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大城時風

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崩壊-2-

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だから、俺は中学に入ってすぐに、リーダー格だったヤツを呼び出した。
そいつの名前は田中正喜たなか まさき
名前は「正しく喜ぶ」なのに、俺はそいつが正しく喜んでいるところなんて一度も見たことがなかった。

「あーっと…お前誰だっけ」

あいつはわざとらしく俺を指さしながらそう言ってきたよ。
中学生になって、田中がひどくちっぽけな存在に思えた。
背も俺より低くなってたし、物理的にも小さいなって。

「綾瀬だよ、綾瀬隆志。忘れたわけじゃねえだろ」
「ああ!お前かあ。まだ生きてたの?死んだかと思ってたよー」

何で俺はこんな奴にひれ伏して、言うことを聞いて、泣いてたんだろうって、不思議に思った。

だって、そうじゃん。
こんな一人じゃ何も出来ないような奴にビビってたなんて可笑しすぎるだろ。
自分がどれだけ重大なことをしてしまったのかもわかっていない、こんな馬鹿の為に流す涙が勿体なかった。
気が付いたら俺は田中の前髪を掴んで、昔あいつに言われたことをそのまま言ってた。
「お前、キモイ面してるよな。整形しろよ。それとも俺が顔変えてやろうか?」って。

「はあ?お前誰に言ってんのかわかって…!?」

この期に及んでまだ自分が優位に立ってると思ってる田中に腹が立って、俺はあいつが言い終わる前に顔を殴ってた。
1秒の間も置かずに次は顔を蹴った。
抵抗しようとすれば、俺が奴の顔面を踏んずけてやった。

「悔しいか?昔いじめてた相手にこんな風にされてよ。俺に殴られる気分はどんな感じ?…なあ、教えてよ」

田中は何も言わなかった。
何も言わずに俺を睨みつけてきた。
その目には"何でこんなことするんだ"って書いているような気がした。
俺は奴の手を思いっきり踏みつけた。
グリグリと何かを踏み潰すように踏めば、田中は悲痛な声を上げた。

「何で、お前らはあくまでも加害者側なのに、そんな被害者面が出来るわけ。教えてくれよ、俺にもわかるように。ちゃんとさあ…」

これは純粋に疑問だった。
仕掛けてきたのはそっちなのに、いざ仕返しされた途端、被害者面をする。
「可哀想な自分」を全面に押し出してくる。
だって、こんなのおかしい。
俺は耐えてきた来たのに、あいつらは耐えられない。
そんなおかしな話はない。

「…俺はっ…悪く…ない!!」

田中は目に涙を溜めながらそう言った。

「へー、驚いた。覚えてるか?自殺の練習だとか言って俺を屋上から突き落とそうとしたこと。あれはどうなる?お前直々に、しかもノリノリだったよな」
「違う…違うんだよ…」

まるで命乞いだった。
今にも漏らしそうな顔してさ。

「違う?なにが」

田中の手から足を退けて、俺はしゃがみ込んで田中と目線を合わせた。

「命令したのは…俺じゃない…」
「ふーん。じゃあ、誰よ?」
「渡辺…。渡辺…剛志…」

それが嘘だということはわかっていた。
渡辺剛志わたなべ つよしは田中の大親友だ。
田中は自分が助かりたいがために大親友を俺に売ったんだ。
何とも薄っぺらい友情なんだろうって、俺は笑いそうになった。

…人のことを言えたものじゃないけど。

俺は田中の前髪を掴んで無理矢理顔を近付けた。

「そーなの。でも…大親友を売るのは駄目っしょ。罰として…そうだな。背中にこれ貼って校内片っ端から歩け」

…何書いてたのか気になる?
真由美さんにはあんまり言いたくないな。
まあ、昔に俺も貼られた紙と同じ内容だよ。

「出来るよな?俺は昔やったぞ?だったら、リーダーであったお前も出来るよな?だって、お前、俺より劣ってるとこないんだろ?」
「も…やめてくれよ…」

涙を流しながら、鼻水まで出して懇願する田中ほど惨めなものはないと思う。
主犯格が苦痛に顔を歪めてる姿を思い出すと、今でも気持ちが楽になる。

「やめねえよ。俺は渡辺探してくるから、お前歩いとけよ。逃げたら殺すぞ。言っとくけど脅しじゃないからな」

俺は紙切れを田中に投げつけて、渡辺を探すためにその場を一旦離れた。
もう、人生でこれほど楽しいことはないと思った。
昔、自分のことをいじめていた奴らに復讐することがこれほどまで清々するなんて。

