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1.国外追放されました。
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ガタガタと音を立てながら荷車が荒れた道の上を走る。その荷台に座り込んでいた私は、荷台の縁に身体をもたれるようにして空を見上げた。
雲一つない、吸い込まれそうなくらい青い空。まるで海のように深く、果てしなく広がるその光景を私は呆然と眺めた。国外追放される日としては、あまりにも似つかわしくない澄み渡る空。でも、私の心はこの空に負けないくらい晴れやかだった。
『ジョン・ジェドレー。其方は税を横領したうえ、人身売買や悪徳商法にも加担した。その積み重なる罪の重さから、更生の余地はないと判断し、死刑に処す。その妻のイザベラ・ジェドレー及び娘のナディア・ジェドレーは、一族の連帯責任として、男爵の地位を剝奪し、領地及びその財を全て没収する。また二人はイザベラ・ジェドレーの故郷であるロネマ帝国へ追放とし、二度とこの地を跨ぐことは許さないものとする』
野次馬となった民衆達が見守る中、スネラルツ国王陛下にそう告げられたのが一刻前。私、ナディア・ジェドレーは父ジョン・ジェドレーの犯した罪の連帯責任として、男爵令嬢としての地位を剥奪され、母イザベラ・ジェドレーと共にこのロネマ帝国へと追放された。今は罪人用に用意された簡素な荷車で、この国にある母の実家へと移動している最中である。
ジェドレー家はスネラルツの山間部にある小さな村を治めてきた男爵家であり、貴族の中でも低い地位に位置する家系であった。しかし、私の父であるジョン・ジェドレー男爵は身分に似合わず大層欲深く、利己的な男であった。
私利私欲に塗れたこの男は、少ない村人からかき集めた貴重な税収を全て自分の生活を満たすために使い切り、天災により村人たちが飢餓状態でやせ細っていく中で、一人ブクブクと太っていく生活を行っていた。
何より厄介なのは、この男、肝っ玉は小さい癖に妙に愛嬌を演じるのが上手く、人の懐に取り入るのが非常に得意であった。このため、ジェドレー家の権力自体は塵のように小さいが、後ろ盾となる貴族の権力が意外と大きく、ド田舎の男爵家の割に大きな顔で貴族らしい絢爛な生活を送ることが許されていたのである。
おかげで我が家には、常に有り余る食材と酒が備蓄され、山暮らしの男爵貴族とは思えないほどの高級な家具やドレス、宝石が大量にあった。父は毎日吐くほどの食事と飲酒を繰り返し、毎日違う女と寝床を共にする生活を送った。一方の母は、父が自分以外の女を侍らせていることに対抗するように、豪華なドレスで自分を着飾っては使用人の男達に手を出し、快楽に溺れる日々を過ごしていた。頭は良くないが、容姿とスタイルは抜群によかった母。女に餓えた使用人の男たちは、密かに母に誘われるのを楽しみにしていたようだ。
さて、そんな最悪な家庭の中に生まれた私であったが、こんな親を持った割には真っ当に育ち、あの家の中で一番慎ましく暮らしていた。というのも、私は生まれた頃から前世の記憶があった。いわゆる転生者というやつだ。どうやら仕事帰りにトラックに引かれ死亡した後、この世界に魂が送られて転生したらしい。どうせなら職務を全うして、海の中で死にたかったけど、うだうだ言ってもしょうがないのでここは省く。
とにもかくにも、見た目は幼児でも頭脳が大人であった私は、父が使っているお金が上級貴と共謀して犯罪で稼いだ闇深いお金だということを理解していたし、母がその後ろ暗いものを悟っていても、豪華絢爛な生活を維持するために何も言わなかったのを知っていた。前世のそれなりに良識のある人間としての感覚が残っていた私は、彼らの生活に便乗する気には到底なれず、罪滅ぼし程度に村民の手伝いをしながら慎ましかな生活を送っていた。
前世の記憶のおかげで、ほぼ育児放棄に近い環境の中でも生きてこれたし、多少とはいえ村民に役立つ暮らしの知恵を与えることで、どうにか一族への恨みを和らげ反乱を防ぐことはできた。だから、記憶があることには感謝をしている。
だが、前世の記憶があるせいで必要のない欲と戦わなければならないのはいただけなかった。
(魚が……魚が食べたい)
食事の時、必ず目の前にだされるのはこの近くの山の中でとれた動物の肉。獣特有の臭みと、胃にもたれる油が私の食欲を減退させた。
(どうして、こんな山の中に私を送り込んだの神様!?貴族じゃなくて、貧乏でもいいから海がある場所に産まれたかったよ、神様!)
