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椅子の埋まった待合室で

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椅子のすべて埋まった待合室で待つこと1時間。外のポカポカの陽気と、俯き加減の人々の静けさが、時間の間延びした空間を作っていた。
美沙にとって、待つ時間はそれほど苦ではなかった。家にいて、娘をどう扱っていいか持て余した母の困り顔を見ているくらいなら、ここでぼんやりと座っているほうがマシだ。仕事を休みがちになってからは、なにか言いたげな視線を背中によく感じる。

少し顔を上げて前に座る人々の後頭部を見渡すと、母親に付き添ってもらっている女性がいた。
(理解のあるお母さんだな……)
美沙の母、和子は美沙が心療内科にかかることに賛成しなかった。
内科医院から心療内科へ行くことをすすめられたと伝えたとき、和子は「どうして」眉をひそめた。「そんなところへ行かなくてもいい」と言い張り、今朝美沙が家を出ようとしたときも、玄関まで見送りながら渋い表情だった。できれば引き止めたいと思っているような。
現在の美沙のつらさより、今後、結婚や転職の際に不利になることを心配していたのだ。
あの様子では、ここへ一緒に来て娘の状態を知ることはこれからもないだろう。
昔よりもメンタルヘルスへのハードルは下がったとはいえ、昭和世代を生きてきた和子にとって、精神の病むことはイコール「異常」「心が弱い」「治らない病気」というもので、そんな訳の分からないものとは関わりたくないというのが正直なところだった。
息子夫婦と敷地内同居し、娘を嫁に出し、孫に恵まれ、さあ後は地元の役所に勤める末の娘を嫁がせれば仕事は終わりと思っていたさなか、突然のつまづきだったに違いない。

――とうとうここまで来てしまった。
一人冷たい沼に沈んでいくような重たさの片隅に、ようやく一歩前進できるかもしれないという期待もある。

寄り添う母娘から視線を外して全体を見る。
(なんというか、地味だな)
心療内科に行くのに服装に気合を入れる人などいないのも当然だが、全体的に黒や茶色など地味な色合いの服装が多い。そう思う美沙だって、洗顔後化粧水を付けただけで化粧はしていないし、肩までの髪は寝起きにとかしただけだ。初めて来たのに、すっかりこの空気に同化している。
(そろそろ冬物のセーターをしまわないとな……)
とりとめのないことを考えていると、メガネをかけた猫背の初老男性が美沙を呼びにきた。スーツのジャケットを脱いだスラックスとニットベストにネクタイといった服装。白衣は着ていない。案内された部屋で小さなデスクを挟み、キャスター付きの椅子に向かい合って座ると、男性はカウンセラーだと名乗った。

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