俺は渡辺を見つけるや否や、顔面を一発殴りつけた。
渡辺は不意打ちに対処出来ず、地面に倒れ込んだ。
殴られた頬を抑えながら俺を見上げた渡辺は、驚きすぎて数秒間固まっていた。

「形勢逆転だなあ、渡辺。ハハ…、俺が憎い?」

目を細めて笑う俺に、渡辺は苦笑した。
頬は抑えたまま、地面に手を付いて立ち上がる。

「憎いなんてもんじゃないかも…」
「へーえ。剛志くん、俺はね、お前らにずっと復讐したかったわけ。…お前らに対する恨みは誰にも負けねえよ」

俺の気迫に負けたのか、渡辺は俺から距離を置くために後退りしていく。
その度に俺は一歩二歩と前へ進んだ。

「…悪いけど、俺はいじめの主犯じゃないからな…」

いや、いじめに対して主犯だとか主犯じゃないとかもう関係ない。
手を出してる時点でもう"加害者"だからさ。
どんだけ頭悪いんだよと思った。

「わかってるよ、んなこと。でも、もう主犯だとか関係ねーんだよ。しかも、田中がお前を売ったんだし」
「…マジかよ。あいつ親友だと思ってたのに…」

渡辺の顔から血の気が引いていくのがわかった。

…俺も"親友"に裏切られたとき、こんな顔だったのかもしれない。
安くて脆くて薄っぺらい友達ごっこなんて馬鹿がすることだ。
俺はもう二度と同じ目には遭わない。

「お前らの友情なんて所詮、上辺だけのものなんだよ」

不意に「わあ!」とみんなが騒ぐ声が聞こえた。

…真由美さん、何でかわかる?
田中だよ。あいつ本当に背中に紙貼って歩いてんの。
笑っちゃうだろ。

「田中!お前何やってんの?」
「やだあ、何の罰ゲーム?」

陰から覗いてみると、田中が泣きそうな顔をしながら廊下をゆっくりと歩いていた。
意外にインパクトが少なかった。

やるなら制服も剥ぎ取って素っ裸でやらせればよかった。
これは今でも思う下らない後悔の一つ。

「ははははは!ウケる!あいつマジでやってるよ!」

まあ、俺を楽しませるには十分だったんだけど。

俺はその場で腹を抱えて爆笑した。
すると、渡辺が真っ青な顔をして言った。

「あいつって田中のことかよ?…あいつに何した?」
「あ?お前まだあいつのこと親友だと思ってる?やめとけよ。もう田中はお前の事これっぽっちも親友だなんて思ってないだろうから」
「何したんだよ?」

渡辺は俺をギロリと睨んだ。
渡辺の反応は俺の意表を突いた。

田中に裏切られてるのに、田中を想うその顔が気にくわなかった。
俺は簡単に"親友"に捨てられたのにっていう嫉妬も少なからず混じってたとは思う。
そりゃそうだろ。
誰だってそう思う。

「おーこわっ!ただ、"俺が昔に貼られた紙と同じ内容"の紙を背中に貼ってもらってるだけだよ」

俺の発言に、渡辺はすぐにピンと来たようだった。

「てめえ…」

渡辺は俺の胸倉を掴む。怒りからだろうな、手が震えていた。

「何?お前、裏切られたのに、まだあいつのこと信じてるわけ?信じらんねえよ。どこまで馬鹿なんだよ」
「綾瀬の分際で俺らを侮辱すんなっ!」

分際。身のほど。
何で同級生にこんなこと言われないといけないんだ。
しかも、何一つ俺より優れたところがない男に。
いじめをするやつはみんなそうだ。
そうやって他人を勝手に自分より下だと思い込ませて、「分際で」だとか「身のほどをわきまえろ」だとか言う。
同等かそれ以下の自分を棚に上げて。
…悲しくなるよね、真由美さん。

