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7. 転入生とのひと時。
しおりを挟む「終わったどぉ。はぁ、間に合った……。」
診察書の整理が終わり、新しく必要となった薬の注文書も全て出し終えた。ふぅ、これからユウが来るんだもん。仕事なんて、早めにおさらばよ!
時計は11:00を指していた。今日のお昼から彼女は来て、一晩泊まって、明日のお昼に帰ることになっている。
「あぁ、でも、部屋の掃除が。」
家事までこなしているのだが、どうしても仕事優先で後回しにしがちだった。それでも、積み上がった洗濯物を彼女に見せるわけにはいかない。
「ちょっと、ロゼさ~ん! 掃除を手伝ってちょうだい!!」
「んにゃぁ、雑巾掛けならしましたにゃ。」
この家の居候であり、お手伝いになってしまった、元人間の猫ちゃんが、ひょこっと顔を出した。
「これから、友達が来るの。洗い物もお願いっ!」
「と、ともだち!? にゃんと!! それはぜひ準備しなければっ!」
呪いで人間から猫になってしまった彼女は、猫でありながら、なかなか主人想いである。まぁ、両親を早く無くしたシルヴィアを、見捨てて置けなかったそうだが。
「洗濯物やベッドメイキングはお願いしますにゃ。お茶用のお湯は、沸かしとくからにゃ。」
「わかった! ありがとう、ロゼさん。」
爪がひっかかって問題になりそうなことは私がやるが、それ以外はほとんどの家事をこなしてくれている。スーパー猫ちゃんだ。
ピンポーン ピンポーン
そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。扉を開けて、下の方を見ると、こちらを上目遣いで見上げるユウと目が合った。
「ユウ、ようこそ。わざわざ、ありがとうね!」
役得役得。上目遣いだけでも、最高な可愛さなんだから!!
「お邪魔しまーす。へぇ、なかなかいいお家だね、こじんまりしてて、落ち着く。」
玄関でそろそろと靴を脱ぎかけた彼女。えっ、とこちらが見ると、バツ悪そうにしまったという顔をした。
「あははは、ごめん。つい、昔の習慣で。僕が前に住んでいた地域では、家に上がったら靴を脱ぐのが習慣だったから。」
「その習慣、アウトっ!! 絶対に他のお家だったら、ユウなら間違いなく襲われちゃう!!」
靴を脱ぐなんて、ここら辺で言えば「犯してください」とねだっているようなものだ。絶対にユウがしたら、性犯罪が起きてしまう。
「ごめんごめん、うっかりしてた。ここらだと、靴のまま上がっていいんだよね?」
「そうよ、そうじゃないところなんて、あるの?」
「僕は、ここよりずーっと遠いところに住んでいたから。ちょっと変わったことをしても、許してくれよ?」
確かに時々ユウは変な行動をする。食べ物を食べるときは、棒切れ二本で器用に食べることがある。それも、そちらでの習慣だっけか?
「お茶淹れるから、ソファでくつろいでて。」
キッチンへ立つと、ロゼがちょこっと会話してきた。
「お友達のおにゃまえは?」
「ユウよ。二人にしてもらっても大丈夫?」
「にゃあ。もちろんにゃ。」
すすすっと彼女は音も立てずに、階段を登っていった。おそらく、お気に入りのクッションで、家事の疲れを癒しているのだろう。
「紅茶よ~、砂糖やミルクはつける?」
友達とのお泊まり会!! ああ、時間を気にせずに喋れるって幸せね!!