分かっている。これが贅沢な悩みだということは。食べられるだけでもこの世界ではありがたいことだし、肉なんて一種の贅沢品であることは分かっている。でも……これだけは譲れない。私は肉よりも魚派なのだ!
海がなくても、川になら……と魚を求め、川に釣りに出かけたこともあった。しかし、どの川にも魚はおらず、川魚すら入手することは出来なかった。どうやら昔川魚を乱獲しすぎたせいで、この国では川魚が絶滅しているらしい。
(はぁ……最悪。魚が滅多に出回らない高級品だなんて……前世、島国くらしの人間には信じられないよ)
転生する前は、港暮らしで毎日のように魚を食べていた私。美味しい魚を一番新鮮な状態で食べたいという割と安易な動機で、漁師にまでなった人間だった。かなり体力勝負の仕事で過酷な仕事ではあったが、魚を釣り上げたときの感動と、私と同じように魚を好きな人たちに魚を届けることができるやりがいが大きく、港一番の女漁師に昇りつめるくらいには漁師という仕事に熱中していた。
(漁に出た後の、自分で釣り上げた新鮮な魚をキンキンに冷えたビールと共に味わうあの瞬間が一番最高だったなぁ……。ああ、刺身とビールが恋しい……)
なぜこんな山奥の男爵令嬢に転生してしまったのか。なぜ海のない内陸国に産まれてしまったのか。
(値段もあるけど、それ以上に魚を運ぶ技術がないのが痛手よね……)
前世のように科学の技術が発達していないこの世界。仮に魚を取ったとしても、それを新鮮な状態で遠くまで運ぶ手段が、この世界ではないようだ。だから、海がないこの国では魚はもはや幻レベルの高級品であったし、どんなにお金を積んでも物理的に入手が難しいものであった。
(ああ、いっそのこと隣国ロネマ帝国へ行きたい。あそこは海に面していて沢山の魚介類が流通しているって聞いたし。……でも、貴族の国境越えはシビアな問題だし、正当な理由がない限り難しいのよね……)
国内の領地ですら各領主からの通行許可がいるこの世界。商人であればまだしも、国家に仕える貴族が国境を超えれば密偵と間違われて戦争になりかねない。うかつに海外へ旅行にもいけないのが辛いところであった。
(はぁ……こんな悪徳貴族の令嬢に産まれたあげく、魚すらも食べられない環境に転生するだなんて、本当についてないわ。いっそのこと、家族もろとも国外にでも追放してくれれば……)
机に肘をもたれながらそんなことを考えていた当時の私は、このとき全身に電撃が走ったような感覚になった。そう、ひらめいたのだ。
(そうよ、その手段があったじゃない。国外追放をされれば、私は合法的にロネマ帝国に行ける。それで漁師として働けば、また魚を食べる生活ができるわ!……ああ、なぜ気づかなかったのかしら。こうしちゃいられないわね。さっさと国外追放になるための準備をしないと!……確かこの前、悪事を働いた貴族が国外追放になったってニュースが新聞に載っていたはず……)
こうして私はどうしたら国外追放になるのかを調べ始めた。そして、父の犯罪は一族が国外追放になるのに匹敵するレベルのものだと発覚したため、即座に証拠を集め、犯罪が浮き彫りになるように仕掛けた。
これにより無事に父の犯罪が国にばれ、こうして処分を受けることになったのである。なお、父に関してはあまりにも犯罪を重ねすぎたため国外追放どころか死刑になってしまったが、それに対して私が心を痛めることもなかった。自業自得だと思ったし、私が動かなくてもいずれは犯罪がばれ、処罰されていたはずだ。寧ろ、これ以上罪を重ねれば死刑以上の重い罰(この国では死んだ方がマシだと思えるくらいの苦行をかす刑があるらしい)を受けていたかもしれない。そう割り切ってしまえるくらいには、希薄な親子関係なのであった。
ガタンッ
荷台が石を踏んだ衝撃で身体が荷台に打ち付けられる。長い時間、回想に耽っていた私はその痛みによって我にかえった。
「……痛いわ。もっと、丁寧な運転はできないの……」
荷台でずっと気絶したように眠っていた母が、弱々しい声でそう呟きながら身体を起こす。その顔はすっかりやつれきっていて、瞳には光がなかった。こんな母の姿を見て、母の実家の人たちは一体どう思うのだろうか。
(確か、この人の実家は結構大きな商会なのよね。しかも、取り扱いは海産物……!)
