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迷い-1-
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目を覚ますと、最初に真っ白な天井が目に入った。
ああ、そうか。
俺はあのくそ野郎に脚を折られて…。
身体を起こそうと身を捩ると、右手が誰かに握られていることに気が付いた。
視線を向けると、幸人が俺の手を握ったまま俯いていた。
長い前髪が垂れているせいで、寝ているのか起きているのかは見えない。
俺が幸人の手を解こうとすると、逆にギュッと握られた。
「…何だ、起きてるのかよ」
そう言ってやると、幸人がやっと顔を上げた。
眉間に寄せられた皺は、いつも笑ってばかりの幸人には似つかわしくない。
「…田村先生から連絡があった。隆志が階段を踏み外したみたいで倒れてたって」
田村先生。田村聖二《たむら せいじ》はあのくそ野郎のことだ。
幸人のクラスの担任も務めていたことがあって、幸人曰く「良い先生」。
今でも町中で会えば、挨拶や雑談をすると聞いた。
…俺があいつに怪我を負わされたなんて思ってもいないんだろうな。
「…へー、そう」
俺は幸人と目をあわさず、ぶっきら棒にそう言った。
「何だよ、その態度。俺がどれだけ心配したと…」
「俺が何で怪我したとか気にならないんだ?」
幸人の言葉に被せるように言うと、幸人は目をぱちくりさせた。
「だから…、階段を踏み外したんだろ?」
やっぱりそうだ。
俺は幸人のこういうところが気に入らない。
幸人にとっての田村はあくまでも「尊敬に値する人」だ。
そんな人が嘘なんて吐かないと思っている。
…いや、そう考えるのは当たり前かもしれないけど。
誰も教師が元教え子の骨を折るなんて思わない。
でも、それでも俺は…「隆志の口からも事の経緯を教えて」と言ってほしかった。
「階段を踏み外した」だなんて、決めつけずに。
それは本当の事なのかどうか、少しくらいは疑ってほしかった。
「…母さんは?」
「…仕事が忙しいって」
そして、母親も。
普通は自分の子供が怪我をしたら病院に来るんじゃないのか。
食わせてもらって学校に行かせてもらってるだけ幸せだと言えばそこまでかもしれないが。
…本当に、家庭の問題はそう簡単に変わらないよ、真由美さん。
「あのババアにとって、俺は邪魔者でしかないんだろうな。本当はあんたと二人で暮らしたいはずだよ」
「またお前はそういうことを言う…」
幸人が溜め息を吐いた。
「…心配してる弟に溜め息なんか吐くんだ?お兄ちゃんは」
幸人は胸を張り、再び大きな息を吐いた。
「俺だって、命には別条ないって聞いてても、隆志が目を覚ますまで気が気じゃなかった。だから、今日だって学校を休んでずっと隆志の傍にいた。お前、一体俺の何がそんなに気に食わないんだよ。こんなに俺は隆志を」
「あんたは弟に優しい自分に酔ってるだけだろ!?何一つ俺のことを想ってもないし、俺のことを知ろうともしない!」
幸人が自分に酔っていないことなんてわかっていたし、俺のことを想ってくれていることも知っている。
それでも、一度開いた口は止まらなかった。
「いつだってそうだ。あんたの方が恵まれてる。名前の通り、"幸せな人"だからな!」
突然大きな声を出したせいで最後の方は声が擦れていた。
そんな俺を幸人は静かに見ていた。
いつもはコロコロと変わる顔が、今日は一切綻ばない。
「それ、本当に思ってんの?」
ひどく落ち着いた声で、幸人が言った。
俺とはまるで逆だ。
笑わない目が、俺を射止める。
怒っているのかいないのか、感情が読み取れない。
「俺がお前のこと想ってないって、自分に酔ってるって」
違う、そんなことが言いたいんじゃなかった。
どうしても母さんに愛されない俺に、ただ同情してほしかっただけだ。
そう言いたかったが、俺の口はまるで石になったように動かなかった。
「…馬鹿野郎」
幸人は俺の頭を軽く叩くと、そのまま病室を出て行った。
悪いのは俺の方だということはわかっている。
俺が本当のことを自分から話せばよかった、ただそれだけのことだ。
敢えて母さんの話題を出したのも俺だ。
全部俺が悪い。
それはわかっている。
わかってはいるけど、それを簡単に出来れば苦労はしない。
俺は結局、まだ子供なんだ。
だから、勝手に突っ走ってこんな目に遭う。
俺がもっと慎重に行動していれば、きっとこんな目に遭っていなかった。