「いただきます。」
彼女の唇がカップにくっついた。ひたすらの雑談が続いたが、彼女が面白いものを取り出した。
「知り合いが手に入れてくれたものなんだけど、見てみないか?」
「なに、それ?」
「DVDって言うんだ。」
彼女がそう言ってカバンから銀色に光る円盤を取り出した。
「なんなの? でーぶぃでーって。」
「ストーリーが見れるのさ。姫様、最近のだって言ってたけど……僕もまだ見たことない。一緒に見よ?」
彼女のカバンからは、さらに見たことのない機械が飛び出てきた。彼女は何か頼むように空気に囁くと、黒い板が急に明るくなる。
「わぁ、音楽まで流れ始めたよ?」
「まぁ、見てて。あ、エマ・ワトソンが主演か。美女と野獣に引き続き、ハリーポッターの時から好きなのを、姫様知ってたんだな。」
よくわからない独り言を呟いているユウ。彼女は当然のように振舞っているが、黒い絵に浮かび上がった絵に映るとてもリアルな人間が、まるで本物のように動き始める。
「絵が、絵が、動いてるっ! 一体どんな仕組みなの?」
「ああ、魔法みたいなもんさ。」
いや、魔法でしかないだろう。でも、きっとこんなにリアルに再現できるのだから、おそらく高級な魔道具の一種に違いない。おんなじ貧乏学生だと思っていたのに。
「これ、どんな設定のストーリーなの? みんな、とっても変わった服を着てるわね。」
「そうだな、魔法のない世界で、代わりに科学っていう技術が発達した世界の話さ。色んな人と、いつでも、どこでも話ができる技術が発達してて……。情報が本当に人を幸せにするのかってとこかな。」
「へーぇ。とっても便利ね。でも、お手紙を書かなくなるのは寂しいわ。」
惹きつけられるように、その技術に驚いて見とれていた。
「ねぇ、カメラってなに? ビデオって?」
「魔道具の名前さ。カメラやビデオっていうは、他の景色を写し撮って記録する機械のことだよ。」
「その場に居なくても、状況がわかるだなんて……とっても便利ね。」
見慣れない街。箱みたいなので、移動する人々。道も真っ黒で気持ち悪いほど、真っ平ら。あちこちに表示された文字。常にお祭りのように、多くの人々。この話を映すような、動く絵を持つ魔道具がたくさん。片手サイズの物もある。
「なんだか、騒がしいわね。ぶーぶー時々鳴ってるけど、なに?」
「バイブ音かな。新しいメッセージが来たことを伝えてるんだ。」
「こんなにいっぱい? とっても大変ね。」
「そうだね……みんな、忙しそうだった。」
目を伏せて、ちょっと懐かしそうに隣で呟く彼女。どうやら、思入れが強いものなのかもしれない。
何かに追われるような人の群れ。まるで、どこか違うところを見ている目。段々と気持ち悪さを心のどこかで感じ始めた。
「ねぇ、どうしてここにいる人は、こんなにも苦しそうなの?」
「そうだな……」
彼女は言葉を選んで語った。まるで、ガラス細工でも相手するかのように、慎重に。
「誰も肌で、魂で、何も感じてないからだ。ここの世界には、魔法がない。まるで水の中でもがいているみたいな世界なんだ。だから、本質をすぐに見失ってしまう。」
「本質って?」
ユウの手がすっと伸びて、私の腕に触れようとして、躊躇うように宙で止まった。
「どうしたの?」
私が尋ねると、おずおずとしながら、彼女の手はゆっくりと肘のあたりに触れた。顔を恥ずかしそうに伏せながら。めっちゃ、可愛い。
「側にいると、こうゆって触れると、ぬくもりがあるよね。お天道様に見守られて、誰かに触れて、支えられて……それに感謝してる。」
「そうね。それで?」
「本質は、魂が温かさを感じること。ソウルメイトって言ったよね? 例えば、そういう心の、あったかくなるような……。」
「うふふ、そんなに恥ずかしがんなくてもいいじゃん。」
思わずユウのすぐ側に座りなおして、頭を撫でた。親友とこんなことができるだなんて、と思わず嬉しくて顔がニヤついてしまう。ユウは顔を真っ赤にして下げてて、それもまた、ご馳走様なんだから。
「そ、その…ちょっと近い。」
「だけじゃなくて、恥ずかしいセリフだもんね?」
ぼっと燃えそうなくらい真っ赤なほっぺた。本当に可愛いんだから。
からかいながらも、実はとっても嬉しい。だって、私たちの友人という関係に、心を温めてくれているという確証を得られたんだから。
--- --- ---
Circleってエマ・ワトソンが主演の映画があります。ネット社会の問題点や、監視社会について描いているようです。社会風刺として面白いです。
We need privacy. We need secret for adventure to get wrong way as a human being.
We never feel, never see, never touch real world without our soul.
ほんわかって大事よね、絆からの。
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