使用人によれば、母はこのロネマ帝国のヴェツィア領にある港町、ケオジャの生まれだという。実家はケオジャの町でも有名な魚の卸売商会で、ヴェツェア領主とも深く付き合いがある家系なのだとか。
ロネマ帝国は海が近いためスネラルツ王国のように魚を幻扱いはしていないが、それでも内陸部に行けば魚は高級品。当然、母の実家の商会は貴族との付き合いも多かったようだ。
豪華絢爛に着飾り、優雅な生活を送る貴族令嬢たち。それを幼いころから見てきた母は、どうして自分はあんな生活を送れないのかと惨めになったらしい。ある日、こんな磯臭い環境はもう嫌だと家を飛び出してきたそうだ。
路頭に迷い人身売買に巻き込まれそうになったところで、父であるジョン・ジェドレー男爵に一目惚れされ、男爵夫人になったらしい。
(なんと勿体ないことを……。魚介の豊富な港で、しかも割と裕福な商会の娘に産まれたというのに、欲に目がくらみ恵まれた環境を捨て、悪い男に引っかかるなんて……。ま、そのおかげで私が産まれたからなんとも言えないんだけど……)
舞い上がった砂を吸い込み、ゲホゲホと咳込む母に私は近くに転がっていた水筒を渡した。母は縋るようにそれを受け取ると、餓えたようにそれを飲み干す。貴重な水を考えもなしに、飲み干してしまう母に呆れながらも、私は外に視線を向けた。
(……あ、海だ!)
ガバッと荷台の縁にしがみつくと私はもっと景色が見えるように外に身を乗り出す。遠い町の向こう側に、キラキラと輝きを放つ青い水面。記憶の中の懐かしい光景がそこにはあった。
(ようやくだわ!漸く、魚が食べられる!)
潮風が運んでくる懐かしい匂いに、じゅわっと口の中の唾液が溢れだす。もう半日以上何も食べていないこの身体は空腹に素直であった。
(よーし、18年間食べられなかった分、魚を食べまくるわよ!待ってなさい!異世界のめくるめく魚食生活!)
こうして、私の国外追放によるロネマ帝国生活が幕を開けたのであった。
雲一つない、吸い込まれそうなくらい青い空。まるで海のように深く、果てしなく広がるその光景を私は呆然と眺めた。国外追放される日としては、あまりにも似つかわしくない澄み渡る空。でも、私の心はこの空に負けないくらい晴れやかだった。
『ジョン・ジェドレー。其方は税を横領したうえ、人身売買や悪徳商法にも加担した。その積み重なる罪の重さから、更生の余地はないと判断し、死刑に処す。その妻のイザベラ・ジェドレー及び娘のナディア・ジェドレーは、一族の連帯責任として、男爵の地位を剝奪し、領地及びその財を全て没収する。また二人はイザベラ・ジェドレーの故郷であるロネマ帝国へ追放とし、二度とこの地を跨ぐことは許さないものとする』
野次馬となった民衆達が見守る中、スネラルツ国王陛下にそう告げられたのが一刻前。私、ナディア・ジェドレーは父ジョン・ジェドレーの犯した罪の連帯責任として、男爵令嬢としての地位を剥奪され、母イザベラ・ジェドレーと共にこのロネマ帝国へと追放された。今は罪人用に用意された簡素な荷車で、この国にある母の実家へと移動している最中である。
ジェドレー家はスネラルツの山間部にある小さな村を治めてきた男爵家であり、貴族の中でも低い地位に位置する家系であった。しかし、私の父であるジョン・ジェドレー男爵は身分に似合わず大層欲深く、利己的な男であった。
私利私欲に塗れたこの男は、少ない村人からかき集めた貴重な税収を全て自分の生活を満たすために使い切り、天災により村人たちが飢餓状態でやせ細っていく中で、一人ブクブクと太っていく生活を行っていた。
何より厄介なのは、この男、肝っ玉は小さい癖に妙に愛嬌を演じるのが上手く、人の懐に取り入るのが非常に得意であった。このため、ジェドレー家の権力自体は塵のように小さいが、後ろ盾となる貴族の権力が意外と大きく、ド田舎の男爵家の割に大きな顔で貴族らしい絢爛な生活を送ることが許されていたのである。