俺は渡辺のすぐ横の壁を殴った。
拳が少し切れた。

「…っ!」
「その綾瀬の分際にビビってる自分は何なんだよ」

俺は鼻先がくっ付きそうなくらい顔を近付けて言った。
一瞬、渡辺が怯んだ。

「…てめえ!マジで許さねえ!」

渡辺が俺の頬を思いっきり殴りつけた。
正直めちゃくちゃいたかった。
口の中も普通に切れた。
でも、心の痛みに比べたら屁でもなかった。

「弱いくせに調子に乗ってんじゃねえよ!」

俺は口元から出た血を拭った。
ピリッとした感覚が走って顔を歪める。

「流石に痛いわ」
「わかったら失せろよ!」
「まあまあ、そう焦らずに」

俺はポケットの中を探った。
指に固いものがあたる。
先程、顔を近付けたときに渡辺のポケットから密かに抜き取っていたものだ。

「お、あったあった。これさ、お前のだよな」

渡辺は俺の手の中にあるものを見てハッとする。

「俺のスマホ…いつの間に…」
「ほしい?」
「返せよ!」

俺は昔、渡辺に上履きを盗まれたときのことを思い出していた。
本当に小学生なのか疑いたくなるような冷たい顔で見下ろしてくる渡辺を脳裏に浮かべるだけで反吐が出そうになる。

「返してほしいなら口を開けな」

俺の言葉に渡辺は間抜けな顔をした。
イマイチ状況が呑み込めない、そんな顔。

「早くしろよクズ。ぶっ殺すぞ」
「てめ…いい加減に…」

俺は渡辺のスマホを大きく振りかぶった。
俺の言うことを全く聞く耳を持たない渡辺に苛立ったから。
壁に思い切り叩きつけてやろうと思った。
…そしたら、渡辺は必死で俺を止めようとしてきた。
そりゃ親が持たせてくれてるスマホを潰されちゃひとたまりもないもんね。
でも、俺は、スマホの為に叫ぶ渡辺の口にスマホを無理矢理押し込んでやった。

「覚えてるか…?渡辺、お前は昔、俺の上履きを奪ってこう言った。"返してほしけりゃ口開けな"ってな。小学生のガキがどこでそんな言葉覚えてくんの?」

俺は更にスマホを押し込んだ。
渡辺の口の端から涎が流れる。

「俺は口を開けなかった。そしたらお前、俺の口をこじ開けて俺の口に上履きを押し込んだ。息も出来ないほどに」

渡辺は相当苦しかったんだと思う。スマホを押し込んでる俺の手を爪を立てて引っ掻いてた。
薄皮が捲れて血が少し滲んでたけど、そんなことは大したことじゃなかった。
俺が受けた苦しみに比べたら、こんな痛みなんてあってないようなものだから。

「苦しい?…俺はもっと苦しかった」

渡辺の目に涙が溜まってくる。顔も赤い。

「俺の痛みはこんなもんじゃなかった」

スマホを更に捻り込む。
渡辺の唇が切れた。

「次に復讐してほしい相手の名前を言えよ。頷いたらやめてやるよ」

渡辺は必死に何度も頷いた。

いくら助かりたいからと言っても、一度は俺をいじめることで一致団結していたクラスメイトを売ることに胸が痛まないのか?
…俺なら痛む、と思う。
こいつら相手に同情なんてしないけど。

俺は渡辺の口からスマホを引き抜いた。
涎が渡辺の口端から細い糸の様に伸びて、切れた。

「指名しろよ」
「…げほ!ごほっ…ごほっ…、あ、安藤…裕太」

安藤裕太あんどう ゆうた
こいつも田中や渡辺とよく行動してたクズの中のクズだった。
死ぬまで反省なんてしないような脳みそまで腐ってるような奴だ。
でも…、いつもつるんでた仲間に指名された安藤が哀れで惨めで無様で、俺は心底嬉しかった。
こいつらの仲にはやっぱり友情なんてものは存在しなかったんだっていう、そういう安心もあったのかもしれない。
…俺だけ"親友"に裏切られるなんて不平等だもん。

「了解。あ、これ返すな」

そう言って俺は渡辺のスマホを地面に叩きつけた。
画面が割れて、小さい部品のようなものが散らばった。
それを見て、渡辺は目を見開いた。

「あー、悪い。手滑ったわ。これを機会にママに新しいの買ってもらったら?」

結局、その日はチャイムが鳴って、復讐は終了した。
それから、すぐに俺は転校した。
それは、復讐した相手にまたいじめられるのが怖いとかじゃなくて、さっきも言ったように、俺の大切な人が田中たちに傷つけられたから。
一度、人を傷つけたことがある奴は何度だって繰り返すからね。

転校先の中学校は何処でもよかったけど、出来るだけ当時の担任の住んでる町の近くに通いたかったから、今のところを選んだ。
…仮に他の奴らへの復讐を諦めたとしても、あの担任だけは逃がしたくなかったから。
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