国外追放された男爵令嬢は、隣国で釣りをする

嘉ノ海祈

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8.もう一人の弟子は彼でした。

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「それで?今日引き受ける依頼は決まってるの?」

ディエゴさんの問いかけにオスカルさんが頷く。懐から折りたたまれた紙を取り出すと、ディエゴさんに渡した。

「ああ、先ほどネロと共に見つけてきた。弟子が入って初めての仕事としては、ちょうどいいと思うぞ」
「……ふーん、なるほどね。いいんじゃない。面白そうだし」

どんな内容の仕事なのか気になって、私がじっとディエゴさんの持っている紙を見つめていたら、それに気づいたディエゴさんが私にも紙を見せてくれた。その内容に目を走らせて、私はとあることに気づく。

「……これって、Dランクの仕事ですか?」
「ああ。納品に捕獲が間に合っていないみたいだからな。不足分を俺たちで補うことにした」

どうやら下位ランクの仕事のフォローも上位ランクの仕事の一つらしい。下位ランクの人たちで達成できなかった仕事は、上位ランクの人達が代わりに引き受けたりもするそうだ。

今回の仕事の内容は、ヴィシュードという魚の捕獲。捕獲依頼数は10匹とそこまで多くないのだが、明日納品だというのに未だに5匹しか捕獲できていないらしい。このままでは納品に間に合わないということで、上位ランク者にペルプがきたようだ。

「ラゾナドゥーエね……。噂で聞いたんだけど、その海域、昨年から魚の捕獲量が減っているらしいよ。特にヴィシュードは今年、全然捕れないって」
「魚獲量の減少か……それは少し気になるな」

ディエゴさんの言葉に、ネロさんが訝しげに眉を寄せ、指先で自分の顎をなぞる。漁獲量の減少という、漁師として見過ごせないキーワードに、私にも緊張が走る。

ラゾナドューエという海域は、前回のラゾナゼノより少し南の方にあり、沖合ではあるが比較的波が穏やかで漁業がしやすい海域なのだとか。

栄養が豊富な海で、取れる魚介類の種類も多く、初心者が沖合漁業をするのに最適な場所のようなのだが、どうもここ最近雲行きが怪しいらしい。

「ああ。俺もそれが気になってな。聞いたところによると、何人かのギルド員が見覚えのない船を見かけているらしい」
「密漁船か」

ネロさんの言葉に、ディエゴさんはあちゃーという表情を浮かべた。これから起こる面倒ごとを憂いているのか、また忙しくなるなとぼやいている。

「ひとまずは依頼を受けつつ現場調査だ。捕まえるにも証拠がないことには動けん」
「そうだな。とりあえず私は先に行って、船を用意しておく。3人も準備が終わったら来てくれ」

そう言って颯爽と食堂を出ていくネロさん。ディエゴさんは残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、ガタッと音をたてながら椅子から立ち上がった。

「よし。3人で受付に行って道具を借りに行こう。今日は色々借りた方が良さそうだ」

こうして受付で沢山の道具を借りた私達は、オスカルさん達の船があるギルド付近の港に足を運んだのであった。

※※※

潮風に靡く髪をおさえながら、私は水面に浮かぶ大きな船に目を細めた。

木造ながらもしっかりと塗装がされ、頑丈に作られている船。ヘッドの部分がシャープな形をしていて、船の縁の部分は中央が1番低い三層構造になっている。マストも3本ついていて、どこからでも風を受け止めれそうだ。なんだか強そうな軍艦戦に見えるなというのが第一印象だった。

「凄い立派な船ですね……」
「まぁ、漁船にしては目立ってしまうのが難点だけどな」

私の呟きにオスカルさんが苦笑した。オスカルさんの隣にいるディエゴさんも、「まぁ、漁船には見えないよね」と苦笑いしている。

「一から船を造るとかなり時間がかかると言われたのでな。使っていない軍船を買い取って、改良したんだ」

オスカルさんはさらっと言っているが、軍船を買い取るってとんでもなくお金がかかることなんじゃないだろうか。その資金を確保できる彼らはやはり凄い実力の持ち主なのだろう。

「オスカルさん!すみません!遅くなりましたっ!」

ふと、遠くから誰かがオスカルさんを呼ぶ声が聞こえる。声の方を振り返るとそこには見覚えのある人がいた。

「レナートさんっ?!」

向こうも私の存在に気づいたのか、驚いたように目を丸くする。私達のところまで駆け寄ってきた彼は、ぜぇはぁと肩で息をし、苦しそうに上半身を丸めた。

そんな彼に視線を向けながら、オスカルさんは口を開く。

「問題ない。警備隊の伝令から話は聞いている。朝から大変だったな」
「はい……何とか親が見つかって無事に引き渡せました」

どうやらレナートさん、ギルドに来る道のりで偶然、誘拐されそうになった子どもを見つけ、助けていたらしい。警備隊に犯人を引き渡し、子どももそのまま親が見つかるまで警備隊に預けようとしたのだが、子どもが泣きじゃくってレナートさんの腕を離してくれなかったため、親が見つかるまで付き添っていたようだ。

なぜ早朝に子どもが出歩いていたのか確認したところ、今日が母親の誕生日だったため、こっそり早起きしてプレゼントにするための花と貝殻を拾いに行くところだったらしい。そこを悪い大人に利用され、連れていかれそうになったのだとか。

オスカルさんとディエゴさんはレナートさんの話を、終始複雑な面持ちで聞いていた。何だか自分のせいでもないのに、自分にも責任を感じているようなそんな表情だった。

「あははは、弟子入り初日なのに幸先悪くてすみません……」

申し訳なさそうにそう謝るレナートさんに、オスカルさんは首を横に振り、子どもを救ってくれたことへの感謝を述べている。

そんな様子を側から微笑ましく見ていたところで、先程のレナートさんの言葉に引っ掛かりを覚えた私は、彼の言葉を脳内で反芻した。

「……弟子?」

思わず口から溢れ落ちた私の言葉に、オスカルさんが肯定するように頷いた。

「そうだ。彼が君の他に受け入れたという弟子だ」
「「ええっ?!」」

私とレナートさんの驚きの声が重なった。

「へぇ、君がオスカルの言っていた弟子第1号なんだ。……もしかして、昨日危ないところ助けられてオレに惚れちゃった?」

ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべて、ディエゴさんがレナートさんを覗き込む。レナートさんは一瞬訳のわからないという顔をしたが、直ぐに意味を理解したのか、慌てたように手をひらひらさせた。

「え?い、いえ、そういうわけでは……!」
「いいよ~、隠さなくて。オレ、こう見えて男もいけ……「いい加減後輩にダルがらみするのはよせ!」あだっ!」

ゴツンと何かがぶつかる音が響く。オスカルさんがディエゴさんの頭を殴った音だ。さっきも見たような気がするな、この光景……。

「痛いよ、オスカル。もう少し優しくぶってよ」
「……お前、さてはぶたれるのを喜んでいるな」
「まさか」
「……次は別の方法を考えるか」
「ええ~、せっかくいい流れができてきたのに」

わいわいと言い合いをする二人を他所に、私がレナートさんへ視線を向けるとちょうど彼と目があった。お互いに苦笑しながら握手を交わす。

「まさか君と一緒に弟子入りできるなんてうれしいよ。あらためてよろしくね、ナディア」
「私もレナートさんと一緒で心強いです。こちらこそよろしくお願いします」

この後、地上の騒がしさに様子を見に来たネロさんが「うるさい!」と雷を落としたことにより、事態は収拾し、全員が船に乗り込んだのであった。
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