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家族
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ゴッという音が部屋に響いた。
こめかみに近い額を握りしめた拳で殴られたのだと、遅れて理解する。
数日間家を空けていた父親が今朝帰宅して早々に登校の準備をしていた私の元へ来て怒鳴り散らした。
口を開く度に漂うアルコール独特の臭いが私は苦手だった。
思わず顔を顰めてしまい、顔を真っ赤にした父親が私を殴ったのだ。
「父親になんだその目はぁ!俺はお前の父親だぞ!」
殴られてよろけた私の髪を引っ張り、無理矢理顔を上に向かされた。
「痛い…!放して!」
「"放してください、ごめんさない"だろぉが!」
髪が千切れそうなほどグイグイと引っ張られ、痛みに耐えきれず涙が溢れた。
隆志くんが言っていた「家庭の問題は簡単には変わらない」というのは本当だった。
私の父親はそもそも家にはあまり帰って来ず、外で浴びるように酒を飲んでくる。
そのあとは酔っぱらっているために頭がうまく回らずに私が何を言っても理解できないようで、すぐにこうやって暴力や暴言を吐いてくるのがお決まりだった。
「放してください…!ごめん、なさい!」
その言葉で満足したのか、漸く解放された。
私は足元に転がってしまったスクールバッグを引っ掴み、駆け足で玄関に向かうと、そのまま靴を履いて家から飛び出した。
後ろから父親の怒号が飛んでいたが、そんなものに構ってはいられないと、自転車にすぐに跨り全力で漕ぐ。
いつもは徒歩で通学していたが、もし後ろから走って追いかけてこられたらと思うと怖くて徒歩では行けそうになかった。
きっと、今の私の姿は道行く人から見たらとんでもない姿をしているんだろうなと、悲しくなって再び涙が溢れてくる。
学校へ着き駐輪場へ自転車を停めてから、保健室の方へ向かおうと校舎の中へ入ると、朝練終わりであろう袴姿の綾瀬の姿が見えた。
彼の方も私に気付いたようで、遠くから手を上げこちらに笑顔で近づいてくる。
ある程度まで近づいてくると私の額の傷に驚いたのか、目を大きく見開いた。
「え!?何、この傷!」
「ちょっと…ね」
「早くこっち来て!」
綾瀬が私の腕を掴んで保健室の方へずんずんと歩いた。
「額怪我するって何事?まさか、派手に転んだ?」
自分で言いながら「そんなわけないか」と綾瀬は眉をひそめた。
一度足を止め、少し屈みながら私の前髪をかき分けて傷口をまじまじと見つめる。
「…殴られた?」
さらに綾瀬の顔が歪められた。
傷口を見ただけで殴られたかどうかがわかるものなんだ…。
私が黙っているのを肯定と取ったのか、綾瀬の表情はみるみると険しいものとなった。
足を再び進めて保健室の前で立ち止まると、扉を開けて私を椅子へと座らせてくれる。
「今日は保健の先生午前中は留守にしてるから、俺の手当で我慢して」
消毒液を含ませたガーゼを額に付けられてピリッとした痛みが頭に広がり、思わず肩が揺れてしまった。
「ごめん、痛むよな」
「…ううん、大丈夫」
消毒をした額に慣れない手つきで絆創膏を真剣に貼ってくれる綾瀬を見て、少し気が緩んだのか小さなため息が出た。
家にいても本当にいいことは何もない。
あんな父親であればいっそのこと家に帰って来ずにどこかでのらりくらりとしてくれている方が断然いい。
