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第十話
しおりを挟む日曜日──
行き先は水族館に決まり、その後は、康介も仕事なら大丈夫ということで四人でショッピングをすることになった。幸い近くには巨大ショッピングモールがあり、食べるところにも困ることはなさそうだった。
もう朝か。
京介はぼんやりと目を覚まし、そして、顔を包み込む心地よい柔らかな感触にうっとりしながら、左手でもその感触を堪能する。
「ふへへ……」
「京介君、もう朝だよっ。早く起きないと! 今日はお出かけするんだから!」
「うーん……もう少し……」
ふにふに、ふにふに……
この柔らかな感触は何だろう?できればずっとこうしていたい。
「あ、あの、京介君っ……」
「んー……」
「京介君ってばっ」
突然の大きな声に驚き、まどろみから突然現実世界に引きずり戻される。ハッと目が覚めて、そこでようやく、徐々に自分が何をしているかに気づくのだった。
「ご、ごめんね大きな声出しちゃって。でももう起きなきゃだし……それに、ちょっとこれは恥ずかしいかな」
時生は頬を赤らめ、困ったように笑っている。
そう、京介は左手で彼女のたわわな胸を揉みつつその谷間に顔を埋めているのだ。しかも彼女は恥ずかしがりこそすれ嫌がる素振りも見せずに彼の頭を優しく撫でている。
「あ……あぁ……あっ……あの、あの、僕、あのっ……」
時生のTシャツに手を差し入れ、彼女の下着越しに胸を揉んでしまっている。その事実に気が付き、どんどん頭が沸騰してゆく。
「うわああああああああ!」
京介は顔を真っ赤にしながら飛び起きると、発狂しながら壁に頭を打ち付け始めた。
「僕は! 僕は! なんてことを! ゴミだよ! 切腹だよ! 殺して!」
「落ち着いて京介君⁉」
「ごめんよ時生さん! 僕は、僕は! 僕はなんてムッツリなんだ! こんな僕はこの世から追放されるべきなんだ!」
「大丈夫だよ京介君! 私気にしてないよ⁉」
「ていうかそもそもなんで時生さんがここに⁉」
「うん。起こしに来たんだけど、京介君がもうちょっと寝たいって言うから一緒に寝たんだよ!」
さも当然かのように笑顔で自信満々に答える時生。
危機感とか常識とか、そういったものは彼女にはないのだろうか。京介は少し心配になった。
京介は時生と向かい合い、
「だからってそんな簡単に男の子の布団に入っちゃだめでしょ⁉」
「京介君なら大丈夫だよ!」
「その自信はどこから来るの⁉」
「うん。ここに来る前から康介おじ様に京介君のことは聞いてたから」
「あー……そういやそうだっけ。あのさ、時生さん」
「うん?」
「父さんからどんな話を聞かされたのか知らないけど、それはいい部分しか話してないだけなんだと思うよ? 本当の僕のことを知ったら嫌いになるかもしれないし」
「本当の京介君て?」
時生が首を傾げる。
「あー、えっと。本当の僕っていうのはだから……臆病で人見知りで……」
「うん、それもおじ様から聞いてるから大丈夫だよ」
「いや、きっとそれだけじゃないよ。時生さんの中の僕がどんな人間なのかわからないけど、本来の僕は時生さんにこんなふうに優しくされていい人間じゃないんだよ」
「どうしてそんな悲しいことを言うの?」
「ど、どうしてって、それは……事実だからで」
「でもその事実は京介君が自分でそう思ってるだけだよね? 周りから見た京介君は違うかもしれないよね?」
時生がぎゅっと手を握ってくる。
悲しそうな眼差しで、真っ直ぐに京介を見つめてくる。
「じゃあ、京介君のこともっと教えてほしいな」
「で、でも……」
「私のことも京介君に知ってほしいな。ね、二人でちょっとずつお互いのこと知っていこうよ」
時生はよしよしと子供にするように京介の頭を撫でる。
「うん、そうだね……」
京介は少し俯いた。
と、時生のシャツの胸元からふくよかな胸の谷間が覗いていることに気が付き、思わずじっと見てしまった。
ついさっきまで、彼女の胸を揉んでいたことを思い出す。ふわふわで柔らかくて、とても気持ちが良かった。考えちゃだめだと頭ではわかっているのに、その感触を思い出して、また触れたいと思ってしまう。
「……京介君、触りたいの?」
時生が恥ずかしそうに胸を隠し、上目遣いで京介を見てくる。
「ご、ごごごごめん! 違う! あの、これはその! 本当ごめん! 殴っていいから!」
「大丈夫だよ、怒ってないから」
時生はクスクス笑う。
「もう、男の子だなあ」
「ほ、本当にごめん……ちょっと死んでくる……」
「もー、すぐ物騒なこと言うんだから」
時生がまた頭を撫でてくれる。
「京介君は意外とえっち。これは新しい情報だね。新しい京介君のこと知れて嬉しいよ」
「そ、そんな新情報インプットしないでほしい……」
「じゃ、もうそろそろ起きて朝ご飯食べよ? 楽しみだねえ、水族館」
無邪気に笑いながら、京介の手を引いてベッドを降りる時生。
朝からこんな可愛い子に起こされて、手を握られて、自分のことを知りたいなんて言ってもらえて、それはきっととても贅沢なことなのだろう。そう思う反面、自分なんかが彼女に優しくしてもらえることに申し訳無さを感じてしまう。
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