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 「でも、それはただの憶測でしょう?」

 と私は弱々しく反論した。

 「もしかしたら、全員、増援も含めて倒せるかもしれないじゃない」

 前橋の表情は変わらず、冷静だった。

 「それを憶測と呼ぶなら、覚えておけ。今の俺たちが持てる情報の大半、特にお前の隠された力に関しては、すべて推測に基づいている。だから俺たちは、今できる最良の選択をしなければならない。事実に基づき、最も可能性の高い道を選ぶことだ」

 彼の言葉は私の心に深く響いた。前橋の指摘は正しかった。たとえ圧倒的な逆境に直面していても、私たちは勝算を見極め、最善の選択をしなければならなかった。

 前橋は再び口を開いた。

 「今、お前は母親が直面したのと同じ状況に直面している。俺が一緒に行けば、全員殺されて終わる。しかし、もし俺を見捨てれば、妹を救うことができる。しかも、運が良ければ、この汚い研究所を破壊し、将来の犠牲者、数百人、いや、数千人を防ぐことができる。だから、お前のようなバカでも理解できるだろう、選ぶべき道は明白だ」

 前橋の言葉は、私の内心に激しい衝撃を与えた。論理的に考えれば、彼の言う通り、彼を見捨てて妹を救い、さらなる犠牲者を防ぐのが最良の選択であることは明白だった。

 でも――

 「いえ、前橋少佐。一緒に行きましょう」

 私は彼の驚きと感嘆が入り混じった表情を見ながら、決然と答えた。

 「確かに、あなたを見捨てる選択をすれば、妹を含む何千人もの命が救えるかもしれません。でも、あなたの助けがなければ、ここまでたどり着くことも、妹一人の命も救うこともできなかったでしょう。だからこそ、私はあなたと一緒に行きたい。ソーニャもきっと私の選択を理解してくれるはず。どうか、一緒に来てください、少佐」

 前橋の表情が変わった。彼は微笑みを浮かべ、次第に大きな笑い声を上げた。その笑顔は穏やかで、私をまっすぐに見つめながら、どこか深い意味を持っていた。

  その時、ふいに彼の制帽にあしらわれた星が目に入った。一条も清潔な着こなしだったけど、前橋もそれ以上にきれいな制服の着こなしで、強く、美しく輝く黄金の星が彼全体を輝かせているようだった。

 「お前はやっぱり母親とまったく変わらないな――」

 と彼は言った。

 「そして、昔とも何も変わってない」

 私は彼の言葉の意味が分からず、困惑した。

 「手を出せ」

 と彼は命じた。

 混乱しながらも、私はその指示に従った。

 前橋は私の手のひらに何かを置いた。それは赤い宝石が埋め込まれたネックレスで――紛れもなく、王家に伝わる、私が持っていたネックレスだった。私は驚きとともに、その意味を理解しようとした。

 「あなた――」

 前橋は私の質問を無視して、続けた。

 「あの時は俺よりも背が低かったが、今は背が高くなったな。あの時、普通の人間が一生経験しない惨禍を経験しながらも、健やかに立派に育ったお前を見られて本当にうれしかった」

 彼の声に込められた感情は深いものがあった。さらに続けて、

 「約束は果たした。これをお前が生きてくれた証として、今返す」

 エレベーターのドアが閉まりかけていた。その瞬間、彼は私をエレベーターの内部に押し込んだ。

 「行け、妹を救え。そしてもっと多くの命を救え」

 と彼は力強く言うと、彼は私に敬礼をした。

 ドアが閉まりかけたエレベーターの中で、私は必死にボタンを押したけど、エレベーターは動かなかった。徐々に上昇を始めるエレベーターを見つめながら、私は心の中で言葉を探していた。

 薄暗いエレベーター内部の機器から漏れる光が、黄金に輝いているように感じた。

 「あなたがあの時の――少尉だった」

 私はつぶやきながら、全てを理解した。

---

 前橋少佐が返してくれたネックレスを胸に、私は決意を固めてエレベーターの扉を通り抜けた。開いたドアの向こうに一歩足を踏み入れるや否や、背後から大きな爆発音が轟き、乗っていた部屋は瞬く間に炎に包まれた。鼓動が早まるのを感じながら、熱波が襲う部屋から素早く距離を取った。前橋が装甲車に仕掛けた爆薬がついに爆破したのだと、私は瞬時に悟った。

 胸に押し寄せる悲しみは深く、心を締めつけた。でも、ここで立ち止まっている時間はなかった。涙が視界をぼやかすのを拭い去り、私は足を止めずに前へと進んだ。

 研究所の内部は不気味な静寂に包まれ、かすかな機械音が空間に響いていた。すべての感覚を研ぎ澄ませ、私は慎重に歩を進めていった。細い廊下が続く先、前橋の言葉が脳裏をよぎった。彼が語ってくれた数々の経験と洞察が、この瞬間のために私を鍛え上げてくれたのだ。彼の声を心に宿し、決意が私の体中に満ちるのを感じた。私は迷うことなく、建物の奥深くへと足を踏み入れた。

 広大な部屋にたどり着いた。壁一面に無数の装置や端末、監視機器が並んでおり、目に映るその光景に、この場所が建物を制御する核であることを本能的に悟った。迷いはない。私はすぐにソーニャの居場所を突き止めるための情報を探し始めた。

 「ようこそおいでくださいました、王女様」

 突然、冷たく鋭い声が部屋に響いた。空気が張り詰め、まるで氷の刃が首筋を撫でるような緊張感が全身に走る。声は威圧的で、そこには不吉な歓迎の意図が明らかだった。

 「来るのを心待ちにしておりましたよ」

 その言葉は皮肉と挑発に満ちていた。私は胸の奥にわずかな震えを感じたけど、それを押し殺し、薙刀を力強く握りしめた。手の中で槇子の薙刀が確かに存在することが、心の拠り所となった。

 次の瞬間、部屋の周囲にある扉が一斉に開き、武装した警備兵たちが怒涛のように流れ込んできた。彼らの数は圧倒的で、逃げ場がないかのように思えたけれど、退くわけにはいかなかった。ここで立ち向かうことが、私に残された唯一の道だった。

 襲い来る敵に備えながら、前橋少佐が託してくれたネックレスを胸元で強く握りしめた。その瞬間、記憶の中から数多くの顔が鮮やかに浮かび上がる。一条、槇子、母様、ソーニャ、そして前橋少佐。彼ら全員、それぞれが紡いだ物語が、私に語りかけ、失いかけていた勇気と決意を再び奮い立たせた。

 不思議なほどの明晰さが私を包み込み、時間の流れが緩やかになっていく。世界がゆっくりとした映像のように感じられ、兵士たちの動きが、水中を漂うように遅く見えた。彼らのわずかな震え、呼吸、体重の移動が、私の五感に鮮明に伝わってくる。

 それはまるで、私だけが異なる次元に存在しているかのような感覚だった。すべての行動と反応時間が引き延ばされ、時間の隙間で動くことができる瞬間。その時を逃さず、私はその感覚に身を委ねた。

 私は混乱の中を液体のように滑らかに動き、敵兵を巧みにかわしながら、薙刀で冷酷に切り倒していった。警備兵たちは次々と地に倒れ、その数はみるみるうちに減少していった。彼らがいくら私を圧倒しようと試みても、私は精密な動きで敵の隊列を切り裂き、一振り一突きを舞い、死の舞踏を演じるようだった。
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