに。
何でそんな目で見るの?
すぐにエウルの許に来られなかったから? これでも大急ぎで済ませてきたの。天幕を組み立てて、家財道具を運び込んで、家畜たちの面倒を見て。だって、そういうこときちんとしない女は嫌いでしょう? 私、ちゃんとやってきたのよ。
どうして私の手を振り払うように離れていくの?
私を妻に望んだこともないなんて言うの?
……その女を大事そうに抱えて。
大粒の翡翠を耳に飾った女。閻の服を着ているけれど、服からのぞく手首や足首にも、見たこともないほど豪華な、金で接がれた宝玉をいくつも着けている。
女は、青白い顔で、怯えたようにエウルにすがりついた。……いかにも男の庇護欲をそそる仕草で。
私には、わかった。あの女が、竜の血の力で、何かをエウルにしたんだって!
帝国の狙いは、エウルを殺すことじゃなかった。そうではなく、やはり、ロムランの血を汚すことだった!
「やめろ、スウリ。おまえはエウルの妻にはなれない。なれないんだ」
ああ、どうして兄さんは邪魔するの!? その女を遠くにやって、私がエウルに話しかければ、エウルは正気に戻るかもしれないのに!
腹心達も眉を顰めて私を見ている。
ああ、そういうこと! あの女の力は、たった一日で六人もの男を惑わすほど強いのね!
ああ、なんてこと! なんてこと! なんてこと!
家に戻され、父さんは兄さんとエウルに会いに行った。母さんと兄の許嫁に、私を絶対に天幕から出さないようにと言い置いて。
戻ってきた父さんは、天幕を放牧集団の端に移すと言った。私に、けっしてあの女とエウルに近づいてはいけないと、命じた。
誰よりもエウルに忠実に仕えている父さんさえ、あの女の力には逆らえなかった。
恐ろしい女。
汚れた血を持つ女。
この国に破滅をもたらす女。
あの女の力が、私にだけは効かないというのなら、これは蒼天の配剤なのだろう。
私こそが、エウルを守れ、と。
ええ、喜んで従います。この身を捧げます。
けっして、けっして、エウルをあの女のいいようにさせたりしない。エウルを取り戻してみせます。
この国を守ります。
ですから蒼天よ、どうか、お願いです。
忠実なる天の力の僕たる私を、お導きください。
エウルの心を狂わせた、あの女を殺すために。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
幼馴染の彼に想いを伝えれないまま死んだはずの私がタイムリープで幼稚園児となり人生をやり直す。
NOV
恋愛
病気で死ぬはずだった私がまさか飛行機事故で死ぬなんて……
みんなに何も伝えられないまま私は死んでしまうの!?
そんなのは嫌だ!!
家族や友達、そして『彼』に何も伝えないまま死ぬのは嫌よ。
幼馴染で初恋の『彼』に好きって想いを伝えないまま死ぬなんて……
神様お願い!!
私は彼にこの想いを伝えられないまま死ぬのが辛い。
だからお願い!!
私にもう一度チャンスをください。
大好きな『彼』にもう一度だけ会わせて欲しい。
でも願いが叶うことは無く私は死んだはずだったのに……
あれ? ここはどこ?
私は死んだんじゃなかったの?
何故、一緒に死んでしまったはずのお母さんが目の前にいるの?
もしかしてここが天国なの?
でも、なんか私、身体が小さくなっているような気がするのだけど……
ま、まさか、これって……!?
NOVがおおくりする『タイムリープ作品』第2弾!!
あなたは青春時代にやり残したことはないですか?
もう一度、あの日に戻りたいと思ったことはないですか?
【完結】目が覚めて前世を思い出したら、ざまぁされた処刑寸前の悪役王女でした
Rohdea
恋愛
──前世を思い出したのは、ざまぁされた後でした。
我儘で傲慢、癇癪持ち……気に入らない人間は次々と首にしていく。
でも、誰も自分には逆らえない。
そんな生活が当たり前だった王女、フェリシティ。
フェリシティはとある男爵令嬢の事が気に入らず、姑息な虐めや嫌がらせを日々繰り返していた。
その悪事が暴かれ断罪されると、これまでの素行の悪さもあり、処刑が決定してしまう!
処刑の日を待つ為、牢屋に収監されたフェリシティは、
そこで倒れた後、自分の前世を思い出す。
この世界は乙女ゲームの世界、自分は処刑される運命の悪役王女──……
「今!? なんで今!? これ、もう詰んでる!」
これはもう、処刑待ったナシ!
とにもかくにもまずは逃げなくては! と決意する。
そんなフェリシティが出会ったのは.......
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
姉の代わりでしかない私
下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。
リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。
アルファポリス様でも投稿しています。
気弱な公爵夫人様、ある日発狂する〜使用人達から虐待された結果邸内を破壊しまくると、何故か公爵に甘やかされる〜
下菊みこと
恋愛
狂犬卿の妻もまた狂犬のようです。
シャルロットは狂犬卿と呼ばれるレオと結婚するが、そんな夫には相手にされていない。使用人たちからはそれが理由で舐められて虐待され、しかし自分一人では何もできないため逃げ出すことすら出来ないシャルロット。シャルロットはついに壊れて発狂する。
小説家になろう様でも投稿しています。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる