王の寝室に侍る娘

伊簑木サイ

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彼がシスターを口説かなければならなくなった理由(わけ)11

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 彼女の真後ろでなく、少し横合いから声をかけることにする。会話の合間を見計らおうと、なんとなく彼女を見て、王は身の内が炙られるような嫉妬と、歯噛みしたくなる敗北感を感じた。
 なんと、彼女は満面の笑みを浮かべていたのだ。
 その、可愛らしく美しいこと! 彼にはちらりとも見せてくれなかったそれを、鬼畜大司教には、惜しげもなく披露していたのである。

 彼女はいろいろな理由があって、猊下が祖父だと知らないはずだった。少なくとも王は、猊下から悪魔よりも恐ろしい微笑みで、絶対に教えてはならないと釘を刺されていた。
 なのに、この笑顔!
 どうやら腹黒大司教は、なにくれとなく彼女を援助して、うまく懐柔したらしい。
 これから嫌われる予定の彼に対して、なんとも面白くないことこの上なかった。

 それに、彼女は彼と話をしていたのである。それを邪魔しておいて、これだ。王は我慢できなかった。
 二人を邪魔するべく、すぐさま声をかけた。

「奇遇ですね、アレクシード猊下」
「おや、これはハミル王」
「王?」

 彼女は驚いた顔で振り向いた。

「そうだよ。エスタマゼナのハミル王だ。私の甥でもあるのだよ。彼が何かあなたに失礼なことをしたかね? だったら、叔父として私が代わりに謝ろう」
「いいや。とても親切な騎士だと思っていたのだ。……洗濯など手伝わせてすまなかった。数々の無礼を許して欲しい」

 彼女は優雅に粛々と頭を下げた。

「好きでしたことだ。気にするな。それよりも、先程の話の続きなのだが」
「話とは?」

 猊下が白々しく嘴を突っ込んできた。自分でこの縁組を持ってきて、シアを口説けと言ったくせに、話とは、も何もない。
 王は睨みつけたくなるのを我慢して、艶然としてみせた。

「彼女に、我が許に来るようにと勧めていたところです。ここにいては危なかろうと」
「ですが、猊下、私は子供たちと離れたくありません。なので断ったのです」
「ほほう。どちらも慈悲の心に基づいた、正しき行いだ。されど、相反してしまっているのだね。ところで王よ、このたびは、いやに軽装でいらしたようだが?」

 嫌な所を突いてきた。舌打ちを堪えて、反論する。

「機動力を重視したので」
「となれば、女子供を伴うのは、無理がありましょう。せめて馬車でもなければ、結局途中で動きが取れなくなるのでは?」

 確かに、騎士と同じ旅程では、女の身ではきついだろう。かといって、途中でそのへんの馬車を雇うわけにもいかない。いずれ王妃となる彼女を、粗末な物に乗せるつもりはなかった。
 自分の前にでも乗せて、ゆっくりと行くしかなかろうと考えていたのだが、それでも足りず体調を崩されれば、足止めを食うことになる。
 黙るしかない王に、猊下はにこやかに頷いた。

「なに、心配なさることはない。私はしばらく、こちらの教会に滞在する予定だ。彼女の安全は私が保証しよう」

 それから、彼女にも微笑みかける。

「実はこの王はとても信心深い方でしてな。今度、エスタマゼナの大聖堂に寄進してくださる予定なのだよ」

 そんな話は、王は初耳だった。勝手にでっちあげるなと言ってやりたかったが、彼女の感嘆の声に、口を噤み続けるしかなかった。

「それは素晴らしいお志だ」

 尊敬のまなざしで見上げられ、その向こうでわざとにんまりしてみせた狡猾大司教に腹を立てつつも、誠実さを心掛けて彼女に返す。

「なに、神の信徒として当然のことだ」
「その浄財を、大聖堂付属の養護施設の拡充に充てようと思っているのだよ。王都であれば、いずれ、子供たちの教育にも、勤め先にも、ここより広い選択を与えてやれるだろう。どうかね、シスター・シア、子供たちと一緒にそこへ行かないかね?」
「はい、猊下。願ってもない!」

 彼女は王の気も知らず、大喜びで賛同した。
 これで彼は、彼女を置いて一人で王都へ戻り、寄進をして、ある程度環境を整えてから、出直してくるしかない。少しでも早く彼女を身近に置きたかった彼にとっては、大きな痛手だった。

 この程度の罰で済ましてやることをありがたく思え。

 王は、叔父である大司教が、冷たい瞳で言外にそう言っているのを、確かに聞いた気がしたのだった。
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