両親が離婚してから徐々に始まった虐待だが、私が大きくなるにつれてそれはどんどん酷くなっていた。
父親が間違っていたとしても、私自身に意見があったとしても、殴られるから怒鳴られるからと我慢してしまう。
…嫌でも父親に自分自身が支配されているのがわかって嫌になる。
「はい、出来た」
「ありがとう」
お礼を言うと、「どういたしまして」と綾瀬が笑った。
が、すぐに真剣な顔になる。
「それ、誰にやられた?クラスメイト?もしかして、嫌がらせとか何かされてる?」
いつもよりいくらか低い声で私に問う様子は、かなり怒っていることが容易に感じ取れた。
ここでクラスメイトだと嘘を吐くのは後々ややこしいことになるかもしれない。
そう考えて、私は恐る恐る本当のことを話すことにした。
「実は…父親なの」
「…は!?」
「ずっと、虐待されてて」
「…もしかして、髪も引っ張られた?」
綾瀬が私の髪に手を伸ばそうとして、寸でのところで手を下げる。
「折角の綺麗な髪なのに、痛んでる」
「いつものことなの。帰ってきたら、いつも酔っぱらって私に暴力を振るってくる。今に始まったことじゃない」
綾瀬の顔が辛そうに歪められた。
優しい綾瀬のことだから、私が家でどんな目に遭ったかを想像したのかもしれない。
強く握った拳をわなわなと震わせているところを見ると、相当怒りを覚えてくれているようだ。
「…ごめん。こんなとき気の利いた慰めの言葉の一つくらい言えたらよかったんだろうけど、何も思いつかない」
内容が内容なために適当なことを言わないというところが綾瀬の本当にいいところだ。
こんな重い話をされてペラペラと思ってもいない慰めをする方がおかしいし、私もそれは余計に傷つくかもしれない。
「大丈夫。逆に嬉しい」
「今日は、帰ってまた暴力振るわれたりしないか?」
あの父親は一度帰ってきたらすぐにまた出て行って数日帰って来ないのがお決まりの行動だった。
…おそらく、外でお金を払って女の人と過ごしていると思う。
詳しくは知らないし、知りたくもないのでほぼ私自身の想像ではあるけれど。
「多分、大丈夫。今日は帰って来ない」
私の返答に綾瀬は本当に安心したんだろう。
大きなため息を吐いて「よかった」とこぼした。
「心配してくれてありがとう。ごめんね、色々気も遣わせちゃって」
「気にすることないよ。…弟も母さんとは上手くいってないから、家庭ごとに色々あるのは俺もわかるし」
「弟さんは…、お母さんとはどんな関係なの?」
綾瀬が目を伏せた。
「うちは笹川のところよりは全然マシだと思うよ。お互いにいないものとして扱ってる感じだから。二人とも俺を通して何か伝えるって感じ。暴力とかはないよ」
まあ、それはそれでかなり辛いことではあるけれど。と綾瀬が眉間に皺を寄せる。
「…弟、今入院してるんだけど、母さんは一度も見舞いに来てないし」
私はそれを聞いてぎょっとした。
…隆志くんが入院している?
一体どうしてそんなことになってしまったのだろうか。
隆志くんからのメッセージが一切ないのも、状態があまり良くないせいだったのかもしれない。
「た…」
思わず「隆志くん」と言いそうになり、慌てて口を閉じる。
綾瀬は片眉を上げてこちらを見た。
「…弟さんは、何かあったの?」
「うん…。ちょっと階段から落ちちゃってね。骨折したんだ」
「容態は大丈夫なの?」
「命に別状は特にないよ。今はリハビリしてる」
特に重体じゃなかったようで安心した。
入院の必要があってリハビリをしているということは足を骨折したのだろうか?
