上 下
2 / 59
勇者辞めます編

1話 勇者辞めます  イラストあり

しおりを挟む
「──それでは、今月の定例会議を行う」

 ユリウス王国。王都ケリオール。
 勇者クラン『アンペルマン』アジトの大講堂にて、月に一度の定例会議が行われていた。
 勇者ではない。
 勇者である。
 その勃興は明瞭かつ単純なものだった。
 
 勇者ユーリを筆頭とした勇者パーティ『アンペルマン』。
 彼らに同調し、憧憬を抱き、力になりたいと感じた冒険者パーティが集い、やがて冒険者連合クランとなったのだ。
 その参加数、およそ三百。
 幹部だけが出席するこの定例会議の参加者だけでも、百名を超えている。

 もはやそれは、冒険者ギルドの──あるいは、王国騎士団に匹敵するほど軍事力を持つほどとなっていた。
 多数のスポンサーもつき、数多の傘下企業を抱え、クランそのものの株式も発効している。
 もはやそれは、クランというよりかは、国家に影響力を与えるほどの大企業といえた。

「それではまず、M&A統括部門から報告を」
「はっ。兼ねてより買収を考えていたベンヅ商会ですが、先の魔王軍侵攻により、年買法の企業価値評価バリュエーションに大きく変動がありました。インカムアプローチで11億5000万ルード、コストアプローチで12億2000万ルードで……」

 それゆえ、クラン内には多数の部門が設けられ、構成員にはその役割が細かく振られているのだった。
 それほどまでに多くの人員を有し、巨大な既得権益を有し、一国に相当するほどの軍事力を有し、そして人を惹きつける魅力をも有した、大規模冒険者連合。
 それが勇者クラン『アンペルマン』なのだ。

 そして、今日はその巨大組織の定例会議である。
 それ相応に荘厳な雰囲気が流れているのだが……。

「……よし、いけ、いいぞ。いけ、いけいけいけ!」

 大講堂の最前列。
 最も人目を引くその席では、金髪碧眼の青年が、手にした携帯用通信魔道具ケータイのモニターを見ながら、なにやらぶつぶつと言っていた。
 青年は美しい見た目をしていた。
 着ているものは簡素なスーツで、首元の大きなチョーカー以外に目立った装飾品なども身につけていないのだが、上品で洗練された気品を纏い、どこか神秘的な雰囲気すらも持ち合わせていた。

 カリスマ性、と、そう言い換えても良いかも知れない。
 それもそのはずである。
 彼こそが、この大規模冒険者連合の長にして、国内最強の勇者……。
  ユーリ・ザッカーフィールド。その人なのだ。

「いいよ~、いいよ~、いいよいいよいい! うん、うんうん、いや、もうちょい待ちで。もうちょっとだけタイミング見よう」

 会議中に隠れて映像通話をしている、ヤバい新入社員のように見えなくも無いが、正真正銘の勇者なのだ。
 もっとも、ユーリは大体いつもこんな感じなので、誰も気にしない。
 いや、

「はは……勇者様、今日も会議中にケータイを見ておられる。全く、仕方のない人だ」
「いやいや、世界情勢を見ておられるのやも知れぬぞ。帝国が新しく勇者を擁立したという話だから、その動向を探っておられるのやもしれん」
「ないだろう」
「だな。ないな」

 会場のところどころでは、そのようなヒソヒソ話が、微苦笑とともに上がっていた。
 もっとも、そう話すものたちの表情は朗らかだ。
 友人に、あるいは親族に向けるような、温かな目でユーリを見ている。
 勇者とは本来、相応の威厳と風格を待ち合わせ、話すことはおろか、目を合わせることすら憚られるような存在である。
 しかしユーリは違う。彼は誰に対しても平等に接し、明るく朗らかで、そしてよく笑う青年だった。

「はぁ~。ってか、勇者様、いつ見てもヴィジュ良すぎ♡ 私もどっかのタイミングでワンチャンないかなぁ~♡」
「イかれたいよねえ~……ねえ、そういえばこないだ聞いたんだけどさあ、勇者の神託を受けた人ってさ、子どもいっぱい作らなくちゃいけないっていう、本能? みたいのがあるらしくてさあ。
 だからその……すっっっっごいらしいよ♡」
「すっっっっごいのかあ~♡ イかれてえ~~♡」

 それゆえ、やりらふぃーな女子メンバーからは、このような目で見られがちであるし、ユーリ自身もまあまあのプレイボーイなのだが……それはともかく。
 絶対的な強さとカリスマ性、そして親しみやすさも兼ね備えたクランマスター。
 それが勇者ユーリという人物なのだ。 
 こういったクランメンバーからのリアクションも込みで、いつもの光景だった。
 ……が、

「よし、来い、よし来い! よし来いよし来いよし来い!」

 今日は何やら、ユーリがエキサイティングしている様子である。

「……それでは、討伐部門の報告に移らせていただきます」

 ユーリの様子を不審に思いつつも、討伐部門部長のサリーは立ち上がり、手にした資料を読み上げ始めた。

「兼ねてより生態調査を進めていたサザン山脈ですが、やはりゴブリンやコボルトなどの魔物が爆発的に増加していることが判明致しました。
 これは、大量の魔物による人里への進軍……いわゆる『大暴走スタンピード』の予兆かもしれません。
 可及的速やかに討伐隊を派遣したいところですが、ご存知の通り、サザン山脈は帝国との国境があり、下手に刺激をすると、彼の国から反感を買う恐れがあります。
 勇者様、どう思われますでしょうか?」