「俺も…"幸せな人"になりたかった…」
ポツリと呟いた俺の声が病室に落ちた。
ああ、そうか。
俺はあのくそ野郎に脚を折られて…。
身体を起こそうと身を捩ると、右手が誰かに握られていることに気が付いた。
視線を向けると、幸人が俺の手を握ったまま俯いていた。
長い前髪が垂れているせいで、寝ているのか起きているのかは見えない。
俺が幸人の手を解こうとすると、逆にギュッと握られた。
「…何だ、起きてるのかよ」
そう言ってやると、幸人がやっと顔を上げた。
眉間に寄せられた皺は、いつも笑ってばかりの幸人には似つかわしくない。
「…田村先生から連絡があった。隆志が階段を踏み外したみたいで倒れてたって」
田村先生。田村聖二《たむら せいじ》はあのくそ野郎のことだ。
幸人のクラスの担任も務めていたことがあって、幸人曰く「良い先生」。
今でも町中で会えば、挨拶や雑談をすると聞いた。
…俺があいつに怪我を負わされたなんて思ってもいないんだろうな。
「…へー、そう」
俺は幸人と目をあわさず、ぶっきら棒にそう言った。
「何だよ、その態度。俺がどれだけ心配したと…」
「俺が何で怪我したとか気にならないんだ?」
幸人の言葉に被せるように言うと、幸人は目をぱちくりさせた。
「だから…、階段を踏み外したんだろ?」
やっぱりそうだ。
俺は幸人のこういうところが気に入らない。
幸人にとっての田村はあくまでも「尊敬に値する人」だ。
そんな人が嘘なんて吐かないと思っている。
…いや、そう考えるのは当たり前かもしれないけど。
誰も教師が元教え子の骨を折るなんて思わない。
でも、それでも俺は…「隆志の口からも事の経緯を教えて」と言ってほしかった。
「階段を踏み外した」だなんて、決めつけずに。
それは本当の事なのかどうか、少しくらいは疑ってほしかった。
「…母さんは?」
「…仕事が忙しいって」
そして、母親も。
普通は自分の子供が怪我をしたら病院に来るんじゃないのか。
食わせてもらって学校に行かせてもらってるだけ幸せだと言えばそこまでかもしれないが。
…本当に、家庭の問題はそう簡単に変わらないよ、真由美さん。
「あのババアにとって、俺は邪魔者でしかないんだろうな。本当はあんたと二人で暮らしたいはずだよ」
「またお前はそういうことを言う…」
幸人が溜め息を吐いた。
「…心配してる弟に溜め息なんか吐くんだ?お兄ちゃんは」
幸人は胸を張り、再び大きな息を吐いた。
「俺だって、命には別条ないって聞いてても、隆志が目を覚ますまで気が気じゃなかった。だから、今日だって学校を休んでずっと隆志の傍にいた。お前、一体俺の何がそんなに気に食わないんだよ。こんなに俺は隆志を」
「あんたは弟に優しい自分に酔ってるだけだろ!?何一つ俺のことを想ってもないし、俺のことを知ろうともしない!」
幸人が自分に酔っていないことなんてわかっていたし、俺のことを想ってくれていることも知っている。
それでも、一度開いた口は止まらなかった。
「いつだってそうだ。あんたの方が恵まれてる。名前の通り、"幸せな人"だからな!」
突然大きな声を出したせいで最後の方は声が擦れていた。
そんな俺を幸人は静かに見ていた。
いつもはコロコロと変わる顔が、今日は一切綻ばない。
「それ、本当に思ってんの?」
ひどく落ち着いた声で、幸人が言った。
俺とはまるで逆だ。
笑わない目が、俺を射止める。
怒っているのかいないのか、感情が読み取れない。
「俺がお前のこと想ってないって、自分に酔ってるって」
違う、そんなことが言いたいんじゃなかった。
どうしても母さんに愛されない俺に、ただ同情してほしかっただけだ。
そう言いたかったが、俺の口はまるで石になったように動かなかった。
「…馬鹿野郎」
幸人は俺の頭を軽く叩くと、そのまま病室を出て行った。
悪いのは俺の方だということはわかっている。
俺が本当のことを自分から話せばよかった、ただそれだけのことだ。
敢えて母さんの話題を出したのも俺だ。
全部俺が悪い。
それはわかっている。
わかってはいるけど、それを簡単に出来れば苦労はしない。
俺は結局、まだ子供なんだ。
だから、勝手に突っ走ってこんな目に遭う。
俺がもっと慎重に行動していれば、きっとこんな目に遭っていなかった。
「俺も…"幸せな人"になりたかった…」
ポツリと呟いた俺の声が病室に落ちた。
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