殴られることはあっても骨折を経験したことがない私からしたら、どれ程強烈な痛みなのか想像もつかない。
…そして、息子がそれだけの怪我をしたのに一度もお見舞いに行かない母親も大概だと思う。
暴力は振るわずともそれは隆志くんの心をかなりすり減らしているであろうことに変わりないはずだ。
「なあ、笹川ってもしかして隆志と知り合い?」
綾瀬が私の目をじっと見つめた。
嘘を吐いていないか見極めようとしているのだとすぐにわかった。
「…どうしてわかったの?」
「いや、やけに弟のことよく聞いてくるなって思ったんだよ。すごい気にしてるし、もしかしてどこかで知り合ったのかなって思って。さっきも隆志の名前言いかけてたし」
隆志くんの名前を言いかけて慌てて口を閉じたのは無意味だったらしい。
「でも、笹川もあいつも全然そんな素振り見せないからさ…。何か俺に知られたらまずかったりする?」
そう言われると綾瀬に知られて不味いことは何もない気はするが、隆志くんが話していないのなら何か彼なりに隠したい理由があるのかもしれない。
「…どうかな?私は何となく黙ってたの。隆志くんが話してないことを私が話すのもどうかと思って」
「なるほどね…。ちなみに二人はどこで知り合ったの?」
その質問をされて隆志くんが綾瀬に一番知られたくないことを理解した。
おそらく彼は自殺系サイトのことを綾瀬に知られたくなかったのだ。
確かに、兄弟がそんなものを管理してると知ったら綾瀬自身も良くは思わないに決まっている。
だからこそ、私と知り合いだということは黙っているのが得策だと考えていたのかもしれない。
年齢も学校も違う人間同士が出会うなんて、社会人でもなければ普通は難しいことだ。
「ごめん、それはちょっと言えないかな…」
それを聞いて綾瀬が肩を落とした。
「…もしかして、マッチングアプリ的な?」
「え!?」
「だって、それしか思い付かないもん。笹川は良いとして隆志何やってんだよ…」
綾瀬が舌を一度鳴らした。
誤解を生んだが、まだマッチングアプリで出会ったことにする方がマシかもしれない。
「…そうなの」
「やっぱり。隆志気難しくない?」
「全然!一緒に話をするの楽しかったよ」
「そう?ならいいけど。入院のこと知らないってことは隆志黙ってたんだな」
綾瀬が唐突に辺りを見渡すと、デスクに置かれたペンを手に取り、すぐ側にあったメモに何かを記した。
そのメモを千切り、私に差し出す。
そこには病院の名前と病室の番号が書かれていた。
「これ、隆志が入院している病院。よかったら行ってやってくれる?俺今日はちょっと学校の用があって行けそうにないんだ。…多分、近々退院するから今のうちに顔見せてやってくれたら嬉しい」
「え、いいの?」
「もちろん。俺に二人の関係が知られたっていうのがバレたらまずいとかなら、いくかどうかの判断は笹川がしてね」
綾瀬がよいしょと声を出しながら立ち上がるとそのまま保健室の扉へと足を進めた。
「じゃ、俺はそろそろ着替えないとまずいから先に戻るな」
肩越しに振り向いた綾瀬の表情は何故か少し儚げに見えた。
こめかみに近い額を握りしめた拳で殴られたのだと、遅れて理解する。
数日間家を空けていた父親が今朝帰宅して早々に登校の準備をしていた私の元へ来て怒鳴り散らした。
口を開く度に漂うアルコール独特の臭いが私は苦手だった。
思わず顔を顰めてしまい、顔を真っ赤にした父親が私を殴ったのだ。
「父親になんだその目はぁ!俺はお前の父親だぞ!」
殴られてよろけた私の髪を引っ張り、無理矢理顔を上に向かされた。
「痛い…!放して!」
「"放してください、ごめんさない"だろぉが!」
髪が千切れそうなほどグイグイと引っ張られ、痛みに耐えきれず涙が溢れた。
隆志くんが言っていた「家庭の問題は簡単には変わらない」というのは本当だった。
私の父親はそもそも家にはあまり帰って来ず、外で浴びるように酒を飲んでくる。
そのあとは酔っぱらっているために頭がうまく回らずに私が何を言っても理解できないようで、すぐにこうやって暴力や暴言を吐いてくるのがお決まりだった。
「放してください…!ごめん、なさい!」
その言葉で満足したのか、漸く解放された。
私は足元に転がってしまったスクールバッグを引っ掴み、駆け足で玄関に向かうと、そのまま靴を履いて家から飛び出した。
後ろから父親の怒号が飛んでいたが、そんなものに構ってはいられないと、自転車にすぐに跨り全力で漕ぐ。
いつもは徒歩で通学していたが、もし後ろから走って追いかけてこられたらと思うと怖くて徒歩では行けそうになかった。