 その質問に対し、ユーリはモニターから目も離さないまま、

「……うん。それはもう、買いだね、買い。買い買い。買っちゃおう。全部買っちゃおう!」
「「「「おお……!」」」」

 ユーリのその答えに、誰ともなく感嘆の声を漏らした。
 関係の良くない隣国からの反感を買う覚悟で、国民の命を守る選択肢を選び取る。
 実に勇者らしい確固たる決意デターミネーションに、クランメンバーとして誇らしさを覚えずにはいられなかったのだ。

「それでは、帝国との軋轢などは気にせず、先手を打つ……と、いうことでよろしいですね?」
「そうだねそうだね……打つ……うん、売っちゃおう! いま売っちゃおう、すぐ売っちゃおう! 
 ──デイスン商会の株、いますぐ全部売っちゃおう!!」
「デ、デイスン商会……?」

 と、サリーが疑問を呈そうとした、そのとき、

「うっっっっっっっっしゃらああぁぁぁぁぁぁぃぃぃぃィィィィッ!!!!!」

 ガタンッ! と椅子から立ち上がると、ユーリは両手を天に突き上げ、今日イチの大声を張り上げた。
 いや、今日イチどころか、こんなに喜んでるユーリなど見たことが無かった。
 なんなら、魔王四天王のひとりを討ち取ったときよりテンションが高い。
 そんな驚きが広がっていく中、ユーリはサリーのほうに顔を向けると、

「あ、ごめん! デイトレードに夢中で、全然話聞いてなかった! サリーさん、なんか僕に言ってた?」
「デ、デイトレード……。あ、いえ、え、えーと、サザン山脈のことで、ご報告を……」
「あ、『大暴走』の件だよね?
 あれはちゃんと、帝国に書状を出して、討伐隊を派兵する旨を伝えようね。編隊はその返事が来てからだよ」
「……え!?」
「そりゃあそうだよ。僕たちみたいな大きな組織は、ただそこにいるっていうだけで、国家間の軋轢を生みやすいんだ。
 ちゃんとした手続きや会議を通して、力の使い所を定めないといけない。そうじゃないと、王国や国民の皆さんを不安にさせちゃうからね。
 僕たちが勝手に動くことで、帝国と王国の関係がこれ以上悪くなっちゃったら、大変でしょ? 僕たちがこうして組織を維持していられるのは、みんなのおかげなんだ。迷惑をかけるようなことをしちゃあ、いけないよ?」
「は……はあ……まあ、それは、そうなのですが……」
「まあいいか! それより見てよ、ほら、僕の貯金額!!」

 一方的に話しを打ち切ると、ユーリは誇らしげにケータイのモニターをサリーに見せた。
 そこに表示されていた額は……。

「いち、じゅう、ひゃく……。
 い、1,000億、ルード……!」

 それは、ジュース一杯150ルード程度で買えるこの国では、途方もない大金だ。
 全世界共通の貨幣である金貨に換算したとしても、約1000万枚相当。
どこの国でも一生……いや、百生くらいは遊んで暮らせるだろう。
 確かにこれは凄いことだ。
 凄いことなのだが……
 
「さ、さすが勇者様です。
 ……しかし、えーっと……それを、その、どういった意図で、私に見せているのでしょう……?」
「子どもの頃からの夢だったんだ! 金貨1,000万枚貯めるの! 
それが、さっきのデイトレードでようやく貯まったの! 
たったいま、夢叶ったの!」
「……おめでとうございます」

「ねえねえ、すごい!? 僕すごい!? えらい!?」
「……すごいです。えらいです」
「えへへ~! ありがとっ!」
「…………」


 笑った顔可愛すぎかよ笑顔の天才がよ……などと頬を赤むのを感じるが、そうじゃないだろと首を振る。

 ユーリの意図が分からない。
 会議そっちのけでデイトレードをしたり、預金額を自慢したり、子どもようにはしゃいだり……まあ子どものような振る舞いをするのはいつものことだが、それにしても、行動にも言動にも脈絡が無さすぎる。

 まさか、なにか試されている……? などと不穏なことまで考えたとき、ユーリは子供のような笑顔のまま、

「じゃあ、そういうことで、もう夢叶ったからさ!」

 その言葉を、言った。

「勇者辞めるね、僕」
「「「「「「「…………はッ?」」」」」」」

 サリーも、そして他のクランメンバーも、ユーリの言葉の意味が分からなかった。
 否。
 言葉の意味を理解するのを、脳が拒んだ。

 勇者を? 
 辞める? 
 この1500人から成る大規模冒険者連合のトップを?
 辞める?
 誰が?
 ──ユーリが、だ。

 その言葉の意味が、じわじわと浸潤していく中、ユーリはキラキラとした笑顔を一切崩さず、

「うん! 僕、今日で勇者辞める! FIREして第二の人生を送るよ!
 ──そんで、ハーレム作って幸せに暮らすね!!」


 ………。

 ………………。

 ………………………。

「「「「「「「はああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァァッ!!!!????」」」」」」」

 ──その日。

 国内最大最強の勇者クランのリーダー、ユーリ•ザッカーフィールドは……。
 引退してハーレムを作ることを、宣言したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...