おかげで我が家には、常に有り余る食材と酒が備蓄され、山暮らしの男爵貴族とは思えないほどの高級な家具やドレス、宝石が大量にあった。父は毎日吐くほどの食事と飲酒を繰り返し、毎日違う女と寝床を共にする生活を送った。一方の母は、父が自分以外の女を侍らせていることに対抗するように、豪華なドレスで自分を着飾っては使用人の男達に手を出し、快楽に溺れる日々を過ごしていた。頭は良くないが、容姿とスタイルは抜群によかった母。女に餓えた使用人の男たちは、密かに母に誘われるのを楽しみにしていたようだ。
さて、そんな最悪な家庭の中に生まれた私であったが、こんな親を持った割には真っ当に育ち、あの家の中で一番慎ましく暮らしていた。というのも、私は生まれた頃から前世の記憶があった。いわゆる転生者というやつだ。どうやら仕事帰りにトラックに引かれ死亡した後、この世界に魂が送られて転生したらしい。どうせなら職務を全うして、海の中で死にたかったけど、うだうだ言ってもしょうがないのでここは省く。
とにもかくにも、見た目は幼児でも頭脳が大人であった私は、父が使っているお金が上級貴と共謀して犯罪で稼いだ闇深いお金だということを理解していたし、母がその後ろ暗いものを悟っていても、豪華絢爛な生活を維持するために何も言わなかったのを知っていた。前世のそれなりに良識のある人間としての感覚が残っていた私は、彼らの生活に便乗する気には到底なれず、罪滅ぼし程度に村民の手伝いをしながら慎ましかな生活を送っていた。
前世の記憶のおかげで、ほぼ育児放棄に近い環境の中でも生きてこれたし、多少とはいえ村民に役立つ暮らしの知恵を与えることで、どうにか一族への恨みを和らげ反乱を防ぐことはできた。だから、記憶があることには感謝をしている。
だが、前世の記憶があるせいで必要のない欲と戦わなければならないのはいただけなかった。
(魚が……魚が食べたい)
食事の時、必ず目の前にだされるのはこの近くの山の中でとれた動物の肉。獣特有の臭みと、胃にもたれる油が私の食欲を減退させた。
(どうして、こんな山の中に私を送り込んだの神様!?貴族じゃなくて、貧乏でもいいから海がある場所に産まれたかったよ、神様!)
分かっている。これが贅沢な悩みだということは。食べられるだけでもこの世界ではありがたいことだし、肉なんて一種の贅沢品であることは分かっている。でも……これだけは譲れない。私は肉よりも魚派なのだ!
海がなくても、川になら……と魚を求め、川に釣りに出かけたこともあった。しかし、どの川にも魚はおらず、川魚すら入手することは出来なかった。どうやら昔川魚を乱獲しすぎたせいで、この国では川魚が絶滅しているらしい。
(はぁ……最悪。魚が滅多に出回らない高級品だなんて……前世、島国くらしの人間には信じられないよ)
転生する前は、港暮らしで毎日のように魚を食べていた私。美味しい魚を一番新鮮な状態で食べたいという割と安易な動機で、漁師にまでなった人間だった。かなり体力勝負の仕事で過酷な仕事ではあったが、魚を釣り上げたときの感動と、私と同じように魚を好きな人たちに魚を届けることができるやりがいが大きく、港一番の女漁師に昇りつめるくらいには漁師という仕事に熱中していた。
(漁に出た後の、自分で釣り上げた新鮮な魚をキンキンに冷えたビールと共に味わうあの瞬間が一番最高だったなぁ……。ああ、刺身とビールが恋しい……)
なぜこんな山奥の男爵令嬢に転生してしまったのか。なぜ海のない内陸国に産まれてしまったのか。
(値段もあるけど、それ以上に魚を運ぶ技術がないのが痛手よね……)
前世のように科学の技術が発達していないこの世界。仮に魚を取ったとしても、それを新鮮な状態で遠くまで運ぶ手段が、この世界ではないようだ。だから、海がないこの国では魚はもはや幻レベルの高級品であったし、どんなにお金を積んでも物理的に入手が難しいものであった。
(ああ、いっそのこと隣国ロネマ帝国へ行きたい。あそこは海に面していて沢山の魚介類が流通しているって聞いたし。……でも、貴族の国境越えはシビアな問題だし、正当な理由がない限り難しいのよね……)
国内の領地ですら各領主からの通行許可がいるこの世界。商人であればまだしも、国家に仕える貴族が国境を超えれば密偵と間違われて戦争になりかねない。うかつに海外へ旅行にもいけないのが辛いところであった。