きっと、今の私の姿は道行く人から見たらとんでもない姿をしているんだろうなと、悲しくなって再び涙が溢れてくる。
学校へ着き駐輪場へ自転車を停めてから、保健室の方へ向かおうと校舎の中へ入ると、朝練終わりであろう袴姿の綾瀬の姿が見えた。
彼の方も私に気付いたようで、遠くから手を上げこちらに笑顔で近づいてくる。
ある程度まで近づいてくると私の額の傷に驚いたのか、目を大きく見開いた。
「え!?何、この傷!」
「ちょっと…ね」
「早くこっち来て!」
綾瀬が私の腕を掴んで保健室の方へずんずんと歩いた。
「額怪我するって何事?まさか、派手に転んだ?」
自分で言いながら「そんなわけないか」と綾瀬は眉をひそめた。
一度足を止め、少し屈みながら私の前髪をかき分けて傷口をまじまじと見つめる。
「…殴られた?」
さらに綾瀬の顔が歪められた。
傷口を見ただけで殴られたかどうかがわかるものなんだ…。
私が黙っているのを肯定と取ったのか、綾瀬の表情はみるみると険しいものとなった。
足を再び進めて保健室の前で立ち止まると、扉を開けて私を椅子へと座らせてくれる。
「今日は保健の先生午前中は留守にしてるから、俺の手当で我慢して」
消毒液を含ませたガーゼを額に付けられてピリッとした痛みが頭に広がり、思わず肩が揺れてしまった。
「ごめん、痛むよな」
「…ううん、大丈夫」
消毒をした額に慣れない手つきで絆創膏を真剣に貼ってくれる綾瀬を見て、少し気が緩んだのか小さなため息が出た。
家にいても本当にいいことは何もない。
あんな父親であればいっそのこと家に帰って来ずにどこかでのらりくらりとしてくれている方が断然いい。
両親が離婚してから徐々に始まった虐待だが、私が大きくなるにつれてそれはどんどん酷くなっていた。
父親が間違っていたとしても、私自身に意見があったとしても、殴られるから怒鳴られるからと我慢してしまう。
…嫌でも父親に自分自身が支配されているのがわかって嫌になる。
「はい、出来た」
「ありがとう」
お礼を言うと、「どういたしまして」と綾瀬が笑った。
が、すぐに真剣な顔になる。
「それ、誰にやられた?クラスメイト?もしかして、嫌がらせとか何かされてる?」
いつもよりいくらか低い声で私に問う様子は、かなり怒っていることが容易に感じ取れた。
ここでクラスメイトだと嘘を吐くのは後々ややこしいことになるかもしれない。
そう考えて、私は恐る恐る本当のことを話すことにした。
「実は…父親なの」
「…は!?」
「ずっと、虐待されてて」
「…もしかして、髪も引っ張られた?」
綾瀬が私の髪に手を伸ばそうとして、寸でのところで手を下げる。
「折角の綺麗な髪なのに、痛んでる」
「いつものことなの。帰ってきたら、いつも酔っぱらって私に暴力を振るってくる。今に始まったことじゃない」
綾瀬の顔が辛そうに歪められた。
優しい綾瀬のことだから、私が家でどんな目に遭ったかを想像したのかもしれない。
強く握った拳をわなわなと震わせているところを見ると、相当怒りを覚えてくれているようだ。
「…ごめん。こんなとき気の利いた慰めの言葉の一つくらい言えたらよかったんだろうけど、何も思いつかない」
内容が内容なために適当なことを言わないというところが綾瀬の本当にいいところだ。
こんな重い話をされてペラペラと思ってもいない慰めをする方がおかしいし、私もそれは余計に傷つくかもしれない。
「大丈夫。逆に嬉しい」
「今日は、帰ってまた暴力振るわれたりしないか?」
あの父親は一度帰ってきたらすぐにまた出て行って数日帰って来ないのがお決まりの行動だった。
…おそらく、外でお金を払って女の人と過ごしていると思う。
詳しくは知らないし、知りたくもないのでほぼ私自身の想像ではあるけれど。
「多分、大丈夫。今日は帰って来ない」
私の返答に綾瀬は本当に安心したんだろう。
大きなため息を吐いて「よかった」とこぼした。
「心配してくれてありがとう。ごめんね、色々気も遣わせちゃって」
「気にすることないよ。…弟も母さんとは上手くいってないから、家庭ごとに色々あるのは俺もわかるし」
「弟さんは…、お母さんとはどんな関係なの?」
綾瀬が目を伏せた。
「うちは笹川のところよりは全然マシだと思うよ。お互いにいないものとして扱ってる感じだから。二人とも俺を通して何か伝えるって感じ。暴力とかはないよ」
まあ、それはそれでかなり辛いことではあるけれど。と綾瀬が眉間に皺を寄せる。
「…弟、今入院してるんだけど、母さんは一度も見舞いに来てないし」
私はそれを聞いてぎょっとした。
…隆志くんが入院している?
一体どうしてそんなことになってしまったのだろうか。
隆志くんからのメッセージが一切ないのも、状態があまり良くないせいだったのかもしれない。
「た…」
思わず「隆志くん」と言いそうになり、慌てて口を閉じる。
綾瀬は片眉を上げてこちらを見た。
「…弟さんは、何かあったの?」
「うん…。ちょっと階段から落ちちゃってね。骨折したんだ」
「容態は大丈夫なの?」
「命に別状は特にないよ。今はリハビリしてる」
特に重体じゃなかったようで安心した。
入院の必要があってリハビリをしているということは足を骨折したのだろうか?
殴られることはあっても骨折を経験したことがない私からしたら、どれ程強烈な痛みなのか想像もつかない。
…そして、息子がそれだけの怪我をしたのに一度もお見舞いに行かない母親も大概だと思う。
暴力は振るわずともそれは隆志くんの心をかなりすり減らしているであろうことに変わりないはずだ。
「なあ、笹川ってもしかして隆志と知り合い?」
綾瀬が私の目をじっと見つめた。
嘘を吐いていないか見極めようとしているのだとすぐにわかった。
「…どうしてわかったの?」
「いや、やけに弟のことよく聞いてくるなって思ったんだよ。すごい気にしてるし、もしかしてどこかで知り合ったのかなって思って。さっきも隆志の名前言いかけてたし」
隆志くんの名前を言いかけて慌てて口を閉じたのは無意味だったらしい。
「でも、笹川もあいつも全然そんな素振り見せないからさ…。何か俺に知られたらまずかったりする?」
そう言われると綾瀬に知られて不味いことは何もない気はするが、隆志くんが話していないのなら何か彼なりに隠したい理由があるのかもしれない。
「…どうかな?私は何となく黙ってたの。隆志くんが話してないことを私が話すのもどうかと思って」
「なるほどね…。ちなみに二人はどこで知り合ったの?」
その質問をされて隆志くんが綾瀬に一番知られたくないことを理解した。
おそらく彼は自殺系サイトのことを綾瀬に知られたくなかったのだ。
確かに、兄弟がそんなものを管理してると知ったら綾瀬自身も良くは思わないに決まっている。
だからこそ、私と知り合いだということは黙っているのが得策だと考えていたのかもしれない。
年齢も学校も違う人間同士が出会うなんて、社会人でもなければ普通は難しいことだ。
「ごめん、それはちょっと言えないかな…」
それを聞いて綾瀬が肩を落とした。
「…もしかして、マッチングアプリ的な?」
「え!?」
「だって、それしか思い付かないもん。笹川は良いとして隆志何やってんだよ…」
綾瀬が舌を一度鳴らした。
誤解を生んだが、まだマッチングアプリで出会ったことにする方がマシかもしれない。
「…そうなの」
「やっぱり。隆志気難しくない?」
「全然!一緒に話をするの楽しかったよ」
「そう?ならいいけど。入院のこと知らないってことは隆志黙ってたんだな」
綾瀬が唐突に辺りを見渡すと、デスクに置かれたペンを手に取り、すぐ側にあったメモに何かを記した。
そのメモを千切り、私に差し出す。
そこには病院の名前と病室の番号が書かれていた。
「これ、隆志が入院している病院。よかったら行ってやってくれる?俺今日はちょっと学校の用があって行けそうにないんだ。…多分、近々退院するから今のうちに顔見せてやってくれたら嬉しい」
「え、いいの?」
「もちろん。俺に二人の関係が知られたっていうのがバレたらまずいとかなら、いくかどうかの判断は笹川がしてね」
綾瀬がよいしょと声を出しながら立ち上がるとそのまま保健室の扉へと足を進めた。
「じゃ、俺はそろそろ着替えないとまずいから先に戻るな」
肩越しに振り向いた綾瀬の表情は何故か少し儚げに見えた。
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