(はぁ……こんな悪徳貴族の令嬢に産まれたあげく、魚すらも食べられない環境に転生するだなんて、本当についてないわ。いっそのこと、家族もろとも国外にでも追放してくれれば……)
机に肘をもたれながらそんなことを考えていた当時の私は、このとき全身に電撃が走ったような感覚になった。そう、ひらめいたのだ。
(そうよ、その手段があったじゃない。国外追放をされれば、私は合法的にロネマ帝国に行ける。それで漁師として働けば、また魚を食べる生活ができるわ!……ああ、なぜ気づかなかったのかしら。こうしちゃいられないわね。さっさと国外追放になるための準備をしないと!……確かこの前、悪事を働いた貴族が国外追放になったってニュースが新聞に載っていたはず……)
こうして私はどうしたら国外追放になるのかを調べ始めた。そして、父の犯罪は一族が国外追放になるのに匹敵するレベルのものだと発覚したため、即座に証拠を集め、犯罪が浮き彫りになるように仕掛けた。
これにより無事に父の犯罪が国にばれ、こうして処分を受けることになったのである。なお、父に関してはあまりにも犯罪を重ねすぎたため国外追放どころか死刑になってしまったが、それに対して私が心を痛めることもなかった。自業自得だと思ったし、私が動かなくてもいずれは犯罪がばれ、処罰されていたはずだ。寧ろ、これ以上罪を重ねれば死刑以上の重い罰(この国では死んだ方がマシだと思えるくらいの苦行をかす刑があるらしい)を受けていたかもしれない。そう割り切ってしまえるくらいには、希薄な親子関係なのであった。
ガタンッ
荷台が石を踏んだ衝撃で身体が荷台に打ち付けられる。長い時間、回想に耽っていた私はその痛みによって我にかえった。
「……痛いわ。もっと、丁寧な運転はできないの……」
荷台でずっと気絶したように眠っていた母が、弱々しい声でそう呟きながら身体を起こす。その顔はすっかりやつれきっていて、瞳には光がなかった。こんな母の姿を見て、母の実家の人たちは一体どう思うのだろうか。
(確か、この人の実家は結構大きな商会なのよね。しかも、取り扱いは海産物……!)
使用人によれば、母はこのロネマ帝国のヴェツィア領にある港町、ケオジャの生まれだという。実家はケオジャの町でも有名な魚の卸売商会で、ヴェツェア領主とも深く付き合いがある家系なのだとか。
ロネマ帝国は海が近いためスネラルツ王国のように魚を幻扱いはしていないが、それでも内陸部に行けば魚は高級品。当然、母の実家の商会は貴族との付き合いも多かったようだ。
豪華絢爛に着飾り、優雅な生活を送る貴族令嬢たち。それを幼いころから見てきた母は、どうして自分はあんな生活を送れないのかと惨めになったらしい。ある日、こんな磯臭い環境はもう嫌だと家を飛び出してきたそうだ。
路頭に迷い人身売買に巻き込まれそうになったところで、父であるジョン・ジェドレー男爵に一目惚れされ、男爵夫人になったらしい。
(なんと勿体ないことを……。魚介の豊富な港で、しかも割と裕福な商会の娘に産まれたというのに、欲に目がくらみ恵まれた環境を捨て、悪い男に引っかかるなんて……。ま、そのおかげで私が産まれたからなんとも言えないんだけど……)
舞い上がった砂を吸い込み、ゲホゲホと咳込む母に私は近くに転がっていた水筒を渡した。母は縋るようにそれを受け取ると、餓えたようにそれを飲み干す。貴重な水を考えもなしに、飲み干してしまう母に呆れながらも、私は外に視線を向けた。
(……あ、海だ!)
ガバッと荷台の縁にしがみつくと私はもっと景色が見えるように外に身を乗り出す。遠い町の向こう側に、キラキラと輝きを放つ青い水面。記憶の中の懐かしい光景がそこにはあった。
(ようやくだわ!漸く、魚が食べられる!)
潮風が運んでくる懐かしい匂いに、じゅわっと口の中の唾液が溢れだす。もう半日以上何も食べていないこの身体は空腹に素直であった。
(よーし、18年間食べられなかった分、魚を食べまくるわよ!待ってなさい!異世界のめくるめく魚食生活!)
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